【第1話「アホ毛」】
【第1話「アホ毛」】
右に行き、左に行き、中央に戻り三秒停止、それからクルクルと捻じれて、捻じれた反動で勢いよく回転して解けていく。
完全に解け終わると、今度はクルクルと円を描くように回り始めた。
「(なんだ、あのアホ毛は・・・・・・!)」
鈴木一、15歳。高校一年生。
俺は人生でかつてないほど前の席の女子の頭頂部を凝視しながら驚愕していた。
同級生女子の10円ハゲを発見した以上にびっくりして、ひたすら自由自在に動き回るアホ毛の動きに目を奪われていた。
犬か猫の尻尾のような気紛れな動きを続けるアホ毛に、俺は釘付けとなっていた。
授業どころの話ではない。
俺が一番後ろの席で、激しくブレイクダンスしているアホ毛のクラスメイト女子はそのひとつ前の席。
それで他の生徒が気付かないのはまだ百歩譲って分かるとしても、教壇からだとよく目立つだろうに先生はなにをやってるんだ?
そう思って観察を続けると、先生が振り替えるタイミングで小刻みにアホ毛の動きが一時停止していることに気付いた。
まさか思考力があるのか、あのアホ毛・・・・・・?
一呼吸置いて再び前の席の女子生徒の頭の上で跳ね回るアホ毛の動きに目を向けると、今度はシャドーボクシングのようなステップを始めていた。
訳が分からない。
なんなんだ。その無駄に軽快なフットワークは・・・・・・。
次第に冷や汗が出て来た。
入学式当日にインフルエンザに罹って、今日が初めての登校日だと言うのに何とも言えない気分になって来た。
どうする?
本人に指摘してもいいものなのか?
いや。俺も病み上がりだし、これは幻覚なのかもしれない。
・・・・・・無理だな。思い込むにも限度がある。
ええい、考えるのも面倒くさい!
俺は思い切って前の席の女子生徒に今すぐ尋ねようと、肩を叩くために手を伸ばした––––––
ズルリ。
「あっ!」
そう思って腰を浮かせようとした瞬間に身体のバランスを崩してしまい、その勢いで件のアホ毛本体を右手で握り締めてしまった。
そうしたら。
スポッ! と、景気の良い音と共に「アホ毛」と「アホ毛の根本部分に留められていたシュシュ」がまとめて引っこ抜けた。
「・・・・・・は?」
ウィンウィンウィンウィンウィン。
頭の理解が追い付かない。
これアホ毛部分、作り物?
というか、シュシュも含めてただの機械仕掛け?
掌の中で跳ね回るアホ毛とシュシュの機械的な動きと音を感じながら、俺は徐々に状況を理解し始めた頃。
「ぶふっ!」
前席の女子生徒がこちらに背中を向けたまま噴き出して、身体を丸くして小刻みに震わせながら笑い声を堪えていた。
ちくしょう、なんだこいつは!?
次の日の朝どういう訳か、アホ毛を引き抜いた瞬間の俺の間抜け顔が大判ポスターサイズに引き伸ばされたサイズの写真で教室前面の黒板に張り出されていた。
俺はこの日を境に、心の中のブラックリストに一番上に羽元林檎の名前を深く深く刻み込まれることになった。