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第一章 ⑩

賑わう商店が軒を連ね、そこに息衝く人々の活気あふれる華やかな帝都。

景観に規律のある美しい街並みの中、切り拓くように突如として現れる豊かな緑と色鮮やかな花々が咲き乱れるこの場所は、全寮制ロドン国立魔法学園である。

その歴史は古く、建国後間もなく初代皇帝の指揮の元創立された学園で、卒業生には歴代皇帝陛下や名だたる歴代当主達が名を連ねる由緒正しき学園だ。

この国の皇太子をはじめとする8名家の者は、必ずこの学園へと進むことが慣例とされていた。


帝都に住む皇太子は勿論のこと、国を分ける様に領地が点在する8名家の者は皆生活拠点を帝都のタウンハウスへと移す事が大概で、入学と同時に身分問わず入寮する習わしになっている。

そのためタウンハウスへの帰宅や領地帰省は、特別な申請が無ければ長期休暇のみとなる。


それはお兄様も同様だった。

兄ルージュ・カーマインは幼馴染である青薔薇家の次男ブル・アシードと共に2年前にそれぞれの家を出て以来、長期休暇の折に領地へと戻る事が殆どで大半を学園で過ごしている。


また、兄は学生の身でありながら既に父と共に公務を行うようになっており、魔物が出れば軍と共に討伐に参加したりと本来の学生であればあり得ない程に多忙な毎日を送っていた。

同じ邸宅内にいても、多忙に駆け回る兄と交わせる言葉は帰省の出迎えと見送り、そして日常の挨拶程度で。

私はそんな兄を遠目に追う事しか出来なかった。


───寂しくないと言えば嘘になるけれど、離れた地で頑張る兄にわがままは言えない。

そんな日々が2年程続き、今では月に一度届く兄からの手紙を心待ちに過ごしていた。


そして今年は、私ルージュ・ローザ、黄薔薇家のジョーヌ・ミモザ、カナリア、紫薔薇家からヴィオレ・ベルが入学する年となり、8名家全ての若者達が学園に揃う稀有な年となった。


「…もう2年ね。」


そう呟き、兄から届いた手紙に視線を落とした。

丁寧に書き綴られれた手紙には、いつも私や弟の暮らしを気にかけた優しい言葉が溢れており、離れていても兄からの想いは溢れんばかりに伝わってくる。

私はそれを指でなぞりながら、兄に思いを馳せた。

『お元気ですか?お怪我はしていませんか?』

『学園の生活はどうですか?』

手紙の返事を書きながら、いつも思った。

あの優しい兄の声が聞きたくて堪らないと。



そんなある日の午後、いつもの様に図書室にいた私は本を読むのに夢中になっていて、入り口の方から見ている者がいる事に気が付かなかった。


「──…見つけた。」


豊かに煌めく赤い髪をなびかせながら歩く人影。

そして、椅子に座り本を読む彼女の前に立ち止まると、そっと身をかがめてその手許に影を落とした。


「ローザ」


名前を呼ばれ顔を上げた彼女の大きな瞳と視線が交わる。

最初は驚きに瞬きを繰り返していた目は歓びに細まり、じわじわと頬が赤く染まる。そしてその顔には笑みが溢れた。


「お兄様…!!」


「久しぶり。」


兄は昔と変わらない優しい笑顔で私に微笑むと、両手を広げる。

そして堪らずといった様子で「きて、ローザ。」と言った。

私は、それが堪らなく嬉しくて、迷う事なくその腕の中に飛び込んだ。

ぎゅっと抱きしめてくれる兄の優しい暖かさが嬉しい。


「お兄様!お帰りなさいっ」


「ただいま。ローザ15歳の誕生日おめでとう」


「ありがとうございます!──あら?お兄様…」


ふと、記憶との乖離を感じてまじまじと兄を見上げる私を兄は優しく目許を緩ませながら見下ろし尋ねてくれる。


「どうかした?」


「…はい。お兄様、暫く会わないうちに背がお伸びになられましたね…?」


以前は、兄の肩ほどだった背が今はすっぽりと兄の胸に収まっている状態だ。

触れている体に至っては、まるで石のように硬く鍛え上げられており、騎士団での仕事の厳しさが容易に想像できる。

確かめるように兄の肩や胸をペタペタ触りながら、んんん?と首を傾げていると、そんな私の姿を見ていた兄が思わずといったふうに笑った。


「ふふっ。」


その声で、はっと我に帰った私は兄の体からぱっと手を離すとまるで幼子のように触れてしまった気恥しさから、あたふたと取り繕うように数歩後退った。


「しっ失礼いたしました。私ったら…。

そ、そうだわお兄様、帰省の時期ではないはずですのに、急に帰ってこられるなんて、なにかご用があって帰っていらしたのでしょう?

私ったらお引き止めてしまって申し訳ありません。」



その時、突如兄の後ろにある扉がバンっと音を立てながら開いた。

驚いてそちらを見ると、そこには満面の笑みを浮かべたエカルラートがおり、兄を見つけるや否や瞳を輝かせながら、勢いよく飛び込んで来た。


「お久しぶりですお兄様っ!」


「久しぶりエカルラート、大きくなったね。」


笑顔で弟を受けとめた兄は、その大きな手でエカルラートの頭を撫でる。


「お兄様も、お元気そうで何よりです!今日はどうされたのですか?」


「あぁ、ローザに話があって帰ってきたんだ。

──ローゼンも久しぶりだね。元気そうで何よりだ。」


エカルラートに続いて図書室へとやってきたじいやは礼をとると兄の姿を見て、嬉しそうな微笑みを浮かべた。


「誠にありがとうございます。

カーマイン様におかれましてもお元気そうです何よりです。

恐れ入りますが皆様、応接室の準備が出来ておりますので、よろしければそちらでお話しされてはいかがでしょうか?」


「ありがとう。そうさせてもらおう。」


じいやに促され、4人で図書室を後にした。


───────


お茶を飲み、一息ついたところで私は尋ねた。


「お兄様、学園の生活はいかがですか?」


「うん、問題ないよ。実はその事で話があるんだ。

ローザもそろそろ学園へ入学だろう?

生活に慣れる為に少し早いが私と一緒に帝都に移るのはどうかな。」


一緒に街を見て回ったり、学園を見てみるのも良いのではないかと思ってね…今なら私も少し時間がとれそうなんだ。

けれど、無理にとは言わないよ。


兄からの思いがけない提案に少し驚いたが、そこに続けられる言葉から私に対する気遣いと優しさが伝わってくる。

髪色が変化して以来、パーティや社交などから遠ざかってしまっていた私にとって、大勢の若者たちが集まる学園へ行く事は少し、いや大分不安だった。

だからこそ、兄がそう言ってくれたのはとても嬉しかった。


けれどそれ以上に、私が提案を受け入れることで、この広い邸にエカルラート1人残していく時期が早まってしまうことが私には大変心残りだったのだ。

過ぎる不安から、思わず傍らに座るエカルラートへ目を遣ると、そこに在るのはいつもの可愛らしい表情をした弟ではなく、凛とした表情で兄を見据えるエカルラートだった。


「僕の事なら心配しなくても大丈夫ですよ。だってもう、10歳ですから!」


「そうだね、エカルラート。」


「それは勿論分かってるわエカルラート。

だけど、私にとって貴方はいつまでも可愛い可愛い弟なのよ?そんな貴方1人残して此処を発つ時期を早めるなんて…。」


「心配してくださってありがとうございます。

だけど、もう守ってもらうだけじゃダメなんです。僕もいつか、お姉様を守れる様に強くなりたいのです…!」


「エカルラート…。」


エカルラートは未だ幼さの残る手をそっと私の手に重ねるとお兄様と同じ金色の瞳で私を見つめ、そしてゆっくりと口を開いた。


「今まで僕が寂しくない様に、沢山大切にしてくれてありがとうございます。

次はお姉様が、ご自分の事を1番大事にしてあげてください。

だからお兄様、お姉様の事よろしくお願いしますね。」


身も心も成長したエカルラートを見て、兄は心底嬉しそうに「勿論だよ。」と綻んだ。


そしてその日から数日後、私達はいよいよ帝都へと出立する事となった。


「…お姉様、最後にぎゅってしても良いですか?」


「もちろんよ。」


別れ際、エカルラートは少し恥ずかしそうに瞳を潤ませながらぽつりと言った。

私はエカルラートをぎゅっと抱きしめながら、快く送り出してくれた弟の気丈さに胸がいっぱいになる。


「お姉様、くれぐれもお気をつけて…。」


「ええ、ありがとう。…エカルラートも元気に過ごすのよ。それじゃあ、いってきます。」


手を振るエカルラートとそこに寄り添う様にじいやが居て、私達はその姿が見えなくなるまで手を振った。

そうして、兄と私を乗せた馬車は帝都への道のりを進んでいく。


ローザはまだ知らない。

今年の学園は創立以来初めて、全ての名家の者達が学園へ一堂に会するということを。

時代はまた巡る、そして運命は繰り返すということを。


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