32 工事のスタッフが欲しい!
工業ギルドの缶詰試作はまだ上手く行っていないようだ。
缶を作るやり方は結局丸く作った輪っかの底を溶接する形に落ち着いた。
これでも冷めて固まった後なら食料を入れて変になることは無さそうだという判断だ。
こうしてギルドの床には大量の底だけ溶接した缶が転がっていた。
そこにわたしが到着したのは次の日の朝だった。
「皆様、御機嫌よう。少しは眠れましたか?」
「はい、お嬢さまのおかげでしっかり寝てから仕事に取り掛かれます」
「こうきちんと寝れる時に寝ていると、朝から頭が冴えて仕事の効率が上がるんです!」
「それもこれもお嬢さんのおかげです。ありがとうござます」
どうやらきちんとみんな寝られているみたいなので安心できた。
これで次は缶の蓋をどうやって作るかの話だけだ。
缶の下側は溶接で溶けた金属が冷えて固まれば食べ物に溶け込む事は無いが、上側は食べ物をなみなみと注ぎ込んだ上での蓋をする形なので溶けた金属が入るのは避けたい。
だからと力を込めて蓋をしても外れる上に、長持ちもしない。
それで全員が頭を悩ませているのだ。
ここでアンリエッタに聞けば答えがすぐにわかるかもしれないが、それは避けたい。
別にわたしのプライドの問題とかではなく、今から聞く為には時間もかかるし今まで頑張ってくれた工業ギルドの工員の行為を無駄にする事になるから。
思いだそう、あの人生最後の缶詰……。
確か、上の蓋には丸っぽいふちがあったはず。
それをギュスターヴが剣で蓋を切り裂いて中身をわたしに食べさせてくれた……。
そうだ、あの缶のふちの丸っぽい輪っかだ!
「あの、丸い輪っかを蓋の周りにつけてみてはどうかしら」
「なるほど、蓋の周りをリング状の金属で押さえつけるんですね! やってみます」
工員達はわたしのアイデアを疑う事も無く素直に提案を聞いてくれた。
彼等は元々から手先が器用だったのか、それとも仕事をする上でそれを身につけたのかはわからないが、わたしの言う通りに淵を丸い輪っかで縛り付けるやり方で缶を作った。
ようやくこれで缶製品が出来た。
いや、完成品が出来た!
これをいくつも作ってもらい、冒険者達に渡してみることにしましょう。
「ご苦労様でした。皆さん、休みはきちんと取れていますかしら?」
「お嬢さまの依頼を成し遂げる為には休んでなんかいられませんよ!」
「そうだそうだ、それに夜きちんと寝れるってので疲れはきちんと取れるんだから問題無い!」
「この上休むなんて言う奴いたらオレがぶん殴る!」
ダメだ、この人達はずっと仕事をさせられ続けていて休みを取る習慣が無いようだ。
「ダメですわ! あなた方、何日間この缶詰作りの為に働き続けていたの?」
「えっと、9日ですかね。お嬢様がおれらを脱出させてくれた時からですから」
「そうでしたか……あなた方、これは命令です! 今から二日間何もしてはいけません。しっかりと休みなさい!」
この国では平民には休みはほぼ与えられていない。
貴族は週に一度、二度休みがあるが、平民は休む暇なく働かなくては生活が出来なかったとわたしは前の人生の牢屋の中でさんざん聞かされた。
「え? 何もしてはいけないって……」
「缶詰はもう人数分完成しますわ。その後の作業をまだわたしが考えていないのですから、下手に動かれてもわたしが困るわけですわ。ですから明後日わたしが帰ってくるまでは何もせず待機しているのよ、それが命令ですわ」
彼等には休む習慣を与えてあげないといけない。
ドワイト達のグループには四日に一度の休みと言ったが、こちらもそれで問題無いだろう。
まあ彼等の休みの取り方は、明後日戻って来てから考えましょう。
わたしは人数分×数日分の缶詰を馬車一杯に用意させ、ドワイト達のいる元ワイン工場に向かった。
「お嬢さん、完成しました! これで全員分の武器が揃った形です」
「そう、ご苦労様。これで冒険者ギルド全員の武器が用意できたのですわね」
「はい、工員達も休みをもらいながらでしたので最も万全の状態で作れたから儂らにとっても最高の仕上がりになりましたわい」
ドワイトは満面の笑みでドヤ顔を見せ、自慢していた。
まあ自慢するだけの事はある、この武器防具は現時点ではこの国最高の物ばかりだと言えるだろう。
「お嬢さま、俺達も準備は出来ていますぜ。いつでもご命令下さい」
「そう、それじゃあこれを持って行ってくれるかしら」
わたしは冒険者のギルド長ユリシーズに缶詰を手渡した。
「何……ですか、コレ?」
「あなた方の為に用意した食事ですわ。この中身を取り出してみてくださいます?」
「そうか、これなら……!」
ユリシーズはミスリルの剣の根元の刃で缶を切り、蓋を簡単にこじ開けた。
これは蓋の締め付けに改善の余地がありそうだわ。
「これは……缶の中に肉が入ってるぞ!」
「何だって!?」
冒険者達は缶の中に詰め込まれた肉を見て驚いていた。
「確かに……これなら出先でも簡単にメシが食える。お嬢さま、よくこんなものを思いつきましたね……」
「当然ですわ、あなた方には精をつけて働いていただきたいですもの」
缶詰は味も好評だったみたいで、冒険者達は喜んで持って行った。
これで冒険者達に色々と動いてもらう計画が進行しそうだ。
冒険者が道を安全にしてくれる。
そうなると素材の流通がやりやすくなる。
素材が手に入れば冒険者の待遇や武器等のレベルも上げれる。
それによってさらに出来る事が増える!
道を確保出来たら次は道路の舗装をしないと。
大きな道路を作ることで馬車が行き来しやすくなり、流通が捗る。
これはアンリに押し付けられた流通や経済の本を学習してわたしがたどり着いた答えだ。
『大きな道があればこの国はもっと発展する!』
わたしはそう考えた。
「さあ、冒険者の皆様、よろしく頼みましたわ」
この計画は成功し、冒険者達は今までにないくらいの大活躍を見せてくれたようだ。
モンスター退治や調査に出かけた冒険者達はミスリルの武器のおかげで誰一人として犠牲者を出す事も無く、無事に戻ってきた。
「お嬢さん、あの缶詰っての……とても助かったぜ。でも……四日目くらいには少し酸っぱくなってきたかな……仕方ないからもう一度火にかけて食ったけどな」
そうだったんだ。何故一年以上持つはずの物がそんなに短い時間でダメになってしまったのだろうか?
やはりここはアンリエッタに聞いた方が良さそうね。
「お嬢さん、次は何の仕事をすればいい? 俺達はいつでも命令通り動きますぜ」
冒険者の人達は自信満々な態度でわたしの指示を待っていた。
そうね、次は道の整備、このドリンコート領から先に続く道を整備していく事で大きな道を作り、流通を仕切るのよ!
わたしは冒険者達に仲間を集めさせ、一人金貨二枚で道路拡張の工事を依頼した。
流石にこれはすぐに終わるような仕事ではなく、整備が終わるまでに二年を要した。
わたしはその二年の間に流通の大半を仕切り、商人ギルドはどんどんと衰えていった。
アンリエッタとわたしが協力して流通や工業製品の管理をし、わたし達はこの国でも有数の大金持ちになった。
工事はどんどんあちこちに広がり、この国の道路の大半はわたし達の手に収まったと言える。
さあ、工事を冒険者や一般の住民だけに任せるのもなんなので、それ専門の会社を作る必要がありそうね。
わたしは王都に看板を出し、建築会社を作るためのスタッフを募集した。
道路工事、建築、橋梁設置、わたしが確実に休みと給料を保証すると看板に記載すると、応募者の数は想定の数十倍以上に達した!
さあ、これだけの人数がいればあの計画も実施できそうだわ。




