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40 強い軍隊が欲しい!

 ――知らなかった。

 まさかバカ王子だったジュリアスが改心したのが、私がきっかけだったなんて……。


 彼の顔をよく見てみると、確かにぼんやりと思い出してきた。

 孤児院に見学に来て、他の子の玩具を取り上げて投げて壊していた金髪の少年。


 泣いていた他の子を見て指差して笑っていた男の子に、私は思いっきり平手打ちをした。


『こんなことしちゃめっ! なのっ!』


 確かそんな事を言ったような気がする。

 そして私が平手打ちした男の子は、尻もちをついていきなり大声で泣き出した。


 ちょっとやりすぎたかなと思った私は、その子を私がお母さんに泣いていた時に慰めてもらったように、頬を撫でてから優しく抱きしめて肩をポンポンと軽く叩いてあげた。

 泣き止んだ男の子は私を見て笑ってくれた。


 そしてその子が帰る時、私にこう言った。


『おれはおまえをおよめさんにしてやる。だからおまえはおれをまっててくれ! おれはおまえにふさわしいおとこになってやる』


 その男の子とはそれ以来一度も会う事が無かったが、それがまさか目の前のジュリアス王子だったとは!


「おれは人の痛みを教えてくれたあの少女に感謝していた。そしていつかあの子をおれの奥さんにしたいと思い、努力して勉強した。今のおれがあるのはあの時の子のおかげだ……」


 そしてジュリアス王子は私を見つめ、こう言った。


「レルリルム、ついに見つけた。おれの大事な人。どうか、おれと一緒になって欲しい!」

「えっ! えええぇーっ‼?」


 いきなりの告白だ。

 しかも私はもうオウギュスト殿下との婚約が発表された後だ。


「で、でも私……オウギュスト……」

「あんな奴に君を渡すわけにはいかない! 君が不幸になるだけだ!」


 まあ実際、前の人生で彼と婚約した私は心の満たされない毎日に嫌気がさし、男遊びにうつつを抜かすようになってしまった。


「あんな奴に君を渡すくらいなら、おれはこの国を滅ぼす! そして君をアイツから奪い返してやる!」


 ええええぇぇぇー!?

 ひょっとして、前の人生でも彼の革命の動機って私だったの!?

 それだとこの国が革命に至った理由って、私がジュリアス王子を平手打ちした事から始まったって事!?


「……少し、考えさせてくださいませ。私、オウギュスト殿下とは好きで婚約しているわけではありません」

「それなら尚更あんな奴に渡すわけにはいかない! 何故だ!? 君は自らを犠牲にしてまで何を守る必要があるんだっ!」

「私が守るのは……この国の人達です。その為に私は王妃にならないといけないのです」

「どういう事だ?」


 私はこの国に未曽有の大災害が来る事、その為に病院が必要な事をジュリアス王子に話した。

 アンリの時とは違い、前の人生の話はせず……あくまでも勉強した上での地質や海洋学の視点からの予測だという形で彼には伝えたけど、理解して貰えたのかしら。


「……そうか、それで国庫を自由にする為には王妃の地位が必要だという話だったのか」

「はい、その為にはオウギュスト殿下との婚約が必要だったのです」


 ジュリアス王子は理由を聞いてどうにか自身を納得させようとしていた。

 だが、それでもどうしても彼は全部を飲む込む事は出来ないようだ。


「ヤツとの婚約は仕方ない。だが、初夜は絶対に拒否してくれ! 君が傷つくのをおれは見たくないんだ」

「ええ。私だってあんな奴と初夜を迎えるなんて寒気がしますわ!」

「プッ……そこまで嫌われるとはな……でも、一歩間違えればおれがそういわれる立場だったのかもしれないな。レルリルムがおれの頬を引っ叩いてくれたから、今のおれの人生があるんだ」


 そういう風に言われると、少し哀れさを感じる。

 オウギュストはジュリアスと違い、誰も怒ってくれる人がいないまま幼少期を過ごしてしまった。

 成長後いくら注意されてもそれは幼少期にきちんとした教育、躾を受けなければ治しようが無い。


 そう考えると彼もこの国の聖女教や悪徳貴族に踊らされた犠牲者だったのかもしれない……。


 だからと彼のやってきた事が許されるわけではない。

 幼い時に改心できたジュリアス、または神様に人生のやり直しチャンスを貰えた私と違い、彼はもう立ち直る可能性はほぼあり得ない。


 もし革命が起きたとして、私は命を助けてもらえても彼は間違いなく処刑確定だろう。

 そうでないとしても一生幽閉される末路もあり得る。


 今回私は王国側にはつかない。

 私はむしろ貧しい人達の味方になる。


 その為には聖女教の騎士団と戦う事になるでしょう。

 今の私には獣人や冒険者ギルドが味方になってくれるだろうが、それでも正規の軍人相手になると勝てるかどうか微妙だ。


 そうなると必要な物は、本当に強い軍隊だ。

 烏合の衆ではなく、訓練された強い軍隊。

 そうでなければ大量の犠牲者が出てしまう事になる。


 また、統率された軍勢がいれば、未曽有の大災害の際にも避難誘導してもらえる。


 しかしギュスターヴに軍を統率させるのもどんなものだろうか……。

 言うならば国軍の中に派閥が新たに作られる事になると同じだ。


 今の軍はギュスターヴの父である副団長テオドール・フォートレス将軍を中心とした派閥と、エルンスト・グローヴス元帥を中心とした聖女教系の国軍派の二つになっている。

 もし私の軍勢を手に入れるとするなら、国軍の中でテオドール派を掌握する必要がある。


 前の人生ではギュスターヴはそれほどの地位には就けず、あくまでもテオドール将軍の息子の厄介払いとして、ワガママ放題の王妃のお付きといった立ち位置に言うならば左遷……島流しみたいになっていたとも言える。


 だが今の私なら婚約後の王妃としての権限で彼を親衛隊長兼、副団長に任命できる。

 そして人材ギルドの冒険者やザフィラ達獣人とも連携してもらえればかつての王国末期の国軍を上回るだけの軍勢を手に入れる事が出来る。


 それだけの軍隊があれば、革命団に負ける事も無ければ異国からの侵略にも十分対抗可能。

 でも今回の私は彼等と戦うつもりは全く無い。

 革命団のリーダーは元第一王子のジュリアスで、隣国の英雄王は私が看病してあげたクローヴィス。

 二人共今の私とは敵対するような相手ではなく、むしろ国内の聖女教を倒す為に協力してもらえるかもしれない関係になれるかもしれない。


 だからといって、手放しに彼等に協力を頼んでも、こちらの軍勢が弱ければ彼等の軍勢が裏切る可能性も捨てきれない、人間は裏切る生き物だと私は前の人生で思い知らされた。

 だが裏切られるのは弱いから、役に立たないからだ。

 こちらが裏切られるだけの弱さでしかないならそれは自業自得。


 そうさせない為にも、私は強い軍隊を作らないといけない。

 やはりギュスターヴを王妃権限で副団長に任命するのが一番確実だろうか。

 そして前の人生で私、いや……王国軍を壊滅まで追い込んだザフィラ率いる獣人傭兵団。

 彼等は今、人材ギルドの一員として私の忠実な部下になってくれている。


 その人材ギルドとジュリアスの革命団を合わせればかなりの大軍勢になるだろう。

 武器防具やその他の物資は工業ギルドと冒険者ギルドが協力すればどうとでもなる。

 悩みの種としてはギュスターヴとザフィラはいつも私の為に二人共が張り合う事だが、この件ではむしろ張り合ってほしいくらいだ。

 お互いがお互い強くなるなら、聖女教とその手下の騎士団を潰すのも可能。


 やはり少しでも早く私が王妃にならないと計画は進められないようね。

 これは早く形だけでも結婚式を行わないと……。


「私、王都に戻ります……ここの件、後はザフィラ達に任せますから」

「わかった。君の戻ってくるのを待っているよ」


 私は獣人達をあえて革命団と合流させる事を考えた。

 前の人生で彼等がどのように協力体制になったのかはわからないが、今の私が二つのグループを合わせるのは別に間違った選択肢にはならないだろう。


「ジュリアス様。お聞きして良いですか?」

「シーザーで良いよ。みんなにはそれで通してるからさ」

「シーザー、ザフィラ達に『赤い魚の目は黒い』という話、教えてもいいかしら」

「……覚悟はあるんだね。君……もう、平和な世界には居られなくなるよ……」


 私のお願いを聞いたジュリアス王子は厳しい目で私を見つめていた。


「はい。例えふかふかなベッドを失っても、美味しい食事を失っても、それが私の選んだ事なら……覚悟は出来ていますわ」


 実際あの革命団に捕まった後の牢屋の苦しい生活に比べればどんな環境でも耐えられる。

 孤児院の生活も辛かったが、それはあくまでも精神的に幼かった頃の私だからだ。


「そうか、わかった。ザフィラ達によろしく頼む」

「ええ、彼等を獣人だからと偏見で見るのは許しませんわよ」

「分かっている。レルリルムの頼みだ。必ず約束は守る。だから、君も早くこの村に戻って来てくれ」

「わかりましたわ」


 私は次の日、ギュスターヴを引きつれ、王都に帰還する事にした。

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