20 隣国と仲良くしたい!
寒村に辿り着いたわたし達が目にしたのは、中央正殿とは比べ物にならないほどボロくてみすぼらしい建物だった。
「え? これ本当に聖女教会の建物? 犬小屋じゃないの??」
「酷い言いようですね、お嬢様」
そこに立っていたのは聖職者の法衣を着た長身の男だった。
「あ、あああ、ここ良いわね、何というか趣というか風情というか」
「無理しないでいいですよ。ここが実際何もない村だというのはよく存じておりますから」
そう言うと彼は優しい笑顔を見せてくれた。
「クロフト、久しぶりだな……」
「その声、お前もしかしてギュスターヴか!」
「ああ、今はこのお嬢様の騎士をしている」
どうやら二人が知り合いだというのは本当みたいだ。
「まあ何もない場所だけど、中に入ってくれ。お茶くらいなら出すから」
クロフトは私達を歓迎してくれた。
ボロボロの教会の中に入ると、中は外からは考えられないほど綺麗に整理、掃除されていた。
「神父にーちゃん、この人達は?」
「彼等は自分の友達だよ。さあ、みんな、そろそろ食事にしようか」
「「「わーい」」」
子供達はクロフトに懐いている。
これも彼の人柄によるものなのだろう。
わたし達は食事をするために礼拝堂に向かった。
その途中で閉ざされた部屋が在り、中から誰かのうめき声が聞こえていた。
「うう……ぅううう……」
「何? 何の声??」
奥の声のことが気になったわたしは、思わずクロフトに聞いてしまった。
「何? 何の声なの? 一体何があったのよ」
「彼は遭難者です。ボロボロの姿で倒れているのを修行中だった自分が見つけ、ここで保護してあげています。彼はまだ起きる事が出来ません、ですので静かにしてあげてください」
なるほど、寒村で怪我人となると、中央と違ってそう簡単に治療出来ないから寝かせるくらいしかできないのか。
「わかりました。ですがそう聞いてそのままにしておくわけにもいきません、わたしに出来る事でしたらお手伝いしますわ」
わたしは何故そんなことを言ってしまったのだろうか。
思わず口から出たのは、わたしにとっては何の得にもならないはずの遭難者を助けてあげたいという事だった。
「わかりました。その話は食事が終わってからにしましょう」
「はい、そうさせていただきますわ」
わたしは質素な食事を出してもらい、子供達と一緒に食べた。
質素とは言っても、カビが生えたりしているわけではないので、何もない中でクロフトがいかに上手くやりくりしているのかを感じる事が出来た。
食事の終わったわたし達は、昏睡状態の病人の部屋を訪れた。
そこでわたしが見たのは、想像以上の人物だった!
痩せてボロボロの服を着ているが、彼は間違いなく後の英雄王クローヴィスだ!
英雄王クローヴィス・ハマーショルド。
それは前のわたしの国を滅ぼした隣国ユニオン帝国の王の名前。
行方知れずになっていたが、その後婚約破棄後に追放された聖女アンリエッタの助けで隣国に戻り、政敵を打ち倒して隣国を最強の国家に仕上げた人物。
言うならば前の人生におけるわたしの最大の敵と言えるだろう。
だが今の彼はただの遭難者であり病人だ。
そんな彼を、今のわたしが前の人生の恨みだからと殺すわけにもいかない。
そんな事をしてしまえば、わたしに忠誠を誓ってくれたギュスターヴに愛想をつかされてしまう。
だからとクローヴィスをそのままにしておくわけにもいくまい。
わたしは少し前の人生の流れを思い出して考えた。
この後クローヴィスを助けたのはアンリエッタとなる。
そのアンリエッタがこの寒村に立ち寄る理由は、バカ王子の決めた婚約破棄による追放。
それに加担していたのが前の人生で聖女や王妃の地位に固執していたわたし。
これらの事実から考えて、今の人生であのバカ王子との婚約破棄さえ無ければわたしの今後は安泰。
その上でもしバカ王子がわたしの敵になった場合、後の英雄王をわたしの味方にしておけば隣国がわたしの味方になってくれる。
ここはクローヴィスを看病してあげる事で、後々の為に恩を売ってアピールするチャンスだ。
決めた。今後隣国と良好な関係を作る為に、ここはクローヴィス王子を助けてあげる事にしよう。
「この方が起きられないのは薬と栄養が足りないからですわ。それらはわたしが用意しますから、少し待っていてちょうだい」
わたしはギュスターヴに命じてドリンコート領から薬や食事を運ばせた。
数日後、食料の届いた寒村では、村人がわたしに感謝していた。
「お嬢様、ありがとうございます。ありがとうございます」
「かーちゃん、これ食べものだよね。食べていいのかな」
「ありがたや、こんな村でこれ程の食べ物を見たこと無かったわい」
村人はわたしの用意した大量の食料を受け取り、深々と頭を下げた。
「変わったもんだね、前は人の事なんてあまり気にしなかったキミがこんなことを自らやろうと考えるなんてね」
げッ、この声は鬼畜眼鏡!
「あら、アンリ。アナタも来てくれたのね」
「実は調べものがあってね、ここには僕の調査対象になるものがあるからね」
アンリの知恵はこの村の伸展に大いに役立つかもしれない。
「ところでレルリルム、キミはこの村にいるのが誰かわかっているのか? 下手すれば隣国の王位争いに巻き込まれる事になるよ」
流石というべきか、アンリは既にここにいるのが隣国の王子だという事に気がついていた。
「も、勿論ですわ。でも弱っている人に国の違いや地位なんて関係ないですわ!」
本音は違うが、ここはこう言っておいた方が違和感は無いはず。
実際ここで隣国の王子であるクローヴィスを保護しておけば、今後色々と動きやすくなる。
前の人生ではアンリエッタがクローヴィスを助けた。
それは彼女の持つ聖女の力が成した事なのだろう。
残念ながらわたしにはそんな立派な力はない。
それならわたしの出来る事、今なら少しでも良いものを食べさせてあげたり、薬をあげることでクローヴィスを助けてあげたい。
それが後々の隣国との友好関係になるなら、この行為は無駄にならないはずだ。
わたしは持ってきた薬と食料をクロフトに手渡し、栄養のある食事を作らせた。
薬のおかげで目を覚ましたクローヴィスだったが、栄養のある食事を摂り、数日もすると起き上がれるように回復した。
「ン、ここは? お前達は誰だ!?」
「ここは教会の中です。貴方は大怪我をして村外れの森の中に倒れていました」
「オレ以外には、誰もいなかったのかっ!」
「自分が見た限り、貴方以外誰もいませんでしたよ」
「そうか、それは悪かったな……」
彼は何か落ち込んだような様子だった。
「全員オレを助けるために犠牲になったのか」
「どうやらそのようです。数日後自分が再び辺りを調べると、何名かの死体が見つかりました。彼等は自分が手厚く埋葬しておきました」
「そうか、それは世話をかけたな……」
クローヴィスはわたしに気が付くと、こちらを見て質問した。
「ところで、そちらにいるお嬢さんは誰だ?」
「彼女は貴方の命の恩人ですよ。昏睡状態の貴方を助けてくれたのは薬を届けてくれた彼女です」
「そうだったのか、オレはクローヴィス王子だ。貴女に深く感謝する」
彼は王族なのに、身分的に下のはずのわたしに深々と頭を下げた。
この国の王族ではとても考えられないことだ。
「残念だが今のオレには貴女に返してあげられるものが何も無い。だが恩は必ず返す。それがオレの王族としての誇りだ」
彼はわたしに必ず恩を返すと宣言した。
その決意は王族としての誇りだったのだろう。
わたしの望んでいた隣国との良い関係構築は彼が王になれば可能だろう。
クローヴィスの立派さはあのバカ王子とは雲泥の差だ。
しかしあと数年もすれば、あのバカ王子とアンリエッタの婚約が発表されるはず。
この国の未来は一体どうなるのだろうか。
今の時点ではわたしには全く想像がつかなかった。




