22 新しい作物を作りたい!
悪代官アルブレヒトが姿を消して次の日、レルリルムはお祭りの準備と片付けに疲れてすっかり眠り込んでいた。
その頃、森の中で三人の男達が話し合いをしていた。
「間違いない、これは悪代官のアルブレヒトだな」
「しかし一体誰が、これほど一閃で人間を斬れるなんて相当の達人だぞ」
「この死体をこのまま置いていては、聖女教や騎士団に怪しまれるかもしれませんね」
「そうだな。しかしどうするつもりだ? 焼いても川に沈めても証拠は残るぞ」
そこでニヤリとしたのはクロフトだった。
「大丈夫、自分にいい考えがありますから」
※クロフトは本名マクシミリアン・クロフト。前の歴史では悪妃レルリルム亡き後の亡国で――赤い天秤――と恐れられた法務官である。
彼は人種を問わず、手段を選ばず、善、正義を執行する為、公正な悪魔と恐れられた。
公平を意味する天秤、それが真っ赤な血に染まるイメージ、それが赤い天秤マクシミリアン・クロフトが後世に至るまで恐れられた逸話である。
「クロフト、一体何をどうしようというんだ?」
「ギュスターヴ、その死体担いでもらえるかな、自分は力が無いので目的地まで運ぶのが出来そうにないんだ」
「わかった……」
クロフトが何をしようというのか、アンリはどうやら想定がついているようだ。
「少し遠くになるなら荷車を用意した方が良くないか?」
「いや、それだと荷車を用意した村人が疑われる。あくまでも事故でないといけないんだ」
どうやらクロフトはアルブレヒトを事故に見せかけて何かしようというらしい。
ギュスターヴは親友のクロフトの頼みで死体を担いで山の方まで登った。
「さあ、ここなら大丈夫だろう。ギュスターヴ、苦労をかけてすまなかったね」
「クロフト、一体ここから何をどうするつもりなんだ?」
「簡単な事さ、悪代官のアルブレヒトにはここから転落死してもらう」
「成程な、この山の崖の下は森になっていてそこはモンスターの巣、そのモンスターにアルブレヒトを食い荒らしてもらうというわけか」
アンリの話を聞いたクロフトが冷たい笑みを見せた。
「ご名答。その服装がボロボロならいかにも村人の蜂起で逃げ出した悪代官が山から身を滑らせて死亡した後にモンスターにその血肉を食い荒らされたという結果にできるわけだ」
「それだと村人が蜂起したことは咎められても悪代官が死んだのは自業自得ということになるので村人が処される事がなくなるというわけだね」
「なるほど、それだと村人やレルリルム様にはお咎めが無くなるわけだな」
クロフトはアルブレヒトの死体を蹴り飛ばし、笑った。
「さあさっさとコイツを崖から放り投げて帰ろう。レルリルムが起きたら僕達を探してここに来かねない」
「そうだな、早く終わらせよう」
三人の男達は協力して悪代官アルブレヒトの死体をモンスターの巣である森に目掛けて崖の上から投げ捨てた。
その後三人は怪しまれないように山にいたウサギを狩り、森の木の実を取ったりして聖女教会に戻った。
レルリルムが目を覚ましたのはもうお昼を過ぎたあたりだった。
幸いレルリルムはこの三人が何をしていたのかを知らないままで済んだのである。
「ン……」
「あ、お嬢様。お目覚めににゃったんですね。こんにゃちわ」
「あ。シロノ、おはよう」
レルリルムが目を覚まし、昼食を済ませると村の真ん中では悪代官の竿が引き抜かれ、帽子を村民達が代わる代わるで踏みつけていた。
悪代官アルブレヒトは村人に相当恨まれていたのだろう。
まあ九公一民の重い年貢を押し付けて贅沢三昧をしていた悪代官が村人に慕われるわけがない。
しかし代官不在のこの村は現在統治者がいない状態である。
これでまともな代官が来れば良いのだが、この腐敗しきった国でそんな者が来るわけがない。
つまりはここが再び悪代官の統治下になるのは時間の問題だったわけである。
「レルリルム様、どうかこの村を貴女様の領地にしてくださいませ」
「え? ええっ??」
レルリルムは困惑している。
しかしこの村人の懇願は無碍にできるものでもない。
そうなると、レルリルムがこの村を統治するには代官にならなければいけないわけである。
「どうしよう……どうすれば……」
「レルリルム、キミはこの国の法律も学んだはずだよね。こういう場合はどうすればいいんだったっけ?」
「えっと、聖女教の神父は……不慮の事故や事件などで代官不在の際に、聖女教の名の元に司教への届け出で臨時に代官代理に……任命……できる……だったかしら」
「よく覚えていたね。それじゃあこの場合キミがするべきことは何かな?」
レルリルムはアンリの言葉を聞き、すぐに出かける準備を進めた。
この寒村から聖女教の本殿に向かうためだ。
レルリルムにはギュスターヴとクロフトが一緒について行くことになった。
どうやらその間の村はアンリが管理してくれるようだ。
ザフィラやグスタフといったレルリルムの部下の獣人もアンリに協力して村の復興に尽力してくれた。
二日ほどして聖女教の本殿に到着したレルリルムは寄付の件をちらつかせながら渋々司教達に代官代理に署名させる事に成功し、村に戻ることになった。
その後聖女教と騎士団が近隣の森を探索し、村から逃げ出そうとして転落死したアルブレヒト・ゲスラーの死体と服装の一部が発見され、正式にクロフトは代官代行として任命される事になった。
この騒動が落ち着き、クロフトが代官代行になったことで寒村は少しずつ立ち直る事が出来た。
だが、悪代官アルブレヒトに穀物の種までも持っていかれた村は、育てる植物すらない状態だった。
レルリルムは早速ドリンコート領に使いを出し、寒さに強い大麦を用意させた。
「さあ、この村でこの麦を育てるのよ。これが育てばみんな美味しいもの食べられるようになるんだから!」
しかし麦がすぐに育つわけではない。
その間はこの村は代官代理からの要請という形でドリンコート領からの穀物の借り入れという形で食料を調達する事になった。
しかし虫に強い植物でないとバッタ等の虫に穀物が食い荒らされる。
レルリルムは考えた上でこの村に寒さに強い麦と、黒い穀物を持ち込んだ。
彼女がこの穀物を選んだ理由は、穀物に湧く虫は温かい場所で動き出すモノが大半だと学んだからである。
それ故にこの寒村は幸い少し山の上の方の寒い地域なのでそれらの虫が発生しにくいと考えたのである。
アンリが与えた学習の本はレルリルムに知識を与えた。
しかしその知識を実際の農業に実践したのは彼女の行動力である。
『新しい作物を作りたい!』
彼女の思いは数年後この村で実現する事になる。
この村は飢饉の際にも虫に強く冷害にも強い穀物の取れる村として後の新国の穀物庫として有名になるのである。
寂しい寒村に過ぎなかった村を豊かな麦と黒い穀物の名産地にしたのは後の聖女、王妃と呼ばれたレルリルムであり、この村は王国の天領として裕福な村となり麦から取れる麦芽糖や黒い穀物で作った麺等の名物が生まれ、人の絶えない観光地となったのである。




