9 孤児院を手に入れたい!
ザフィラのシーン追加と、後後出てくる重要人物の名前を追加しました。
「お嬢にゃま、おはようございにゃす」
「ン……あ、おはよう。シロノ」
この子はシロノ。わたしが奴隷市場から助けてあげた猫獣人の女の子だ。
わたしは自分に近い年の専属メイドが欲しかったので、この子をメイド見習いにする事にした。
シロノに朝の用意をしてもらい、わたしは朝早くから目的の場所に馬車を走らせた。
その日、孤児院は普段通りの朝を迎えていた。
「クソガキども、朝の作業が終わらないヤツはメシぬきだからな!」
院長夫妻は普段のように子供をいびって自分達だけは朝から肉にかぶりついていた。
これが普段の孤児院の光景だ。
子供達はボロボロの擦り切れた服を着ていて、院長夫妻だけは豪華な服を身に着けている。
身寄りのない子供達はこれを運命だとあきらめているのか、目には光が無く、黙々と作業をしているだけだ。
だがそんな孤児院に予定外の来訪者が訪れる。
そう、わたしが予告無しにいきなり到着したのだから。
「何? 何なのこの獣臭い臭いは!?」
「大変だ、誰か孤児院の前にいるぞ! 急いで書類を隠せ!!」
孤児院は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
スタッフ達は院長の指示で、躍起になって豪華な服や書類をどこかに持っていこうとしている。
だがそんな彼らの前に巨大な熊の獣人が立ちはだかった。
彼は片腕でスタッフを持ち上げると、無造作に壁に向かって投げつけた。
「ぐべぇっ‼」
「な、何だ!? なぜ下等な獣人が……?」
スタッフ達と院長、それに子供達は全員が数十人の獣人達に囲まれた。
子供達相手に威張っている孤児院のスタッフだったが、屈強な獣人の前には全く相手にもならなかった。
「あら、ごきげんよう。院長夫妻様」
「お前は……レルリルム!? 一体どういうつもりだ‼ 恩を仇で返すのか」
「あら、わたし、アナタ方に恩を受けた覚えはありませんわ。冬の冷たい時に水をかけられたり何度も食事を抜かれた事はありますが……」
「うるさい、生意気なことを言いやがって!」
「あら、わたしにそんな態度を取っても良いのかしら? 今わたしが持っているこれ……何だと思います?」
わたしは院長夫妻に書類を突き付けた。
「そ……それはっ! クソガキッ! それをこちらに渡せっ」
院長がわたしに飛び掛かってきた。
「ボクのレルリルルになにをしやがるッ!」
「ザフィラッ!」
「レルリルルはボクのタイセツなひとだ!」
しかしライオンの獣人の少年ザフィラがわたしをかばってくれたので、院長はそのまま前のめりに転倒してしまった。
「ザフィラ、ありがとう」
「ガルル。ボク、レルリルルのためたたかう!」
ザフィラはわたしの顔を見て、満面の笑みを見せた。
それが何だか懐いた大きな猫のようでどこか可愛く見えた。
ザフィラに助けてもらったわたしは、院長夫妻に証文を見せつけた。
「あら、これが何かご存じのようですわね。そう、これはアナタの借金の証文。わたしが街の高利貸しから買い取ったモノですわ。ここはもうわたしの物。アナタ達には出て行ってもらいますわ」
「ふざけやがって! こんな事してタダで済むと思っているのか! オレの後ろには……」
「奴隷商人がいるんでしたっけ? 残念ですがもう奴隷市場は存在しませんのよ。わたしが全て買い取って潰しましたから」
流石の院長夫妻もこの私の言葉を聞いて心が折れてしまったようだ。
「お、お願いですお嬢様……どうか、騎士団にだけは通報しないで下さい」
「あら、もう遅いですわよ。そろそろ到着する頃ですわね」
わたしが孤児院に続く道の遠くの方を見ると、遥か彼方から騎士団らしき姿が見えた。
「レルリルムお嬢様。通報にあった孤児院の横領の件ですが」
「はい、ここに証拠があります。早く逮捕してください」
「……ですが、証拠と言っても、証言だけでは証拠になりません。れっきとした物証が無いと騎士団も私人を勝手に逮捕できませんので」
こう聞いた院長夫妻がニヤリと笑った。
「そうです。言いがかりで騙し取った借金を元にこの娘が私達善良な経営をしている夫婦を陥れようとしているのです! 騎士団の皆さんならどちらが正しいかお分かりですよね」
この言い方。
これは間違いなく騎士団の上層部にも賄賂が渡されていて捕まらないようにこの夫婦が仕組んでいるのだろう。
だがそれも十分想定済みだ。
「グスタフ、そこの壁にかかっている絵を外してみて」
「ガウゥ!」
グスタフと呼ばれた熊の獣人はその怪力で壁にかかった大きな絵を外した。
すると、絵の裏には棚が隠されていて、裏の部屋からその棚の所に裏帳簿やため込んだ金、さらには宝石等が大量に見つかった。
「このクソガキッ! お前なんて伯爵に渡すんじゃなかった!」
「この恩知らず! 呪ってやる」
流石の騎士団も目の前に脱税や賄賂、不正請求の証拠の山を見てしまっては、見逃すわけにはいかなかった。
いや、わたしがそういう風に持ち込んだ。
聖女教とべったりの騎士団、コイツらは法律や正義で動くような連中ではない骨の髄まで腐りきった連中だ。
だからわたしはあえて押収できるモノがあると伝えた上で騎士団に通報したのだ。
コイツらが院長の私物をどう横領しようとわたしの知ったことではない。
院長は無造作に乱雑に倒されるコレクションを見て発狂している。
「院長夫妻を捕縛しろ!」
「やめてー! 金が、私の金と宝石がー」
「さようなら、イザベラ院長夫人」
孤児院はその後騎士団による徹底的な監査の後、全員のスタッフが逮捕され連れていかれた。
「オイ、お前。ギュスターヴ隊長に連絡しておけ。ただし押収品の件は一切黙っておけよ」
「はい、了解です!」
ギュスターヴ……聞き覚えのある名前ね。でも誰だったかしら……?
その後その場に残ったのは、以前わたしと寝食を共にしていた孤児達だけだった。
「レルリルム……ちゃん?」
「お姉ちゃん?」
孤児達は恐る恐る私に話しかけてきた。
「そうよ。みんなと一緒に暮らしていたレルリルムよ。みんな、ただいま」
わたしはニッコリと孤児院の仲間達に微笑んだ。
「今日からはわたしがこの孤児院の院長だからね。みんな、美味しい物たくさん食べようね」
「「「わーい!」」」
今まで目に光の無かった子供達の目に光が戻った。
彼等、彼女等のいつまでも見えない闇の向こうに光が見えたのだろう。
「お姉ちゃん、この人達……誰?」
「あ、ああ。この人達ね。今日からみんなと一緒に暮らす人達だよ」
「こわくない? あたちたちいじめない?」
「大丈夫よ。みんな良い人達だから」
獣人達はわたしが合図をすると、孤児院の子供達に笑顔を見せようとした。
その引きつった顔が面白かったのか、中には笑い出す子供もいた。
「ぷっ、あははは」
どうやら子供達と獣人を一緒に住ませるのは特に問題もなさそうだ。
難を言うなら、ここにいるのはほとんどが文字も読めない、計算もできない子供と獣人達だということだ。
そうなると必要な物は、学校だと言える。
ここにいる子供達、そして獣人達に言葉や計算を教えてあげられる人、そういう人が誰かいてくれれば良いんだけど。
当分は院長のわたしが子供達に文字や簡単な計算くらいは教えてあげられるかな。
でもそうなると、お菓子屋の経営の方が完全に人任せになってしまう。
さて、どうしたものだろうか。
わたしはその日の夜、父親であるドリンコート伯爵と食事をしながらお願いをすることにした。
「おおレルリルムよ。あのボロい離宮を売りつける計画だが、思ったより上手く行きそうだぞ。腕に覚えのある詐欺師を見つけたのでな」
「お父様、それは素晴らしいですわ! それなら確実にバートン子爵にあの役立たずの離宮を押し付けられますわね。それで、その方って誰なんですか?」
「アンリ・シュターデンとかいう平民だ。平民ながら貴族相手のコンサルタント業で儲けている男なので、もし失敗してもそいつのせいにすればいい。所詮は平民だ」
『アンリ・シュターデン』わたしはこの名前に聞き覚えがある。
王国末期に出没した人物で、聖女教や悪徳貴族相手に多額の投資を持ち掛け、破産させまくった稀代の詐欺師だ。
庶民には痛快な喜劇の主人公として人気の高かった人物だが、最後には聖女教を愚弄した罪で処刑された。
彼なら頭もいいだろうし学校の教師をさせるにはピッタリかもしれない!
わたしは一度、彼に会ってみたいと思った。
『アンリ・シュターデン』一体どんな人物なのだろうか?