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第一章 ④

(トントン)


その時、突然ノックの音がした。


「…お姉様、僕です。…入りますね?」


「ええ、どうぞ。」


可愛らしい声に続いて気遣わしげに開かれた扉の向こう、そこに立って居たのは5歳の弟エカルラートと執事長のじいやだった。

弟は何かを背に隠しているようで、私は微笑ましく思いながら気が付かないふりをする。


トテトテっと小走りに私の近くまで駆け寄って来た弟は、その幼い瞳を心配げに揺らしていた。


「お姉様、お体は大丈夫ですか?

じいに目が覚めたと聞いて来ました…!僕、お姉さまが心配で…。」


大きな瞳がうるうると私を見つめている。

(エカルラートったら、なんて可愛いの…!)


「ありがとう、エカルラート。

お姉さまは元気よ。怪我もしていないみたいだし、心配しないでね。」


「そうなのですね…!よかったぁ。

あ!これっ、僕からお姉さまにプレゼントです!」


そう言って、安堵からか溢れるような笑顔になった弟が私に差し出したのは、可愛いスノードームだった。


「これ、僕の1番のお気に入りなんです。

こうやってすると…ほらっ!とっても綺麗でしょ?」


硝子の中から可愛らしい雪だるまがこちらを見ている、とても可愛いスノードーム。

どこか誇らしげな様子でエカルラートがスノードームをやさしく振ると、白い雪が舞っているように煌めいてとても素敵だった。


「わあ…!とても素敵だわ、エカルラート。」


「そうでしょう?大好きなお姉さまだから、特別に僕の1番のお気に入りをあげます。

だから、はやく元気になってくださいね。」


「ありがとう。エカルラート。」


ふふふっと笑う弟はとっても可愛くて、兄も私も思わず笑顔になる。

(はぁ〜うちの弟が今日も可愛い)

なんて浸りながら見つめていると、突然弟が私にぎゅっと抱きついて言った。


「お姉さま、大好きですっ!

僕がずっとずっと側に居てあげますからね!」


私は嬉しくて思わず弟の小さな背中に腕をまわしてぎゅっと抱きしめ返す。


「ありがとうエカルラート。私もあなたが大好きよ。」


「─── さぁ、エカルラート。お姉さまはそろそろ休む時間だから、僕達はそろそろ行こうか。」


兄は私たちの抱きしめ合う姿をやさしく見つめ、頃合を見てそう言うと、立ち上がり弟をふわりと抱き上げた。

弟も兄の腕に抱かれ嬉しそうで、きゃっきゃとはしゃぎながら2人は扉へと向かって歩きだす。


「それじゃあお姉さま、また会いに来ますね。」


兄の肩口越しにぶんぶんと手を振る弟の姿に自然と笑顔になり、小さく手を振り見送った。


───────


静かになった部屋にひとり。


私は弟に貰ったスノードームを見つめた。

そして起こった出来事を振り返る。

(…色々なことがあったわ。)


ふと、スノードームにうつる自分の姿を見て、改めて身に降りかかった出来事の実感が押し寄せてくる。

みんなの前では平気なふりをして、懸命に蓋をしていた不安な気持ちが溢れ出す。


家族と同じ赤い髪が失われた今、私になんの価値もないんじゃないだろうか…。

両親から向けられた冷たい視線を思い出す───

魔力がなければここに私の居場所はない、これから私はいったいどうしたらいいんだろう。


急に胸がズキズキ痛み出し、視界がゆらゆらと揺れている。


だけどいつまでもこうしていられない。

私は、私に出来る事をしなくては、お兄様も、エカルラートもこんな私の側に居てくれると言ってくれたんだもの。


大丈夫。前を向いて進もう。

明日からは、また笑えるように。


私は決意した様にくっと前を向いた。

だけど、その瞬間、溢れて耐えきれなくなった涙がぽたぽたと私の手の甲を濡らす。

涙は次から次へと零れて止まらなくなり、私は誰にも気付かれない様に静かに泣いた。


───赤くなっちゃった…。

鏡を見ながら熱を持った目許をそっとさする。だけど思い切り泣いたおかげで気持ちはなんだかすっきりとしていた。


───────


(コンコン)

部屋におちたノックの音に意識を戻され、慌てて持っていた鏡を布団の中に隠すと「はいっ!」と返事を返す。

すると、聞き慣れたやさしい声がした。


「お嬢様、失礼いたします。

飲むと気分が落ち着きますよ。」


そう言ってじいやがハーブティーを勧めてくれる。

そのあまりのタイミングの良さに私は少し恥ずかしくなってしまう。


「‥じぃ、もしかして聞いていたの?」


「なんのことでございましょうか?」


「…ううん。何でもないわ。」


ふー。ふー。

ハーブの良い香り、一口飲むと本当に心がほっと落ち着いた。


「…美味しい。じいやありがとう。」


じいやが私を見て優しく微笑んだ。

きっとじいやには全てお見通しなのだろう。

そこに少しの気恥ずかしさと、溢れんばかりの安心を感じて、今は素直に甘えることにしたのだった。



───────



ローザが部屋で泣いている頃、時々漏れ聞こえる小さな嗚咽を扉の外で聞いていた者がじいやの他にもう1人いた。


ローザの事が気がかりで戻ってきた兄は、扉の向こうで悲しみに暮れる妹に為す術なく、扉の前で立ち止まっていた。

するとそこに、ローザの様子を見越した様に執事長がお茶を運んでやって来た。


「カーマイン様…。」


「俺は本当に駄目な兄だな…。

情けないが今の俺では、傷ついた妹を安心させられる力もなければ、傷ついているあの子にしてやれる事もない。

少なくとも、誰の目から見ても分かる様な実力がなければ…。」


カーマインはそこで言葉を切ると、執事長の方に向き直り、真剣な眼差しで見つめ、そしてひとつ頭を下げた。


「これから、俺はしばらくの間ローザの側に居られなくなると思う。

俺が胸を張ってローザの傍に居られるその時まで…ローゼン、どうかローザをよろしく頼む。」


「カーマイン様…。顔をお上げください。

私の様なものに頭など下げる必要はありません。」


執事長は美しく礼をとると、カーマインの目をまっすぐ見て話す。


「老執事の私に出来る事など、せいぜいこの位のものです。

…お嬢様は本当にお優しい方です。

お祖父様、お祖母様が亡くなられて誰よりも寂しいはずなのにその時も気丈に振る舞われておられました。

…そして、必ず1人になった時にこんな風に泣いていらっしゃいました。

カーマイン様、お優しいお嬢様をどうか支えて差し上げてくださいませ。

そして、これだけは忘れないで下さい。

お嬢様には、カーマイン様が側に居てくださることが必ず力になる事でしょう。

それまで、私がお嬢様をお守りします。」


執事長はもう一度深くお辞儀をした。


「出過ぎた事を申しましたこと、深くお詫び申し上げます。」


「…ローゼン。ありがとう。」


早く、父よりも強くなり、あの子が俺の前では強がらなくても良いと思える様な兄にならなければ─。

より一層、強く決意した兄の瞳は、静かに激しく燃えていた。


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