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第一章 ③


誰かが私を呼ぶ声がする──


「──ザ…ローザ‥。」


目を覚ますとそこは自室で、何か冷たいものが頬をつたう感覚で自分が涙を流している事に気がついた。


目覚めたばかりでも不思議と頭は冴えている。

ゆっくりともう一度目を瞑り、気を失った時の事を辿るように記憶を思い起こす。

(私、魔法がぶつかる衝撃で飛ばされて‥。庭にいたはずだったけれど、ここは私の部屋よね。きっと誰かがここまで運んでくれたんだわ‥。…ん?)


何かが手に触れている感覚に意識を引き戻され、そちらに目を向けると椅子に座った兄が私の手を握っていて、とても苦しそうな表情で私を見つめている。


「…お兄様?」


そう声をかけると、兄は呼吸もままならないほどに感情が込み上げている様子で声を詰まらせていた。

その表情に安堵と悔恨を滲ませ、瞳を潤ませながら、私の存在を確かめるよう、無言で力強く私の手が握られる。


(…ああ、お兄様にとても心配をかけてしまったんだわ。)


私は、握られているのと反対の手で、兄の冷え切った大きな手を優しく温める様に包み込んだ。

私の体温がちゃんと暖かい事を確認し、ようやく安心したのか兄の目から涙が溢れていた。


「あぁぁ…ローザ、良かった。本当に良かった…。どこか痛いところはないかい?今、先生を呼んでくるから少し待っていてくれ。」


ようやく絞り出す様にそう言った兄は、涙を拭い、急いでお医者様を呼びに行ってくれた。


───────


お医者様に背を支えられながらゆっくり起き上がった私はまだ夢を見ている様な心地で、先の夢について考えていた。

(夢で見たあの2人は、その後どうなったんだろう…また出会う事はできたのかしら‥。)


お医者様は私の様子を確認しながら、優しく問いかける。

「気分はどうですか?傷の手当は終わっていますが、どこか痛いところはありませんか?」


「ありがとうございます。大丈夫です。」


「お嬢様は倒れられてから、3日間眠っていらしたのですよ。」


「3日‥‥。そんなにも眠ってしまっていたのね。」


「───それと、もう一つ‥。お伝えしないといけない事がございます。…こちらを。」


そう言われ、お医者様から手渡されたのは手鏡だった。

兄から、私を気遣う心配そうな視線を感じつつ、私は恐る恐る鏡を覗き込んだ。

そこに映った自分の姿を見た瞬間、あまりの驚きに頭の中が真っ白になった。


「‥‥わ、私の髪が、淡い赤色に?…ど‥どうして…」


何が起こっているのか訳が分からず、呆然とお医者様の顔を見上げると、苦々しい表情で言いにくそうに私に告げた。


「‥‥はっきりとした原因はわかりませんが、精神的なショックと過度のストレスが原因なのではないかと思います。

あまりに突然の事で、大変驚きでしょうが、あの距離で魔法の衝突を受けたのに大きな怪我がない事が本当に奇跡なんです。

普通ならば、ただではすみません。神が貴方をお守りになったのでしょう。」


「そう、なのですね…。」


「では、私はお嬢様が目を覚された事を旦那様と奥様にお伝えしてまいりますね。」


お医者様は私達を安心させるように微笑み部屋を後にした。


扉が閉まるのを見届けたその時、兄が床に跪き、私に向かって両手をついて深く頭を下げた。


「───ローザ、本当にすまなかった。」


私は兄の突然の行動にとても驚き、慌ててベットから降りて兄に駆け寄ろうとしたが、3日間眠り続けていた身体は足に力が入らず、バランスを崩し床に倒れそうになってしまった。

然し、それに気づいた兄が慌てて私を抱き止めてくれたおかげで、床に転がらずに済むことができた。


私は衝撃に身構えてぎゅっと閉じてしまっていた目をそろりと開き、思わず兄にもたれかかる様な体勢になってしまった事に眼差しで感謝を告げながら、そのまま構わず伝えたかったことを続けた。


「お兄様、そのような事はやめて下さい。お兄様はこの家の次期当主なのですから。私にこのような事をしてはいけません。

───それに、元はと言えば、あんな場所にいた私が悪いのです。…髪色は、変化する事もあると聞いた事があります。きっとそのタイミングだったのですよ。お兄様のせいではありません。」


私が真剣に思いを伝えると、兄は黙ったまま、私をベットにゆっくり座らせてくれ、部屋着姿の私の肩にショールを掛けてくれた。

そして私から少し距離をとった場所で、改めて跪いて床に両手をついた。


兄は目線を床に落としたまま、苦しげな表情で否定した。


「いいや。お前は何も悪く無いんだ。気持ちを抑えられず、魔力を暴走させてしまった私の罪だ。

大切な妹にこんな酷い事をしてしまった私にそんな資格はない。

俺はお前から、ある筈だった輝かしい未来を奪ってしまったのだ‥。本当にすまない。

到底、謝って許して貰える事ではない事なのは重々分かっている。」


(あぁ…お兄様は本当に真面目で誰よりも優しい。

こんな風に妹に頭を下げる事が出来る兄は少ないだろう。

名家の長男として育てられたお兄様は責任感が強くて、いつも自分の事より誰かの事を思って行動できる。

こんな優しいお兄様が居てくれて、私は幸せ者だな…。)


私は、一つ咳払いをして、兄に微笑んで見せる。


「突然ですが、お兄様。───私、こう見えて、結構楽天的なのですよ?」


突然の私の言葉に兄は怪訝な顔をした。

だが私はそれを気にせず話を続ける。


「もちろん、この髪になってしまった事に少しは驚きましたが…それでも、なんとかなるんじゃないかと思うんです。

だって、この国には優秀なお医者様もいらっしゃいますし、優秀なペッシュ家の学者もついています。

お医者様に言われた通り、大きな怪我がなかった事が奇跡だと思います。」


本当にそう思う。だから私は胸を張ってさらに言葉を続ける。


「ねえ、見てくださいお兄様!私ちゃんと腕があります!足もあります!そして、お兄様を見つめる事が出来るこの瞳もあります!───先程も言いましたが、髪はちょうど色が変わるタイミングだったのです。

お兄様は私からなにも奪ってなどいません。

だって未来の事なんて、誰にも分かりませんから!だから、大丈夫ですよ!」


私はそうきっぱりと言い切ると、晴れやかに笑ってみせた。それを見た兄は雷にでも打たれたかの様にはっとして私を見ていた。


(やっとお兄様が私を見てくれた‥。)


「…だとしても、大切な髪の色を…失わせてしまった。」


「髪の色など、目に見えている私のほんの一部です。大好きなお兄様がこんな姿の私を厭わないでいてくださるのなら、怖いものは何もありませんわ。」


私が優しく微笑みかけると、兄は金色に輝く瞳をさらに輝かせて私を見つめた。

それはまるで、憑き物がとれた様な晴れやかな表情だった。

然し、その瞳は直ぐに伏せられてしまう。


「ローザ、お前はこんな酷い事をした私にまだそんなことを言ってくれるのか…。」


兄は俯きそれ以上何も言わなかった。

それを見て私はずっと気になっていた事を兄に問いかける。


「お兄様‥。お兄様こそ大丈夫でしたか?あの時、何かお辛いことがあったのでしょう?お兄様があの様に取り乱すなど、余程の事があったのでしょうか…。」


「いや、…。」


話しにくそうに言葉を詰まらせる姿にこれ以上は追求しない方がいいのだろうと思った時、扉がノックされた。


「失礼しますお嬢様。御当主様と奥様がお見えです。」


「はい。」


兄は立ち上がると、一歩下がって頭を下げた。


「ローザ、入るぞ。」


父はそう言うと母と共に部屋に入り、そして私の姿を感情の読めない表情で一瞥した。

母は私の姿を見た一瞬、ニヤッとした笑みを浮かべたように見えた。


そして父は厳しい表情で私に告げる。


「お前のような半端者はもうこの家の娘ではない。赤薔薇家の恥だ。二度と私の前に姿を見せるな。」


私の姿を蔑むように見る父の視線に、私は少し恐ろしくなってしまった。


「───詳しいことはこちらで…。」


そうお医者様から声を掛けられると、両親は共に部屋を後にしていった。


幼い頃、親代わりだった祖父母が亡くなってから、父は仕事が忙しく、元々余り会話をした事は無かった。

継母も、贅沢をする事に夢中な様子で、私には興味関心がなかった。

そんな両親に今更どう言っても、取り合って貰えないのだろうな…と少し諦めを滲ませてため息をついた。


静まる部屋の中、兄が私の近くまでくると手を胸に当て、誓いを立てる騎士の様に私に跪いた。


「ローザ。俺がこんな事を言える資格がない事は十分承知している。…だが、聞いてほしい。

俺は、これからの人生をかけて、お前に償うと誓う。

父でさえも、お前に何も言えないように、今よりも、もっと強くなる。

少し時間はかかるかもしれないが、それまで待っていてくれるか?」

(俺は今日の事を、一生涯忘れない。ローザが言った全ての言葉を、こんな俺に微笑みかけてくれた笑顔を。絶対に守ってみせる。)


「‥はい。」

(お兄様はこの先、絶対に、何か凄い事を成し遂げるのだろうな。)


この時の私は漠然とそう思った。

そして私も兄の真摯な思いに、ちゃんと応えたいとも。


「お兄様、私も頑張ります…!

こんな私に出来る事など無いのかもしれないけれど…そんなふうに思って下さるお兄様の思いに、少しでも恥じない妹でありたいと思います。」


「ローザ…。」

(なんて美しい心をもった子なのだろう。そしてなんて優しい子なのだろうか。辛いだろうに、こんな酷い過ちをした俺を責めもせずに、あまつさえ、タイミングだなんて言ってのけて…。

こんな状況でも前を向き進もうとする事が出来るこの子は本当に凄い。

ローザが望んでくれるなら俺は、なんでもしてやりたい。…俺の全てを捧げたい。)


「ローザ、ありがとう。」


「はい!」


お兄様はもう一度深く頭を下げて言った。

私はその言葉が嬉しくて、今日1番の笑顔で応えたのだった。


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