23 商人ギルドを潰したい!
時期が過ぎ、寒村の収穫の季節になった。
それまでの食料や物資の足りないものはドリンコート領や金鉱が出るようになったアンリエッタの父、バートン子爵の領地から支援してもらう事で神父のクロフトが代官代理として管理していた。
クロフトは代官代理として有能であり、ドリンコート領や金鉱からの支援を公平に仕分けし、住人の誰もが生活に苦労しないように手配してくれた。
傷の癒えたクローヴィスは村に残り、村人の為に大型のモンスターを狩って食料の調達や安全の確保をしてくれていた。
彼等のおかげで村人は食料に困る事は無くなり、彼等は安心して農業や狩猟に携わる事が出来た。
その甲斐があって収穫の季節には大麦や黒い穀物――異国ではソバの実というらしい――が採れ、多くの作物が収穫できた。
このソバの実の名前を教えてくれたのはアンリエッタだ。
「お嬢様、これほどの豊作は初めてです。本当に、本当にありがとうございました」
「おねーちゃん。ぼくたちお腹いっぱいそば食べさせてもらったんだよ」
「このソバの実、お嬢様のおススメのクレープに使っても美味しくなりました」
半年以上前の悪代官アルブレヒトが仕切っていた時には肌の色も悪く、表情も暗かった村人達だったが、クロフトが代官代理として仕切るようになってからは誰一人として飢える者が出ないようになり、病気で苦しむ人も減ったようだ。
ここが寒村だったとは思えないくらいの麦の穂やソバの実が畑には実り、麦からは麦芽糖が取れ、砂糖に変わる調味料として庶民に親しまれた。
その麦芽糖の作り方を教えてくれたのはアンリエッタだった。
しかし彼女は一体どうやってそんな大麦と出来損ないの白麦と呼ばれる穀物を使って飴が作れるなんてことを発見したのだろうか。
わたしはたまに彼女が恐ろしくなる。
それはわたしが努力をして本を読むようになっても、彼女の発想力や実行力はわたしや鬼畜眼鏡のアンリが知るよりもよほど別の世界のものなのかといいたくなるような突拍子もないものばかりだったからだ。
彼女は本当に別の世界から来た人間なのかもしれない。
でも今のわたしはわざわざそれを追求するような暇も無ければ気持ちも無い。
それよりもせっかくのこの大量の作物が王都で売れないという話の方がよほど問題だ。
「一体どうなってるのよ!?」
「レルリルム、怒っても何も改善しないよ。それよりも何故王都でこの穀物が売れないのかを探った方が良くないかな?」
確かにアンリの言う通りだ。
せっかくあの寒村が盛り上がって豊作になり、新たな作物が取れてようやく売って金に出来るところだったのに、王都ではこれらの作物を売れなくされてしまっている。
麦芽糖だけは水飴の一種としてわたしのお菓子屋で売っているので、どうにか村人に渡してあげられるお金はその一部という状態だ。
どうもきな臭い話としては、この王都には巨大な商人ギルドが存在し、そこを通さないと商品を売ることが出来ないということだ。
そしてわたしが商人ギルドに目の敵にされているのは、砂糖の独占販売を潰した件と奴隷市場を壊滅させた件だろう。
商人ギルドにとってわたしは自分達の商売を邪魔する憎い伯爵令嬢といったところだ。
この商人ギルド、聖女教や腐敗貴族と組んで庶民には高い物を売りつけ、王侯貴族や教団関係者には信じられない程安い金で商品を横流ししているのだ。
奴らの言い分はこうだ。
――庶民には高く富裕層には安い? それは勘違いというものです。何故なら庶民は商品を一つ二つだけを買います。これだと一つ二つの商品を売るのに手間がかかるのでその手間賃がかかります。それに対して富裕層は一気に大量の物を買いますので原価に近く安くなるのは当然と言えるのです。――
言葉だけ聞くともっともに聞こえるかもしれないが、ようは貧乏人には同じ物を売っても高いと感じるから一つ二つしか買えない、それに対して富裕層はいくらでも金があるので売るものが何でも売れると言いたいのだろう。
そもそもこの国の物価の高さが問題だ。
その物価を高く設定しているのが腐敗貴族や聖女教の手下である商人ギルドということになる。
この国の庶民がまともな食事や生活をする為には、この商人ギルドに頼らない生活スタイルを作らなければいけない。
しかしゆりかごから墓場まで全ての商品はこの商人ギルドが仕切っているので、庶民は泣く泣くここを使うしかない。
しかも農具等は国の決めた物を使わないと作物を商人ギルドが買い取らない。
商人ギルドが買い取らないとなると、売れる場所が存在しない。
だからいくら高い農具でも買わないと商人ギルドに買い取ってもらえない。
この国は徹底的に腐りきっている。
聖女教、悪徳貴族、商人ギルド、これらは全て金持ち、富裕層の為だけに存在し、庶民は搾取されるだけの家畜に過ぎない。
「レルリルム、何か考えがあるのかい」
「それが、まだ漠然とか思いついていないんだけどね。何か商人ギルドを介さず商品を売る方法が無いかと……」
「それで、方法は思いついたのかい?」
「ギルドって商人ギルド以外も存在するわよね」
わたしの考えたのは、商人ギルドにいいように使われているだけの冒険者ギルドと工業ギルドを組み合わせる事だった。
冒険者ギルドは危険な作業をさせられながらモンスターの素材を安く買いたたかれ、工業ギルドは高く売りつけられたモンスター素材等を薄給で加工させられた上で安く買いたたかれる。
しかもこの二つは聖女教や悪徳貴族の後ろ盾がないので商人ギルドの下部組織として最底辺の扱いを受けているのだ。
この扱いに不満を持っている冒険者ギルド、そして工業ギルドの人達は数多いはず。
そこでわたしが彼等の出資者になり、冒険者ギルドに商品の流通を頼み、工業ギルドでその商品を作ってもらう仕組みを考えたのだ。
「ほう、キミが考えたのは商人ギルド以外のギルドを組ませる事か。しかし冒険者ギルドは危険な仕事をさせられている。それをさらに危険な任務を増やして賃金を賄えるのかい? それに安全保障が無ければ冒険者といえど仕事を断られるかもしれないよ」
「そこで考えたのが、冒険者ギルドや工業ギルドに獣人を使ってもらう事ですわ」
「成程ね、確かに人間以上の力を持った彼等彼女等を使えば危険度は減るし人手も確保できる。後は商人ギルドをいかに出し抜いてそのシステムを構築するかといったところだね」
アンリはメガネをずり上げながら不敵な笑みを見せた。
彼がこの態度を見せる時は否定ではなく肯定だと考えていいだろう。
わたしはその次の日、王都に向かい、冒険者ギルドに顔を出した。
護衛についてもらったのはギュスターヴとザフィラ、それにグスタフだ。
冒険者達は獣人がギルドに入ってきたのを失笑していたが、わたしが話を始めると途端に全員がこちらを向いた。
「わたしはレルリルム・ドリンコートですわ。あなた方を全員雇い入れたいの」
「え!? お嬢さん。冗談は止めてくださいよ、俺達にはすぐにでも仕事が必要なんだ、アンタみたいな道楽者のお嬢様の相手をしているヒマは無いんだよ」
「冗談ではありませんわ。わたしに提案がございますの。それを聞いていただけるなら、あなた方には一仕事で金貨二枚をお約束致しますわ」
この提案にギルド長が興味を示したようで、わたしは奥の部屋に通された。
「お嬢様、何かオレ達に相当ヤバい仕事をさせようというんじゃないでしょうね?」
「ええ。あなた方には商人の敵になってもらいますわ」
「それはどうも穏やかな話じゃないな、オレ達も命は惜しいんでね、話次第ではお嬢様のほうがヤバいことになるかもしれないですぜ」
「ええ覚悟の上ですわ。わたしはこの国の商人ギルドを潰したいのよ!」




