8 獣人と仲良くしたい!
「お、お嬢様……確かにこの金額で奴隷市場やスタッフは買えますが……市場全体となると桁が一つ違ってきますが」
しまった!
そういえばそうだわ。
市場を買おうとするなら場所そのものを買わないとスタッフだけを買ってもそれを運営するのができない。
「わ、わかってるわよ! これは頭金、そうね……金貨三万枚あれば十分かしらっ!」
これはちょっと危険な賭けかもしれない。
あの欲深な父親のドリンコート伯爵を説得しないといけないからだ。
まあそれは後々考えよう。
それよりも、わたしが買った奴隷を全部連れて行かないと。
わたしは部下に命じて奴隷を全員連れてこさせた。
獣人奴隷の全員がわたしを憎む目で睨んでいる。
我慢我慢、これで音を上げるようじゃわたしの人生やり直しなんてできない。
「全員の手枷を取りなさい。首輪もです!」
「で、ですがお嬢様……そんなことをすれば命の危険が……」
「いいから取りなさい! わたしの命令が聞けないの!」
部下達は渋々獣人の手枷足枷、首輪を取った。
しかし白いライオンの少年だけは檻から出そうとしなかった。
「何故わたしのいうことを聞かないの!? わたしは全員の手枷を取りなさいと言ったはずです」
「ですがお嬢様……」
「黙りなさい! すぐにやるの」
手枷を取られた白いライオンの少年はわたしを睨んでいた。
わたしはあえてその檻の中に手を入れた。
「ザフィラ!」
わたしは彼の名前を叫んだ。
「さあ、あなたはもうわたしのもの。わたしにひざまずきなさい!」
「ガァァァッ!」
ライオンの少年は私目掛けて飛び掛かってきた!
檻がきしむ、そして彼はわたしの手に噛みついてきた。
ガブッ‼
痛い……でもこの痛みは彼らが受けたものに比べれば大したことないものだ。
わたしは前の人生の償いをしなくてはいけないと考えた。
これで手を失ったとしても、それはわたしの罰だと受け止めよう。
たとえわたしの手と引き換えにしてでも、わたしは彼らに信用してもらわなくてはいけないのだから。
「くっ……」
「お嬢様! くそっ、手を放せ!」
「やめなさいっ! 彼に手を出すことはわたしが許しません!」
わたしは痛みに耐えながら彼を見つめ続けた。
敵意は無い、わたしはあなたの味方だと目で伝え続けたのだ。
「ガゥウウ……」
ライオンの少年はわたしの手から口を離し、流れる血を見ていた。
「大丈夫、もうあなたを傷つける者はいませんから」
わたしはニッコリと微笑んだ。
痛い、痛い、痛い……でもそれでも耐えなくては……。
そんなわたしの気持ちが伝わったのだろうか、ライオンの少年はゆっくりとわたしに近づき、血だらけになった手をペロペロと舐めだした。
「わかって……くれたのね」
「グゥウゥゥ」
彼の目にもう憎しみの敵意は無かった。
そして獣人の王子らしき彼、ザフィラがわたしに従ってくれたので、他の獣人達がこれ以上暴れる事は無かった。
「安心して、わたしはあなた達の味方だから」
「グオオオオン! ミカ……タ」
たどたどしい言葉で彼はわたしに何かを伝えようとした。
安心しきったわたしはその場に倒れ、意識を失ってしまった。
◆
「ン? ここは……?」
「目が覚めましたか、ここはオークション会場の救護室です」
「え? みんなは!? あの獣人達はどうしたの??」
「全員無事です。お嬢様が倒れたのを見て全員が心配そうに見ていました。まるで、人間みたいな態度でしたよ」
「痛っ……あれ? 手がある??」
「会場にいた聖女教の治療師がお嬢様の手を治療してくださいました。請求は後で伯爵家に送られてくるそうです」
そう、無事だったのね。
でも他の人間にとって獣人は所詮ケモノやペットでしかない。
わたしはその常識を覆さないといけないと考えた。
「屋敷に戻ります。今日買った子達も全員連れてくるように」
「承知致しました」
わたしはオークション会場を後にし、父親の待つドリンコート伯爵邸に帰宅した。
その日の夜、わたしはドリンコート伯爵と食事をしながら事業の話をした。
「おお、我が娘よ。何があったのだ? いきなり儂に金貨三万枚と治療費金貨百枚の請求が届いたのでビックリしたぞ。儂は事業を立ち上げろと言ったが誰も大散財をしろとは言っていないはずだが」
「お父様、これは先行投資ですわ。いまこの国では獣人が蔑ろにされています。しかし彼ら彼女らは人間に無い能力があります。その力を生かした人材として正しく教育すれば、もっと多くの収入になるのです」
「ふむ、先行投資というものを知っていたとは、そこは感心したぞ。だが、いくら儂でも金貨三万枚となると……簡単に出してやれるような金額ではないぞ。やはり砂糖の値段をせめて三倍にせんとな」
やはりそう言うと思った。
この男は砂糖やお菓子が儲かるとわかっているのでそれを難癖付けてでも値段を釣り上げたいのだ。
「お父様、そんなことしなくても金貨三万枚用意できる方法がありますわ。あのボロい離宮を貧乏貴族に売りつけてはどうですか?」
「ほう、それは面白いがそんなボロい離宮をどうやって売るというのだ?」
「あの近くの廃坑で金が出たと言うのです。そのための人間を数名雇って芝居をさせ、それを信用させた上であの土地ごと売ってしまうのです」
「ほう、それは面白い! あの鼻持ちならない生意気なバートン子爵にでも売りつけてやるか! レルリルム、我が娘ながらお前は良い才能をもっておるわ!」
実は離宮の近くの廃坑で数年後金が出るのは事実だ。
その金を巡ったゴールドラッシュこそがドリンコート伯爵の盤石の資金源になる。
そしてゴールドラッシュで作られた歓楽街が獣人奴隷搾取の温床となり、革命時にわたしが獣人達に恨まれた理由でもあった。
だからこそ今のうちに良識派貴族で本当の聖女の実家であるバートン子爵に売ってしまうことで、獣人の歓楽街を作らせないようにするのがわたしの本当の目的だ。
バートン子爵はこの国には珍しい奴隷反対派の貴族で、聖女追放後没落し、さらに冤罪によって処刑されてしまう。
わたしと聖女アンリエッタが徹底的な決別をしてしまったのはそれが理由だ。
「そうですわね、お父様も必要ないゴミを売りつけることができて、わたしは奴隷市場を好き放題に出来る。コレって最高じゃありませんか!」
「レルリルム、お前はどうやら儂の考える以上に商才があるようだな。良いだろう、お前の好きにやってみろ。儂はいかにあの貧乏子爵にあのゴミみたいな離宮を売りつけるか考えるのが楽しみだわい」
彼はよほどバートン子爵が嫌いらしい。
その相手を苦しめる事ができると聞いてかなり上機嫌になっている今なら、わたしの願いを聞いてもらうこともできるだろう。
「お父様、それで……お願いがあるのですが」
「ほう、なんだ。言ってみろ」
「わたし、獣人を躾けるための場所が欲しいの。そうね、元々わたしがいた孤児院……あれをわたしのモノにしたいの!」
「ほう、まあ金貨三万枚に比べればあんなボロいものはした金で買えるわ。いいだろう、すぐに手はずを整えよう」
そう言うと彼はすぐに部下を呼び、何かの指示をしていた。
わたしのいうことを聞いてくれたのだろう。
そういえば獣人達の食事がまだ出されていないはずだ。
わたしは台所に向かった。
「ちょっと、わたしの大事なペットたちの食事ってどうなってるの?」
「あ、これはお嬢様。あの獣人どもには家畜のエサを与えておきました」
「はぁっ!? ちょっとふざけてるの! すぐにきちんとした食事を用意しなさい!!」
やはりそうだった。
この国では獣人にまともな食事を与える習慣が無い。
わたしが見に来なければ、彼らは家畜のエサを食べさせられる事になっていた。
「さあ、お食べなさい。わたしに従えば食事と寝る場所は絶対に困らないから」
最初はわたしを警戒していた獣人達だったが、美味しそうな食事を用意すると彼ら彼女らはわたしを信頼した目で見つめてくれた。
今日この日、獣人達はわたしを本当の仲間と認めてくれたのだ。