39 避難民を助けたい!
私には聖女アンリエッタのような奇跡の力は無い。
それを証拠にあの聖女教の連中が、今の私には一切すり寄ろうとして来ないくらいだ。
むしろ聖女の力の無いニセ聖女を王の妃にするのに反対だと言ってどこかのソフィアとかいう女を聖女にしようと言っているくらいだ。
私の前の人生での侯爵令嬢ソフィアはあのバカ王子オウギュストの浮気相手だった。
前の人生で愚かだった私は、オウギュストがソフィアに浮気している腹いせとばかりに男遊びにうつつを抜かしていた。
だが今の私にはそんな男遊びする趣味も無ければ、時間も無い。
未曽有の大災害に対する対策は一日も早く行わないといけないのだから!
そして、数日が経ったある日、缶詰を持って遠洋漁業に出ていた漁師達が戻ってきた。
その彼等は、今後のこの国の行く末を決めるようなモノを持ってきた。
「今回の漁も大漁だったぞ。それに、この缶詰のおかげで船を遠くまで出せたので普段では捕れないような大物まで取れたくらいだ」
大型の漁船で漁に出ていた彼等は大きな鯨や魚を次々と網で砂浜に降ろしてきた。
「そうそう、漁の途中でこんな連中も見つけたんだわ。とりあえず弱ってはいるが生きてはいるみたいだ」
「‼ この人達は!」
私は目の前にいる人達を見て、確信した。
彼等は火山が噴火した島の人達だ。
彼等の存在はこの国での災害対策を説明する際に最も重要なモノとなる。
「その人達をすぐに簡易病院に連れてきて! この村にお医者さんはいますか!?」
「いや、この村には医者はおりません。医者がおるのは隣の村になりますわい」
「レルリルム様、医者は俺が連れてきます!」
「ギュスターヴ、お願いね」
「レルリルル、ボクもその人達運んであげるよ」
相変わらずザフィラとギュスターヴは何かと張り合っている。
だが、二人共私の為に一生懸命に働いてくれているのは本当に感謝しているわ。
だから私も出来る事をやらないと。
私はボロボロの姿の避難民の人達に温かい猟師汁を差し出した。
「どうぞ、胃に優しいように味は薄めて具は小さい物だけにしています」
避難民達は震える手で器を受け取ろうとしたが、手が滑り、器を割ってしまった。
「大丈夫!? 器は気にしなくていいわ。お汁はまだたくさんありますから」
今度は私が器を持ち、ゆっくりと猟師汁を飲ませてあげた。
全部は飲み切れなかったようだが、衰弱した体にこの猟師汁は骨や内臓から取ったダシで栄養があって少しは体力が戻ったようだ。
「シーザーさん。彼等は一体?」
「彼等はおれ達が漁をしていて見つけた遭難者だ。木の板にどうにかしがみついて助かったらしい」
「そうなのですね、彼等は一体どこから……」
「わからないが、この感じだとやはり南方の島の住民だろうな」
ジュリアス王子はあのバカ王子と違い博識だった。
私はこの服装、この肌の色等から彼等が南方の部族の人間だという事は分かっていた。
だが、ジュリアス王子はその事が分かった上で彼等を助けたのだろう。
「とにかく全員弱っているようですから、すぐにでもベッドに運ばないと」
ザフィラは私の指示通り、南方の避難民を抱えてすぐにベッドに連れて行ってくれた。
その後ギュスターヴの連れてきた医者のおかげで、彼等はすぐに治療を受ける事が出来た。
「ふむ、どうやら衰弱しているだけで身体にはそれほどの傷は無さそうですな。ただ、何名かに小さな火傷の跡がいくつもあったのが気になるところですが」
彼等の火傷の後は高熱の火山の灰によるものだろう。
という事は島の火山か海底火山が爆発した可能性が高い。
「彼等を絶対に助けてくださいね。給金ははずみますから」
「はい! お嬢様。このメディック、命に懸けて患者を助けてみせましょうぞ」
彼等が生き残ればこの場所に病院を作る根拠になるのよ。
避難民を助けるのにここに大きな病院を作る事が出来れば、未曽有の大災害が来てもすぐに対応可能、そしてその後に始まる戦争においての負傷者も死なせずに済む。
だから彼等には何が何でも生きてもらわないと困るの。
彼等の証言で南方での火山の爆発を説明してもらう。
その上でその爆発の余波が海に押し寄せ、この国の海岸部を襲う事を説明。
私の前の人生では海岸部に近い地域は大津波に飲み込まれて全滅。
その中には商人ギルドの倉庫などもあった為、この国は二次災害ともいうべき物資不足による治安悪化が起きてしまう。
これがこの国がもう立ち直れなくなってしまった本当の理由だ。
だが表側に出来ない話では革命団のリーダーであるジュリアス王子がいなくなったため、統率の取れなくなった革命団は、各地で暴徒化し、最終的には成功したとはいえ参加者までにも大量の犠牲者を出してしまった。
ジュリアス王子を失うのはこの国にとって痛手としか言えない。
彼はあのバカ王子よりもよほどこの国の王になるのに相応しい人物だ。
でも、私は何故か彼を昔見たような気がする……何処で見たのかは思い出せないけど。
何だかずっと昔、前の人生でも今の人生でも覚えのないくらい幼い頃だったような気がするけど、内容が思い出せない。
「シーザー、私……昔、貴方とお会いした事ありますか?」
「お嬢さん、気のせいじゃないですか? おれはただの平民、伯爵令嬢に会うような事はありませんよ」
嘘だ。
彼は間違いなく私を知っている。
それも取ってつけたような話ではなく、ずっと昔の私を知っている様な気がする。
でもやはり思い出せない。
あーもう、こんなこと考えている場合じゃないのに。
こうなったらとにかくあの避難民を助けてあげる方が重要だ。
避難民の人達は猟師汁を飲んで少し寝ていた事で、起き上がれるくらいには回復していた。
「●ΦπΔπ……Ψ」
私は彼等の言葉を片言だけど聞き取れた、どうやら彼等の言葉を翻訳すると、こう言っている。
「たすけ……ありがとう。わたした……ち、うみの、ひのやま。かみおこって、のがれた」
ダメだ。
言葉を読み取れると思ったのに、片言では何を言っているか読み解くのが大変。
「そうか、それでは君達は海底火山の爆発で船ごと遭難したわけだね」
凄い……アンリは彼等の言葉を全く何の躊躇もなく理解できている。
アンリは避難民達に話をしてくれ、私に通訳した内容を教えてくれた。
「レルリルム。彼等は海底地震の火山爆発に巻き込まれた南方の避難民だ。どうやら最近海の神様が怒っていてよく地面が揺れると言っている」
間違いない、これは海底火山の活動が活発化していて、そのうちに起きる未曽有の大震災の予兆になるものだ。
彼等の存在は未曽有の大災害を説明する為の生きた物証になる。
また、病院を作る必要性を説明する為の物証としても使える。
つまり、彼等は生きているだけでこの国の国家事業を動かす為の起爆剤になるわけだ。
「さあ、皆さん。一度王都に戻りましょう。早くしなければ計画は進みませんよ」
「お嬢さん、もう戻るんだね。あのバカ王子にそんなに会いたいのかい?」
「いいえ、違いますわ。そもそも貴方には関係のある事なのかしら?」
「まあ、本来は関係ないね……」
ジュリアス王子は何を考えているのだろうか。
私達は次の日王都に戻る為、ここを離れる準備を始めた。
ここに残るのはザフィラ、グスタフ達の獣人チームとクロフトだ。
その日の晩、この土地を離れる私達の為に村の人達は盛大に宴を催してくれた。
少し飲み過ぎてしまった私は、潮風に当たる為に建物の外に出た。
「お嬢さん、こんばんは」
「あら、シーザーさん。こんばんは」
「レルリルム、君はもうおれの正体知っているんだろう」
「ジュリアス王子……やはり貴方がジュリアス王子なのですね」
彼は静かにうなずいた。
「何故、貴方は死んだふりをしてまでこの村に来たのですか?」
「レルリルム、昔話をしていいかな……」
彼は話をはぐらかしたいのだろうか?
「おれは昔、ワガママ王子だった。人の痛みも知らずに何でも言えばしてもらえると思っていた。そんな時、おれは父上の視察について行った先で、ある女の子に出会った」
「ある女の子?」
「おれは貧乏人の子供をバカにする態度を取り、その孤児院にいたやつをいじめた。その時は王子に反撃してくる奴なんているわけないと思っていたんだ」
その話って……。
「だがおれはその時生まれて初めて小さな女の子に頬を叩かれた。その時……おれは初めて痛みを知った。痛いってのはこういう感覚だったんだ。そう思ったおれは思いっきり泣いてしまった。でも、そんなおれを撫でて微笑んでくれたのは……その小さな女の子だったんだ」
それって間違いなく私の事だ。
昔私が孤児院に入ったすぐの頃、どこかの貴族の子供が私達をバカにするためにやってきたと思った。
そして私はいじめをしていたその男の子を叩いた。
まさかそれが、今私の前にいるジュリアス王子!?
「初めて叩かれたおれは、痛いというのが嫌な事だと学んだ。それからおれは心を入れ替え、誰もが痛くない世界を作るために良い王になろうと努力したんだ」
そんな……幼い時の私の平手打ちがバカ王子だったジュリアスを改心させたというの!?




