6 友達が欲しい!
騎士団長と獣人少年のシーンを追加しました。
前の人生で革命軍が何故騎士団長を埋葬したか……その理由は後程わかります。
わたしの作ったクレープ屋は大評判になり、貴族や富裕層もこぞってクレープを求めるようになった。
若干12歳で店のオーナーになったわたしは、様々なお菓子のアイデアを出し、次々とヒット商品を出した。
前の人生で好き放題に贅沢をしてお菓子を食べていた経験がまさかこんな風に生かせるとは……。
わたしが考案したお菓子は、今の時代にはまだ存在しないモノばかりだった。
実際はパティシエと呼ばれる人達が考案したモノなのでわたしが考えたというのは少し違う。
しかしもしこの後の時代にいくら彼らが考案したお菓子だったとしても、その権利は聖女教が牛耳り、彼らには何の恩恵も与えられなかった。
『聖女を保護し、国を憂う我々が善である』
これが聖女教の教義だ。
これは言い換えてしまえば、聖女を好き放題に操れれば、どのような事をしても善であると言い切れる、つまりは聖女教が好き放題にできるということだ。
わたしはそんな聖女教に使い捨てにされる前に国中の有名な菓子職人を全て調べ上げた上で雇った。
わたしの提案した破格の報酬に、首を縦に振らないお菓子職人は誰一人いなかった。
そう、わたしは名実ともに国のお菓子業界を全て手にしたのだ。
「レルリルム、素晴らしいではないか。国中の菓子が全て儂のものになるとは……このまま競合相手がいなくなった今なら値段を釣り上げればもっと儲けることができるな……! ハッハッハ」
わたしの父親、ドリンコート伯爵。コイツはそういう下衆な考え方しかできないのだ。
だがそんなことをしても、後で大きなしっぺ返しが来るのは前の人生でわたしは経験済み、それ故にそのような愚策は絶対にやらせない!
「お父様、それでは一時的に儲かるかもしれませんが……後で買えなくなった人達がどんどん悪評を並び立てることで最終的には大赤字になってしまいますわ。たとえその後貴族や聖女教の関係者だけにお菓子を売ればいいと思っていても……他国から安いものが入ってきてしまえばあっという間に廃れてしまい、材料費すら手に入らなくなりますわ」
これはわたしが実際に体験したことだ。
王国の末期になると高くて形式ばったお菓子は古臭いと言われ、新興国であった隣国の安くて美味しいお菓子にあっという間にそのシェアを奪われた。
それらはお菓子とはとても言えないようなドクイモを薄切りにして油で揚げただけのものに塩をかけたようなモノや、口に入れると弾ける小さなコンペイトウ等、この国では決して思いつかないような斬新なモノだった。
高くなるだけ高くなり、材料費にすら事欠くようになった古臭い聖女教の仕切るお菓子を欲しがる者は誰もいなくなり、聖女教に見捨てられた多くの菓子職人が職を失った。
「ほう、生意気なことを言うようだな……。お前が商売に成功したのは所詮運と儂の貴族としての立場があったからだ。もし、事業の素人のお前が儂を納得させるだけの新しい事業を始められるなら、お前の言うとおりにお菓子の値上げは見送ってやろう……。期間は……二週間だ!」
「わかりました。お父様……二週間でお父様の納得できる新事業を立ち上げて見せますわ!」
困った事になった。
もしここで失敗してしまうと、せっかく砂糖の値段を安くしてわたしが立ち上げたお菓子屋がアイツの思い通りに値段を釣り上げられておじゃんだ。
わたしはどうにかして新しい事業を考えなくてはいけなくなってしまった。
しかしわたしには誰もその悩みを相談できる友達がいない……。
メイドや屋敷の使用人達はあくまでも仕事でわたしに従っているだけで、心から相談できる友達はわたしには誰一人いなかった……。
前の人生でもそうだった……。
わたしは聖女であり、王妃だった。
多くの国民はわたしを賛美してくれたが、ニセ聖女に過ぎず……力を持たないわたしはそれらの賛美を鬱陶しく感じ、保守派の聖女教の司教や巫女たちと話をするくらいだった。
彼ら彼女らは、わたしの言うことにニコニコと従っていたが、その本心は学も無くワガママ放題の無知なニセ聖女をあざ笑っていたのだ。
それに気が付かなかったわたしは、聖女教の連中が何でも言うことに従うのを、わたしが優れているからだと思い込んでいた……。
だがそれは大きな間違いだった。
革命が起きた途端、聖女で王妃だったわたしを真っ先に裏切って国民の前に突き出したのが聖女教の連中だった。
むしろ最後まで従ってくれたのは、わたしを徹底的に嫌っていたあの堅物の騎士団長だった。
まあ、それで国民が納得するわけもなく……司教、巫女、司祭長、大司教、枢機卿の全員がギロチンで処刑され、その生首を晒し者にされたのを経験済みだ。
しかし私を守った騎士団長は、何故か革命軍達によって手厚く埋葬されたとわたしは処刑前に人づてに聞いた。
とにかく、今のわたしには誰も相談できる友達がいない……。
神様、お願いします……私に本当の友達を……作ってください。
わたしはその日、気分がモヤモヤしていつまでも眠れなかった。
◇
「ん? ここはどこ??」
わたしはどこかにいた。そこは小麦の穂の実る黄金の原っぱだった。
とても綺麗な場所で、わたしはそこで寝転がった。
そんなわたしを覗き込む誰かがいた。
「ボクハ……ココニ……イルヨ」
顔は見えない、でもその声は小さな男の子のようだった。
でもそれは人の姿ではなかった。
彼の耳は……猫のような形だった。
獣人?
わたしが何もわからずその場を動けなかった時、場面はいきなり燃え盛る戦場に代わっていた。
「ここは……どこなの!?」
わたしは何が起きたのか全く分からず、戦場で立ち尽くすだけだった。
そんなわたしを何か巨大な怪物が襲ってきた!
「キャアアァァァッ!」
わたしは何もできず、怪物に襲われる寸前だった。
「大丈夫かッ!」
「え? 誰……?」
わたしを助けてくれたのは、筋骨隆々の戦士だった。
彼は……顔が見えなかったが、やはり猫のような……いや、ライオンのような耳を持つ逞しい戦士に見えた。
「あなた……誰なの!!??」
「いずれ……会えるよ、レルリルル」
彼はわたしの名前を知っている。
誰なの? 貴方は誰なの??
逞しい獣人の戦士はわたしを抱きかかえ、優しく微笑んだ。
しかし逆光で彼の顔は結局わからないままだった。
「誰? お願い、貴方のこと……教えて!」
わたしが手を伸ばした瞬間、現実に引き戻された。
あれは……夢だったのか。
「お嬢様、おはようございます」
「お、おはようございます」
わたしは謎の夢のことを思い出そうとしたが、どうしても思い出せなかった。
それよりもアイツ……ドリンコート伯爵の言っている新事業を早く考えないと。
わたしは朝食を済ませ、街に向かうことにした。
普段ならすぐに経営するお菓子屋に向かうとこなのだが、わたしはあえて商売のヒント探しのために市場に向かった。
市場は賑わっていて、とても活気があった。
肉、野菜、魚、日用品、王国末期にはどれもまともに手に入れることもできなくなった物ばかりだ。
だが今はまだ普通に手に入る。
そしてわたしの影響で砂糖も他の調味料と同じ普通の値段で売られていることを確認できた。
「何か売れるものないかな……」
「お嬢さん、何か欲しいのかね?」
「え……と、いや、得にありませんわ。何かここで珍しい物って手に入りますか?」
「珍しいモノ……ね。お嬢さん、貴族の娘だね。それなら……奴隷なんてどうだい?」
「奴隷!?」
「おっと、そんなに驚くことかい? 貴族の娘なら奴隷の一人や二人飼っていると思ったけどね」
そうだ、この国では奴隷商売が合法的に認められている。
聖女教が亜人は教義に従わない邪神の手下だから、人間と同じように扱う必要は無いと言っているのだ。
「ちょうどあっちで奴隷のオークションが始まるところだよ。行ってみな」
わたしは……何か胸騒ぎを感じながら、奴隷オークションを見るために市場の奥に向かった。