29 ミスリル鉱石が欲しい!
「お嬢さん、完成したぞい」
工業ギルドのギルド長ドワイトは満面の笑みで自信作の武器防具を見せてくれた。
「これは、素晴らしい! 聖女教の騎士団でもこれほどの剣の持ち主はそうはいませんよ」
「ギュスターヴ、そうなの?」
両手で剣を手にしたギュスターヴが驚いている。
聖女教の騎士団にいたギュスターヴは元々一介の騎士ではなく、父親が国の副団長のテオドール将軍である。
つまり、本来の騎士団でも上部の装備に至るまでを把握しているはずだ。
その彼がこの剣は素晴らしいと褒めている。
つまり、ドワイトの作った剣は聖女教騎士団ですら持っていない程の業物だと言えるのだろう。
「ユリシーズ様、こちらは先日折ってしまった剣のお詫びですわ」
「お嬢様っ! おれ、こんな立派な剣受け取れません!」
冒険者ギルドのギルド長であるユリシーズはわたしが手渡した剣をとても受け取れないと言っていた。
「お金の問題なら心配ありませんわ。あなた方にはその為にここに来ていただいたのですから」
「というと、これは先日言っていた、働いて返せと言う話でしょうか?」
「その通りですわ。わたしがお願いする仕事を確実に成功してほしいのよ、だからこの武器防具はそのための先行投資というわけですわ」
それを聞いたユリシーズは恐る恐るギュスターヴから剣を受け取った。
それを見ていた他の冒険者ギルド関係者が、ミスリルで出来た名剣に感嘆の声を上げている。
「勿論皆様の分も用意致しますわ。ドワイト、出来るわよね」
「はい! ミスリル鉱石さえ用意出来れば、聖女教騎士団にすら負けない武器防具を作ってみせましょう!」
ドワイトは恰幅の良い胸をドンと叩いてニカッと笑った。
それを見ていたアンリは彼に今の状況を語った。
「今ここにあるミスリル鉱石は試しに採掘した数個分だけです。純度の高いミスリルでの武器を作るとすると量は足りないかもしれませんが、爪や槍の先端に使うものなら十分使えるかと」
なるほど、それなら明日までには十分武器も用意できそうだ。
それに爪となるとザフィラの武器にピッタリかもしれない。
「ザフィラ、もしミスリルの爪があれば貴方ならどれくらいのモンスターを倒せるの?」
「レルリルルお嬢様、もしボクがそれを使ったらマンティコアくらいなら問題ないよ」
「ほう、マンティコアとは大きく出たものだな。俺ならこのミスリルの剣でワイバーンくらい倒せるが」
「何だと! ボクはオーガーでも倒せるんだ」
ザフィラとギュスターヴ、この二人、わたしの為にいつも一生懸命になってくれるけど、何で二人が顔を合わせるといつもこれだけ張り合おうとするの??
「マンティコアにオーガー! ワイバーンまで倒せるだと!?」
冒険者ギルドのギルド長ユリシーズはモンスターの名前を聞いて相当驚いていたようだ。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、冒険者の方々はどれくらいのモンスターを倒せるのでしょうか?」
「そうだな、腕利きと言われている冒険者でもオークリーダーくらい。マンティコアやワイバーンだと数人がかりで何名か犠牲が出てようやく倒せるくらいかと」
それが腕の低さなのかそれとも武器の性能の悪さなのかと言うと間違いなく武器の性能の悪さだろう。
この冒険者ギルドの人達は決してレベルは低くないはずだ。
しかしそんな彼らが実力を身に着けてしまうと、聖女教騎士団や商人ギルドに都合が悪いので常に最低レベルの武器で飼い殺しにされていたのだろう。
「わかりました。あなた方冒険者ギルドにはわたしが素晴らしい武器防具を提供致しますわ! 数日お待ちくださいませ」
わたしとザフィラ、ギュスターヴ、それにユリシーズさんはドリンコート領から聖女教正殿の近くのクロフトの管理する村に向かった。
道中に出てきたのは盗賊やモンスターだったが、ミスリル武器を持った三人の敵ではなく、余裕で蹴散らすことが出来た。
「レルリルル、ボク頑張ったんだよ!」
「ザフィラ、ありがとう。貴方のおかげで安全に旅が出来ているわ」
「レルリルム様、護衛なら俺に任せてください。騎士の誇りにかけて貴女には傷一つ付けさせません!」
「ギュスターヴ、頼りにしているわ」
だからなんでこの二人はいつもこう張り合うのかな……。
ミスリル鉱石の鉱脈調査に同行したアンリはその様子を笑いながら見ているし、彼が何を考えているかは本当にわかりにくい。
だが彼が同行してくれている事で今後のミスリル鉱石の確保等がやりやすくできそうだ。
村に到着したら伝書鳩で連絡しておいたクロフトが合流する予定になっている。
「やあ、皆さん、待っていました。まずはこちらをお召し上がりください」
クロフトは人数分のソバを使ったクレープを作ってくれた。
香ばしい香りがするそれには、麦芽糖で作ったシロップがかけられていて、甘い味が疲れた体に心地いい感じに染みわたったような気分。
「さあ、皆さん今日は疲れましたでしょう。それではあちらのベッドに空きがありますのでどうぞお使いください」
おや? ここのベッドは確か……クローヴィスがいたような。
「あれ? ここのベッドにいた人は?」
「ああ、彼は傷が完治したのでやるべき事があると言って去りましたよ」
後の英雄王クローヴィス・ハマーショルド。
彼にとってのやるべき事とは、王座奪還だろう。
この数年後、彼は追放聖女アンリエッタと一緒になり、隣国の王位を取り返すための活動を開始する。
だが今の彼にはアンリエッタがいないので歴史が変わる可能性があるが、あれだけ傷が完治していればとくに生活には問題無いだろう。
「そうなのですね。それで、クロフト、ミスリルの隠し鉱山はどうなっていますか?」
「あの場所は村人にも内緒にしています。そこは聖女教の聖女が祈りをささげる場所だという事にしておりますので、村人にとっても立ち入り禁止の場所と伝わっております」
なるほど、彼が聖女教の神父だからこそ出来るやり方だ。
しかしニセ聖女でしかないわたしが聖女扱いされているのも何だか複雑な気分だ。
「あ……ありがとう、でもわたし、本当の聖女じゃないかも……しれないし」
「そんな事はありません! 悪代官を放逐し、この村の人達を助けてくれた貴女様は間違いなくこの国に必要な救国の聖女なのです!」
前の人生で傾国の悪妃、偽りの聖女と呼ばれたわたしが救国の聖女なんて……。
しかしクロフトのわたしを見る目は尊敬どころか信仰対象を見ているようで何だか怖さを感じる。
「それで、ミスリルはどれくらい用意できましたか?」
「そうですね、お嬢様の部下の獣人達が掘ってくれているので武器にしてざっと三十人分くらいにはなるかと」
「わかりましたわ。それではそれを持ってすぐに戻ります」
「え!? 聖女レルリルム様、どうかせめてあと一日だけでもお泊り下さい。村の人達も貴方様にお会いしたいと言っております」
クロフトは必死でわたしを引き留めようとしている。
これは村人と言っているが彼がわたしを引き留めたいのが本音なのだろう。
でもどうしてただのニセ聖女に過ぎない小娘のわたしをそこまで??
まあ村人達がわたしに会いたいと言ってくれているので、わたしは今晩、村に泊まる事にした。
そういえば先日アンリエッタが白麦は焼いたり粉にするよりも、周りの茶色い粉を剥いでふかしたり蒸したりすると美味しくなると言っていたかな。
でもアンリエッタが言うにはその周りの茶色い粉の方が美味しくなくても栄養があるって言っていたので、茶色い粉は別に保存させる事にした。
「美味しい! これがあの白麦なの!?」
アンリエッタの教えてくれた白麦の料理法は前の人生でもわたしの食べたことの無いようなモノだった。
どうやら彼女が言うにはこれは白麦ではなく正しくは――コメ――という名前らしい。
わたし達は村の人に料理してもらったコメやソバ、それに周りの森で取れた獣の肉などをご馳走してもらい、朝までゆっくりと休んだ。




