25 工業ギルドとも手を組みたい!
私の提案は冒険者ギルドの長、ユリシーズには破格の物だったらしい。
「お嬢さん、獣人を冒険者に登録したいって言っても、そいつら最低限の文字くらいは読めるのかい?」
「勿論ですわ、わたしの仲間は全員文字の読める獣人、それ以外の獣人もその文字を読める獣人が教えてあげる事ができれば問題ありませんわ」
ギルド長ユリシーズはくわえ煙草をふかしながらわたしの話に応えた。
「成程ね、お嬢さんはそこまで見越しているわけか。確かに最低限の識字率があれば冒険者としての仕事には問題は無さそうだからな」
「それだけではありませんわ。先程の冒険者と獣人との闘い、覚えてますわよね」
「残念だがウチのベテランや腕利きってのが全員完敗だったな。獣人があそこまで強いとは思わなかった」
私は出されたお茶を飲みながら笑って答えた。
「そりゃあ当然ですわ。この国の人の知っている獣人の姿ってのは聖女教が作った首輪で人間に一切逆らえないようにした奴隷の姿だけですもの。その首輪や足枷が無ければ獣人の能力は人間の数倍以上なのよ。それに空を飛べたり高い場所に登ったり、狭い穴の中で明かりも無く移動したりする能力を持っている子もいるわ」
ギルド長ユリシーズは笑いながらうなずいた。
「そうだよな、それだけの特殊能力があるなら人間よりよほど強いわけだ。どうやらおれ達は首輪をつけられた獣人の姿しか知らなかったんだな」
「そうですわ。この国では人間以外は奴隷扱いでしかなかったですからね。獣人がそんなにすごい力があるとわかれば脅威なので、聖女教が騎士団で攻め込んで女子供を人質に取って抵抗させないようにしてから首輪をつけて奴隷にしていたのですわ」
この話を聞いたシロノやザフィラ、グスタフの表情が曇った。
彼等彼女等は実際に家族を聖女教に殺されたり奪われたりしたのだろう。
「だからその首輪、足枷が無ければその身体能力を全て発揮できるので、人間を遥かに上回った力を出せるってワケなのよ。それにこの子達の武器防具はわたしが最高級のモノを用意しますわ」
「お嬢さん、最高級の武器防具を用意すると言っても、そんな商人ギルドを敵にしてどうやって武器防具を手に入れるんですか」
「工業ギルドをわたしのものにしますわ!」
この発言に流石の歴戦の強者であるギルド長ユリシーズも椅子からずり落ちた。
「おおおお、お嬢さん。まさか本気なんですか!?」
「本気も本気よ、商人ギルドなんて通さなくても、ドリンコート領はわたしのお父様の領地だから、ここに工業ギルドを囲い込めば商人ギルドなんて通さなくても何でも作らせて売ることが出来るわ」
「お嬢さん、おれ……お嬢さんの将来が末恐ろしいですわ。アンタなら本当に商人ギルドを潰せるかもしれないと思ってきましたよ」
わたしは笑いながらお茶を飲んだ。
しかしこのお茶、あまり良い素材使っていないのだろうか、かなり不味い味だ。
「そうですわね。ユリシーズさん。もし、ですけど、ここの冒険者達に鋼の装備、いや……ミスリル装備を全員に与えたら、今よりもどれくらいの仕事が出来ますか?」
「ミスリルだって!? そんな聖女教の騎士団でもトップじゃなきゃ手に入らないようなそんな物をここの全員分用意するだって!? そんな夢物語みたいなこと、出来るわけないだろ」
「あら、出来る出来ないじゃなくて、もし出来ればどれくらいの仕事ができるか……を聞いているのよ」
ギルド長ユリシーズは目をつむり、煙草を灰皿に押し付けて火を消した。
「そうだな。夢物語だとしても、もし今のベテラン勢にだけでもミスリル装備を与えることが出来れば、今の三倍から五倍の仕事、モンスターならB級かA級のものくらいまでなら倒せるかもしれないな」
「それでは決まりですわ。すぐには用意できませんが、後二週間ほど時間を頂けるかしら」
「え!? 二週間!」
「ええ、二週間頂ければあなた方に最高の装備を用意して差し上げますわ。それでは、御機嫌よう」
わたしはそう言って冒険者ギルドを後にした。
流石にユリシーズ達もわたしが商人ギルドを潰す話でここを訪れたなんて事は誰にも言えないでしょう。
下手すれば自らの首を絞めかねない行為なのですし。
そういう意味では黙っているでしょう。
さあ、次に向かうのは工業ギルドよ。
工業ギルドは王都の外れの方のスラムに近い場所に存在した。
何というか、とても臭い。
なんとも言えない液体が川に垂れ流され、空気は少し吸うだけでむせるようなもの。
はっきり言って環境は最悪の場所だった。
職人はこんな最悪の環境下で働かされているのか。
わたしは中に入り、さらにひどい環境に絶句した。
「何なのこれ……酷すぎる」
攻城の中は物が散乱し、材料かゴミかわからない物が積み重ねられ、職人は休みも与えられずに死んだ魚のような目で目の前にあるカバンや金属で出来た食器などを作らされていた。
この中で綺麗な服を着ているのは誰もいなく、わたしがとても浮いているくらいだ。
そんな中、職人を馬鹿にする態度で場違いな服装の男が現れた。
「働いているか、クズ共。喜べ、仕事が追加だ。コレでお前達の取り分も増えるだろう。明日までに侯爵様の娘の誕生日パーティーの為のコップやコースター、参加者全員の名前を掘った食器を作れ。別作業がある? そんな物は後回しだ」
男はニヤニヤした表情で職員達に仕事を押し付け、笑いながら帰っていった。
職人達はただですら沈んだ顔をしていたが、さらに追加で押し付けられた仕事で全員がため息をついていた。
あの男は商人ギルドの関係者に違いない。
ただですら手間のかかる食器づくりに参加者全員の名前を彫れって、これ完全に嫌がらせレベルじゃないの!
「おう、姉ちゃん。そんなとこに居たらジャマだ。仕事のジャマをするなら帰ってくれないか……」
「わたしはアナタ達の責任者に会いに来たのよ。仕事の依頼をしたいの」
そう言った途端、わたしに突き刺さるような視線があちこちから向けられた。
またいらない仕事を押し付けてきた貴族かといった憎しみの視線だ。
「こちらへどうぞ……」
わたしが通された部屋は、工場の外れの方にある部屋だった。
ここも薄汚れた感じで今の服が椅子に座っただけで洗濯しても落ちないような汚れが付きそうだ。
しかしそんな事を気にしている場合ではない。
わたしは現れたギルド長に挨拶をした。
「御機嫌よう。わたしはドリンコート伯爵の娘、レルリルム・ドリンコートと申します」
「フン、ワシらは忙しいんだ。仕事の依頼なら手短に頼むぞ。どうせ貴族なんてワシらの事情なんて知るわけも無いんだからの。依頼はせめて三日前にしてくれ」
しかしさっきの商人ギルドの男はいきなり現れて明日用意しろと無茶ぶりをしていった。
どうやら職人達は遠い貴族よりも身近な商人ギルドの方が偉いという風に感じているのだろう。
本当は 貴族→商人ギルド→職人 なのだが、彼等の意識的には 商人ギルド→貴族→職人 といったイメージなのだろう。
「アナタ方に最良の条件で仕事をお願いしたいの。聞いてくれるかしら」
「最良の条件? お嬢さん、アンタ何言ってるんだ?」
「アナタ方、こんな場所で仕事していて苦しいと感じないの? わたしは今ここにいるだけで息苦しさを感じるんだけど」
本当は黙っているだけでわたしの後ろにいるザフィラやシロノ、グスタフも顔色が良くない。ギュスターヴは過酷な状況下で過ごす訓練をしているので問題は無さそうなのだが。
「お嬢さん。何を言っているかわからんが、ワシらがここを離れられるワケが無かろう。冗談も休み休み言うんじゃな」
やはりここも最初の時の冒険者ギルドと同じ諦めの重い空気が漂い続けている。
わたしはその空気を変えるための打開策をギルド長のドワイトに話した。




