第一章 ⑧
そこに、騒ぎを聞きつけた父達が息を切らしてやってきた。
「ミモザ!カナリア!突然こちらから強い魔力を感じた、何かあったのか?!」
「お父様!!」
「これは、サラマンダーか?どうしてこんな所に……皆んな怪我はないかい?!遅くなってすまない。」
「大丈夫ですお父様。皆無事です。…カーマイン様とローザ様が助けて下さいました。」
「こんな大きなサラマンダーが入り込めるとは到底考えられない…。
魔力に反応する個体か?──衛兵、説明せよ。」
衛兵から当時の状況を聞き終えた、赤薔薇の当主の推測では、“魔力適応能力を持つトカゲが入り込んだのではないか”というものだった。
確かに、この世界には初めから魔物として生まれる個体の他に生物として生まれた個体が魔力に適応し、魔物へと進化する事が稀にある。
「ジョーヌ、此度は我が領地で起きた失態、本当に申し訳ない。」
「ルージュ、君のせいじゃない。
それに2人のお陰で怪我もなかったみたいだし。本当に良かった。カーマイン殿、ローザ嬢、私の子どもたちを守ってくれて本当にありがとう。」
頭を下げる赤薔薇の当主に父はそう告げると、カーマイン殿とローザ嬢へと向き直り感謝を伝えていた。
そんな目の前で起こるやりとりを、僕は未だ呆然としばらく眺めていた。
腕の中に抱きしめたままのカナリアは、余程怖かったのか未だに小さく震えていて、蜂蜜色の瞳からはポロポロと涙を零している。
そんな姿を見て僕はただ、なにも出来なかった自分の不甲斐なさをひたすら悔いることしか出来ずにいた。
しかしその意識は、カナリアが僕の手にやさしく自分の手を添えてくれた事でふわりと引き戻される。
自分でも気が付かないほど、ぎゅっと強く拳を握りしめていたようで、爪が食い込んだ手のひらからは血が出てしまっていた。
カナリアの手から伝わる暖かさに、僕の手は自然と緩んでいった。
─────── ・・・
しばらく抱きしめていたカナリアの震えが治まった頃、様子を窺うようにゆっくり体を離すと、名残惜しそうなカナリアの表情に促される様に頭を撫でる。
そこで話し合いが終わったらしい父達に声をかけられ、僕達はようやく絶炎の間を後にしたのだった。
───────
今回の騒動による怪我は無かったが“念のため”と赤薔薇家の主治医から診察をうけ、全員の無事を確認し終える頃には帰路に着く時間となった。
「今日は危険な目に遭わせてしまって申し訳なかった。ジョーヌさえ良ければまたいつでも来てくれ。」
「感謝するよ、ルージュ。では、また。」
帰り際、馬車まで見送ってくれた赤薔薇の当主とカーマイン殿ローザ嬢に見送られ、僕達は赤薔薇家を後にした。
帰りの馬車では、騒動以降ずっと黙ったままだったカナリアが不意にぽつりとつぶやいた。
「……だった。」
「ん?どうしたんだいカナリア。」
あんな出来事があり、よほど怖い思いをしたのだろうと、父も僕もとても心配してカナリアに寄り添い、零された言葉を掬いあげようと顔を覗き込んだ。
するとカナリアはばっと顔を上げて、一言。
「王子様みたいだったぁ〜〜〜〜っ!!」
「…え?」
カナリアから発せられた予想外の反応に、座っていながらも思わずズルッと転けそうになってしまった。
「ローザ様、カッコ良すぎですわ!!
わぁぁぁーんもう、私達を守るあの凛々しいお姿!
まるで赤薔薇の女騎士のようでしたもの!
それに見ました?!
あの火魔法の威力!!9歳であのお力!
素晴らしすぎますわ!!
初めてお会いした時はなんて美しく、お花のように儚いお方でしょうかと思いましたけれど、実はその心には燃えるような勇気と強さをお持ちだったのですね…!
私、感動いたしました!!
もう私、ローザ様に一目惚れしてしまいましたわ!!
お父様!次はいつ頃に赤薔薇家へお伺いのご予定ですの?!その際は私も必ず同行いたしますから!!ね!ミモザ!」
カナリアが怒涛のように話すので、父も僕も「おおぉ…。」とただただ圧倒されるばかりで。
けれど、僕はそんな姿を見ながらも、カナリアが元気で本当に良かったと心から嬉しくなったのだった。
───────
あれからというもの、僕達は頻繁に赤薔薇邸を尋ねるようになっていた。
初めこそ赤薔薇家の子なんてきっと生意気に決まっているなんて高を括って警戒していた僕たちだったが、決定打になったあの日の2人の行動によって、それまで思っていた固定観念が簡単に覆されてしまった。
カーマインもローザも話しをしてみればとても優しく聡明だった。だけどそれだけじゃない、誰かを守れる強さと勇気があった。
あの日以来、僕はお父様にお願いして騎士団の鍛錬に参加させてもらっている。
…次こそは、絶対に僕が守る。そう胸に誓って。




