44 戦争を止めたい!
パレードの隊列で旧バートン子爵領に入った私達は、目の前で首輪や手枷足枷をされた獣人達の前に辿り着いた。
この演出は私が通り過ぎる事で彼等の首輪や手枷足枷を取り外すというものだ。
私の馬車が獣人達の前で立ち止まり、私が高く手を掲げる事により、獣人達の首輪、手枷足枷が外された。
そして彼等は私のパレードの隊列に参加した。
これこそが民族共和を主張する事になる。
実は、この鉱山のある領地、かつてはフーバー枢機卿が住んでいた場所だ。
彼は聖女教に入信する前は鉱山技師としてこの鉱山町で働き、そして一代で財を成した。
その際に画期的なアイデアを数々出した彼は民衆に指示され、聖女教入信後はあっという間に司祭、司祭長、大司教と出世し、最後には枢機卿にまでなった。
だが彼は隣国との戦争反対派であり、戦う事を最後まで否定していた。
その彼の態度を隣国が見逃すわけもなく、国はあっという間に隣国に領地を奪われた。
そこのタイミングで現れたのがフランクリン司祭長だったのだ。
フランクリン台頭後、フーバーは『ゴンクラーベ』に敗れ、枢機卿から失脚した。
そして彼の土地だったこの領地は新興貴族だった私の父、ドリンコートの物として譲与された。
――奇しくも民族共和を唱えたフーバー枢機卿の土地を私が行進する。
これはこの土地に古くから住む人達にとっては感無量といえるでしょう。
彼等彼女等は古くからのフーバー支持者であり、彼がまだ鉱山技師からの頃の住人も残っている。
だからこそ前の人生でここがゴールドラッシュで賑わった時、前からの住民を追い出し、フランクリンの派閥の連中に仕切らせて私の父親ドリンコート伯爵に当てがったわけだ。
何も知らなかった私の父は聖女教の言うがままに昔からのフーバー支持者の住人を追い払い、そしてここを獣人による歓楽街にしてしまった。
だが今の私の人生では、ここは健全な鉱山町として活気あふれる街に変化した。
古くからの住民も新しい住民も鉱山で働いてくれる獣人に好意を持つようになり、フーバー元枢機卿の理想であった民族共和を実現していると言える。
聖女教のフランクリン派の連中は怒り心頭だろう。
彼等の毛嫌いする獣人が堂々とパレードに参加しているわけだから。
さらに死んだはずだった工業ギルドの面々も私のパレードに全員参加している。
これは彼等にとっては最も許し難い事になるだろう。
下手すればパレードを聖女教騎士団でくい止めに来る可能性も十分考えられる。
だがそれも既に想定済み。
私のパレードはもう止められない。
全身ミスリル武装で装備した冒険者ギルドのベテランや、武器防具を身につけた獣人相手に勝てるわけが無い。
そして聖女教が彼らの家族を人質に取る事も考えられたので全員が一丸になっている。
つまりは誰一人このパレードに参加しない獣人は居なかった。
パレードには子供や母親に抱えられた赤ん坊まで参加した形だ。
これで聖女教は私達に手も足も出ない。
パレードは旧バートン子爵領を抜け、レオ・レオニ村に向かった。
ここがクライマックス! 私は工業ギルドを総動員で数万人分の赤い布を作らせた。
マントならどんな服でもどんな体形の人でも着る事が出来る。
レオ・レオニ村に到着した私は馬車の上で黒いマントを身にまとった。
その直後、ギュスターヴやザフィラ、グスタフ達は私の号令で黒いマントを身にまとった。
その巨大な数万に達した隊列は、真っ赤な海のように、真っ赤な巨大魚のようになっていた。その中で真っ黒な集団、その形はまさに巨大な魚のような姿だった。
そう、この巨大な魚のごとき姿はこの腐った国を食い荒らすスイミーフィッシュなのだ!
これを見た国民達は大歓声を上げた!
国民達に私の意図が伝わったのだ。
そして国民達は家や周りにあった赤い物を身に着け、次々と隊列に加わった。
あまりの巨大化した集団に対し、エルンスト・グローヴス元帥率いる聖女教の正規軍はなすすべも無かった。
何故ならば、正規軍に対抗する為、真っ赤な鎧を身にまとった軍学校からテオドール将軍の部下達が挟み撃ちにする形になった為だ。
途中何度か起きかけたバカ王子は私がその度に睡眠薬入りの酒を飲ませ続けたのでパレードの間、一度もまともに目を覚ます事は無かった。
聖女教と悪徳貴族達は私の演出に何も手出しをする事が出来ず、群衆が多すぎて王宮の外に出る事が出来なかった。
パレードはフィナーレに向かい、私達は黒い姿のまま王宮に入った。
そして王宮の各地に仕掛けられた色とりどりの火薬が爆破され、王宮は火の海に包まれた!
そしてパレードは終了した。
それはこの国における旧体制性への狼煙となったのだ!
私はバルコニーから姿を出し、国民に対して手を振った。
横には一応寝たままだがバカ王子を立たせ、その身体は影に隠れて見えないように獣人の少年が固定させていた。
「皆様、私が新王妃になったレルリルムです。御機嫌よう」
私が挨拶をすると大勢の国民が大歓声で私を祝福した。
前の人生ではこの場所で挨拶していたのはフランクリン枢機卿であり、バカな私はバカ王子と一緒に小難しい話をフランクリンに任せ、半分寝ていた……。
記憶で覚えているのは王宮の前に集まった国民達が全員で白い布に描かれた巨大絵のバカ私とバカ王子の絵を持ち続けた事だ。
あの時は祝福されていると思っていたが、実際は祝福を強いられているだけだった。
だが、今その国民達は全員が赤い布をまとい、私を心から祝福してくれている。
それは王妃としてではなく、この国を変えてくれるのが私だと信じている期待ゆえの事だろう。
「――今日この良き日に、私は……皆様国民に祝ってもらえる幸せ者です。私は今ここに宣言します。この国を幸せにする、それは私の願い……この国は誰もが幸せになれる権利があります。それを誰かが踏みにじる事は許せません」
私の挨拶に泣きだす人まで出てくる始末だ、こんな事は前の人生ではありえなかった。
「今、ここに宣言します。私はこの国に起こる不幸を全て回避して見せます! そして、人は誰もが生きる権利を持ちます、それは肌の色の違いや思想で否定されるものでありません。民族共和、かつてフーバー元枢機卿猊下が掲げた言葉です。私はそれを実現し、誰もが皆、自由に生きられる国を作る事をここに宣言します!」
大歓声は鳴りやむ事が無かった。
国民達は誰もが私の名前を叫び、この国の未来を私に託した。
一方の聖女教や悪徳貴族の面々はパレードを妨害しようとしたという罪でテオドール将軍の配下に全員包囲され、王宮から外に出る事が出来なかった。
私の結婚披露宴という名のお祭り騒ぎは王都で三日三晩続き、その雰囲気は一か月近く落ち着く事は無かった。
そのお祭り騒ぎのどさくさにまぎれ、聖女教や悪徳貴族は王都を捨て逃げ出した。
私は聖女教や悪徳貴族を逮捕はしなかった、その権限は残念ながら私には無かったからだ。
そして一か月以内に聖女教と悪徳貴族の大半は王都から姿を消した。
これでこの国が平和になる……わけではなかった。
バカ王子オウギュストは、国王になっても全く政治に興味を持とうとしなかった。
彼との初夜は、薬で眠らせておいてシーツに赤ワインを垂らして終わり。それで初夜を迎えたふりして二人とも起きた時に裸で既成事実を作っておいた。
好きの反対は嫌いではなく無関心。
私はあえてそのバカ王子を見逃し、彼が浮気をしようと側室を置こうと放っておく事にした。
元から愛も何も無い結婚、彼が好きに動いても妬みも何も湧かない。
おかげで私は安心して病院設営や道の舗装、レオ・レオニ村の発展に努める事が出来た。
そうして二年が過ぎた。
聖女教や悪徳貴族の逃亡した王都は平和なもので、人々は安心して生活できていた。
だが、ついにその日は来てしまった!
ゴゴゴゴゴオゴゴゴゴゴゴッッ! 大地震だッ!
前の人生よりも数か月早く地震が起きてしまったっ!
だが不幸中の幸いか、レオ・レオニ村や各地の街道は、私の結婚パレードに合わせ全て道を大きくしていたので誰一人として犠牲者を出さずに避難させる事が出来た。
また、軍学校出身の軍人達は迅速に動き、各地の救援に向かえた。
ドリンコート領という内陸に移転した工業ギルドでは交代制で効率的に朝から晩まで休むことなく稼働し、物資や食料の缶詰等が生産され、それを冒険者達と人材ギルドが各地に配送する事で物資不足による死者も出さずに済んだ。
そう、私の危惧してた震災による死者は誰一人として出なかった。
まあ多少の重軽症者はいたが、誰一人として命に別状は無かった。
震災が落ち着いた頃……事件は起きた!
「レルリルム様! 大変です。聖女教が宣戦布告をしました!」
「何ですって!!?」
「彼等が言うには、この国は聖女の力を持たないニセ聖女が王妃になった事に神はお怒りだ。先日の天災はニセ王妃を許さぬ神の鉄槌である。ゆえに我々聖女教は本当の聖女であるソフィア様を立て、隣国の協力の元ニセ聖女を追放するまで戦う! といっているらしいです」
まさかこんな展開になるとは思っていなかった。
隣国では英雄王は王位につけなかったのだろうか?
「ギュスターヴ騎士団長、隣国の総大将は誰ですか?」
「隣国の総大将は……ウッドロウ・ジャクソンです!」
誰よそれ!? 英雄王クローヴィスではないの?




