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36 第一王子に会いたい!

 オウギュスト殿下によるアンリエッタへの婚約破棄宣言からの私への婚約宣言は、国中に大きな反響をもたらした。


 各地は王子と聖女との婚約を祝うお祭りモードになり、あちこちで昼間から酒を飲んで祝うような人達が増えた。

 良かった、これで経済効果としては結構なものになりそうだ。


 この国は表立っては豊かで裕福な国に見える。

 だがその経済状況ははっきり言ってズタボロも良いところだ。


 聖女教と悪徳貴族による腐敗、癒着は国を根底から腐らせ、この国は白蟻に食いつぶされた――木造の古いボロ屋と同じような状況になっている。

 ハッキリ言ってしまえば今から経済立て直し政策をやったところで、この国が復活する事はない。


 だからと手をこまねいて良いのかと言えば絶対にそんな事は無い!

 このまま国が破綻すれば、多くの人達が嘆き悲しむ事になる。


 私は前の人生で実際にそれを見ている。

 前の人生でも確かに新王と聖女の結婚式は国を挙げた一大イベントとなり、国中の人達が私とオウギュストの婚約を祝った。

 だが、意味も無い国民への婚約祝いの国庫のばら撒きによるパフォーマンスはその後の経済破綻の引き金となり、この国は資金がパンクして一気に没落した。


 そこにトドメとばかりに天災が襲い掛かった為、国民達は明日食べる食料にすら事欠き、大勢の餓死者、失業者が増えてしまった。

 国の実態を見ていなかった前の人生の私や悪徳貴族、聖女教の連中は、革命が起きてようやくこの国がもう建て直し不可能だとわかったくらいだ。


 だけど今はまだこの国を建て直す事は無理でも、国内に新しい国を作って上書きする事は可能、その為にはあのバカ王子をどうにか無力化する必要がある。

 この国には王子が二人いるはずなのだが、もう一人の第一王子は私の前の人生でも一度も会う事が無かった。


 例えどんなバカでも、あのオウギュストよりはマシだと思うので、私は一度第一王子に会って話をする必要があると考えた。

 もし万が一、第一王子がオウギュストを上回るバカだった場合、貴方はアレよりはマシと焚きつけて踊らせるやり方もある。

 それで意味の無い事をやらせている間に私が実権を握ってしまえばいい!


 とにかく一度第一王子に会ってみるのは必須ね。


 私はギュスターヴに聞いてみた。


「ギュスターヴ、一つ聞きたい事があるのですが、よろしいですか?」

「ハイ、王妃様。俺に何の御用でしょうか?」


 ギュスターヴの態度が何だかよそよそしい。

 何か少し距離を開けられたような感覚がする……。


「貴方、この国の第一王子ってご存じかしら?」

「‼ レルリルム様、どこでその話を!?」


 私が第一王子の事を言った途端、ギュスターヴの顔色が変わった。

 これは何か聞いてはいけない事を聞いてしまったのかしら……?


「レルリルム様。今晩、ボールコートにお越し下さい、詳しい話はその際に……」

「わかったわ」


 私はこれ以上ここでこの話をするのは危険だと感じ、話を切り上げた。

 ギュスターヴは再び私の護衛の任務に戻ると、交代の時間まで一切の私語をせず私を護衛し続けてくれた。


 晩餐会が終わり、私は少し夜風に当たると言ってボールコートに向かった。

 このボールコートは貴族が球技で使う為の場所で、一般人は立ち入り禁止だ。

 私がボールコートに向かうと、ギュスターヴは軽装で待っていた。


「レルリルム様、お待ちしておりました」

「ギュスターヴ、それで……話ってのは何なの?」

「レルリルム様、周りには誰もおりませんね?」


 ザフィラは今私の護衛ではなく、冒険者ギルドの任務に就いてもらっている。

 どうも彼の方も今あまり私と顔を合わせたくないようだったので、少しの間護衛はギュスターヴだけだ。


「はい、誰もいませんわ」

「それでは、こちらにお越し下さい」


 そう言うとギュスターヴはボールコートの倉庫に向かった。

 私が倉庫に入ると、彼は鍵を閉め、その場に座った。


「レルリルム様、今から言う事は決して口外なさらないで下さい」

「ギュスターヴ、どうしたの? そんなにかしこまって?」

「……昼間の件です。レルリルム様は第一王子の事をお話されましたね」

「はい、ギュスターヴ、貴方はご存じなのですか?」


 ギュスターヴはゆっくりと話し始めた。


「第一王子、ジュリアス殿下は俺が殺しました」

「!? ど、どういう事なの!!」

「そのままの意味です。俺が昔殺してしまったのです」

「意味が分からないわ! どういう事か説明してっ!」


 ギュスターヴの話の意味が全くわからない。王族殺しは重罪、死刑でもおかしくない。

 それをわざわざ今ここで私に言う意味はどういう事なの!?


「……表立っては、ジュリアス殿下は馬上槍試合での事故死という事になっております。ですが本当は、殿下は生きておられます。殿下は幾度となく暗殺者に狙われ、俺に死を偽装してくれと頼んだのです。そこで俺は馬上槍試合での事故に見せかけて殿下を殺してしまったという形にしたのです」


 成程、私が商人ギルドを出し抜くために工業ギルドの人達を死人に偽装したのとある意味似たような事か。生きていると都合が悪いので死んだとして追撃を逃れる。


「そ、それで……彼は、本当はどこで何を?」

「殿下は一般人のフリをしながらクロフトと協力し、この国を立て直すのではなく、転覆させる為に下準備をしているのです。この国は腐りきっている、だからこそ国民達が立ち上がり革命を起こす必要があるのです!」


 信じられない! ギュスターヴは騎士団にいながら、革命軍の首謀者クロフトと二人で革命の計画を立てていたのね。


「ギュスターヴ、聞きにくい事を聞くわ。貴方、もしこの国で本当に革命が起きたとして、革命軍に下るの? それとも国王に忠誠を誓うの?」

「レルリルム様、俺は革命軍には死んでも下りません。王国の騎士として戦って死にます」

「それって……貴方は革命軍に協力しておきながら、自らは命乞いも何もしないの!?」


 一体彼は何を考えているの!?


「はい、この国をここまで腐らせてしまったのは今いる俺達です。ですから俺は喜んで時代の捨て石になりましょう。俺の死でこの国が変わるなら、俺は死ぬ事は怖くない。それよりも汚名を受けながら生き恥をさらす方がよほど辛いのです」


 そうか、ギュスターヴはギュスターヴでこの国に対する覚悟が決まっているのね。

 私は彼の真剣な目を見つめ、微笑んだ。


「大丈夫、そうはさせないわ。その為にも第一王子に会わせていただけますかしら」

「レルリルム様、本当に……良いんですか? 一度こちら側に踏み込むと、もう戻れませんよ」

「構わないわ。私も貴方のように命を懸けてこの国を変えたいのよ」

「……わかりました。それでは後日、視察と称してレオ・レオニ村に向かいましょう」


 レオ・レオニ村、あんな村に第一王子がいるの!?

 あの村は、未曽有の大災害で最初に水没した村だった。


 成程、これで私は前の人生で第一王子に一切会えなかった理由が分かった。


 第一王子ジュリアスは、暗殺者から逃れる為にギュスターヴとの馬上槍試合で負けて事故死した形にしながら、レオ・レオニ村に逃れた。

 そしてレオ・レオニ村を拠点に聖女教の神父クロフトと連絡を取りながら革命軍の指揮を執り、この国を転覆させる計画を水面下で実行していた。


 だが、ジュリアス王子は未曽有の大災害に飲み込まれて死亡。

 その意志を継いだクロフトが革命団のリーダーとしてこの国に革命をもたらした……という流れなのね。


 だから前の人生では私は王妃にも関わらず、第一王子ジュリアスの存在すら知らなかったわけだ。


 この話だけを聞いても、どう考えてもあのバカ王子オウギュストとは格が違う。

 これは是非とも大災害で死んでしまう前にジュリアス王子に会わなくては!


「ねえギュスターヴ。貴方から見て、ジュリアス殿下ってどんな方でした?」

「そうですね、彼は……まさに王と言うに相応しいだけの知性と統率力、それに聡明で心優しい方で、まさに王の器というべき人物です」


 そりゃあ聖女教や悪徳貴族が暗殺者送り込んで殺したいわけだ。

 これはますます会わなくては!


「決めました、明日早速レオ・レオニ村に向かいます!」

「レルリルム様、婚約の件は……どうするんですか?」

「そんなもん、あんなバカいつまでも待たしておけばいいのよっ」

「プッ……ハハハ、ハハハハ……それは良い。やはりレルリルム様はレルリルム様だった」


 ギュスターヴが屈託のない笑顔で笑っている。

 どうやら私は彼と少し距離が開いたと思っていたけど、どうにか元の状態に戻せたみたいね。


 さあ、明日はレオ・レオニ村に視察よ。

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