2 お肉が食べたい!
レストランの中で今後の所要人物の会話を追加しました。
冒頭のレルリルムの心境を追加しました。
今のわたしがこの国の人を助ける為に何が出来るのか?
はっきり言ってできる事は無い。
何故ならこの国の一般国民達には、権利といえるようなものはほとんど無い。
この国では聖女教会と貴族がほとんどを仕切っている。
それらの連中は、自分達の利権の為にいつも集まって円卓会議とか聖女会議と称して自分達に都合のいいように世の中を動かしていた。
前の人生ではわたしはその連中の言う事に疑いも持たず、自身のワガママを聞いてくれる都合のいい存在だと見ていた。
しかし実際には、わたしがワガママを言っていたのではなく、それらの連中に都合よく誘導されてワガママを言うように仕立てられていたのだ。
そりゃあそうだろう。
学も無く、勉強が嫌いなワガママ娘。
狡猾で頭の良い連中にしたらこれほど使いやすいものはない。
前のわたしはそれらの連中におだてられ、好き放題を許してもらっている特別な存在だと自身の事をそう思っていた。
どれだけ踊らされていたバカだったのか、わたしは馬車の中で、街までの移動中にそんな事をずっと考えていた。
「レルリルム、レモンパイも良いが……他に食べたい物はあるのか?」
「えーと、それなら美味しいお肉が食べたい!」
まともな肉なんて何年くらい食べていないだろうか。
孤児院では少し臭う干し肉の小さな切れ端が入っていればご馳走、前の人生で牢屋に入れられた時の食事から考えれば10年くらいは肉なんて食べた事が無い。
何だか最後にとても美味しい肉を食べた記憶があるが……どうも思い出せない。
「良いだろう、それでは街一番のレストランに行こうか。おい、貴様、今すぐにレストランに連絡を取れ、至急だ!」
「は、はいかしこまりました、旦那様」
そう言うと召使は紙に何かを書き、その紙を括り付けた伝書鳥を空に放り投げた。
この国ではこの伝書鳥が貴族間のやり取りで一般的に使われている方法だ。
「レルリルム、もうすぐレストランに着くぞ。そろそろ何を食べたいか考えておくのだな」
「は、はい。お父様ありがとうございます」
この父親の横暴のせいでレストランを予約していた人の順番がキャンセルされるのは間違いないだろう。
当然キャンセル料なんて払われるわけがない。
街一番のレストランと言うと心当たりは一つしかない。
そこはとても人気の店で、前の人生でもわたしはその店に行った事が何度もあった。
わたしのワガママでそこに行く度に、いつも誰かの予約はキャンセルされていたようだ。
今考えるとひどい事をしていたと思う。
「お父様、でもいきなりレストランに行っても他の人とかが……」
「何を言っている、儂らは貴族だ。この国では貴族や聖女教会の言うことはすべてに優先される。儂が行けば常に席は用意されてあるのが当たり前なのだ」
この父親の性格は昔からこうだ。
当たり前という言葉が大好きで、人は常に自分に従う為にいる。
この男の横暴のせいでどれだけの多くの人が泣かされてきたのだろうか。
わたしは彼を冷たい目で見ていた。
「旦那様、到着しました」
「うむ、では案内しろ」
「承知致しました」
彼は人をねぎらうということが無い。
――ご苦労――の一言でもあれば、まだやった事へのねぎらいになるが、彼は人に何かをさせても、その後常に要求を上重ねするだけだ。
「レルリルム、着いたぞ」
「はい、お父様」
わたしは父親について歩き、レストランの中に入っていった。
「……おかげで助かりました。貴方のおかげで貴族の客が増え、前年の倍の収益が見込めそうです。本当にありがとうございました」
「……なあに、あの連中は安物のクズ肉でも少し味を濃い目にしておけば気付かないバカばかりだからね。それをいかにもブランド物の肉ですと言っておけば、味もわからず名前だけで倍でも金を払うだろうさ」
何を言っているのだろう?
レストランの奥の厨房入り口の近くで眼鏡の男性とシェフが話をしているようだったが、内容は聞き取れなかった。
レストランの入り口の門を入った中庭の扉の前に家族連れと思われる、あまり裕福層でない服装の人達が悲しそうな顔でわたしとアイツを見ていた。
わたしはあんな奴をお父様と呼びたくもないので、心の中ではこの男の事はアイツや父親と言っておく。
アイツはレストランを予約していた親子の順番を抜かしてわたしのために席を取った。
何という事だろう。
わたしはもう今の人生で人を苦しめないと決めたのに、早速わたしのせいで料理を楽しみにしていた親子の気持ちを踏みにじってしまった……。
この親子、身なりからしてドレスコードはギリギリだが、あまり裕福な家だとは言えない。
それがなぜわかるかと言えば……彼らは綺麗な衣装を着ているはずなのに、それに相応しい佇まいが見られないからだ。
癪なことだけど、あの父親は粗暴だが最低限の貴族の振る舞いをしているので、誰がどう見ても貴族だ。
それは残念ながら生まれや育ちからにじみ出るものなので、この親子がその域に到達するには十年以上かかるだろう。
そんな彼らは間違いなく平民だ。
貴族であるわたしの父親の横暴で、平民の彼らはレストランの予約を奪われてしまった。
平民の予約なんて、貴族の直接の来店に比べれば、吹けば飛ぶ程度のものだ。
子供の悲しそうな目がわたしを見ている。
この目は……何度も見たことがある。
貧しい人の、持たざる人の無力さで諦めた目だ。
王国末期、わたしは王妃として何度もこの目で刺すような視線を向けられた。
もうイヤ!
この目で見られるなんて、今の人生ではもう耐えられない……。
私は思わず泣きそうになってしまった。
そして罪の意識から逃れたいと思った私は、自らの胸に手を当てた。
すると何かの硬い感触を感じ、わたしは胸を見た。
――このペンダント、これをこの親子に……。
わたしは胸にあったペンダントを子供の父親に渡そうとした。
「あ、あの……わたしのお父様が申し訳ございません。これ……お詫びと言っては何ですが……」
だが子供の父親はそれを受け取ろうとしなかった。
「いいえ、そのお気持ちだけで十分です。所詮オレ達には高級な食事は許されなかったのです」
「一体どういうことですか?」
「オレ達は見ての通り平民、しがない街の商人です。本当はここで最後に最高の食事をしてから、家族全員で命を絶つつもりでした……」
何ということなの!?
わたしがもし肉を食べたいとワガママを言ってあの父親がレストランを予約しなければ、この親子は食事を終わらせた後、全員で一家心中していたというの!?
この一件はわたしの心の中にあったモヤモヤを解決させてくれた。
国が変わらないならば、いっそのこと、変わらない国の中で私だけが変わり、ワガママ娘がやった事が偶然人助けになるようにすればいい。
『ワガママが人のため』
こういうと矛盾しているように聞こえる言い方だ。
だがこれにはきちんとわたしなりの根拠がある。
前の人生でのわたしのワガママは。人を苦しめるだけのものだった。
しかし、今のわたしは違う。
革命で全てを失い処刑されたわたしは、牢屋の中で今までの聖女教会の非道ぶり、悪徳貴族の腐敗ぶりを知らされた。
彼らのせいで家族や財産を失った人達は両手で数えるどころか、わたしが今まで食べたパンの数よりも間違いなく多い。
奇しくもわたしは今の人生でもドリンコート伯爵の娘になった。
この立場は欲しがってももらえるものではない。
血を継いでいるという事実ゆえに手に入れたものだ。
だからこそこの尊い立場を利用し、わたしはワガママ放題を言う!
国の重鎮である貴族の令嬢によるワガママなら、円卓会議や聖女会議の決定をひっくり返す事もできる。
また、聖女教会は間違いなくこの人生でもわたしをあのバカ王子の妻、つまりは王妃にしようとするだろう。
それならわたしはワガママ放題を貫く事でこの国の醜いしがらみや利権を全てぶっ潰してやる!
偶然わたしのワガママはこの親子を助ける事ができた。
でもそれだけじゃこの不幸な親子は食事をとれないまま、一家心中を選ぶかもしれない。
「でもなぜ……命を?」
「オレ達は町で細々と食料品を扱っていました。しかし、この天候で砂糖が高騰してしまい……今までの十倍の値段になってしまったのです」
「砂糖? 砂糖って売っている物なの?」
「そうか、貴族のお嬢さんは砂糖なんていつも食べているだろうから知らないんだな。庶民にとって砂糖は高級品、それこそ祝いの時に小さなミニケーキを食べるのが最大のご馳走なんだ」
知らなかった……聖女教のサロンでは貴族の令嬢が毎日集まり、毎日お茶菓子の時間になれば甘いお菓子が出されるのが当然だった。
王国末期には、サロンは閉鎖され、貴族も食料に事欠くようになったが……それでも砂糖と小麦粉だけは常に聖女教が仕切っていたので絶える事はなかった。
今考えると、間違いなく砂糖の値段を釣り上げていたのは聖女教とそれに準ずる悪徳貴族だ!
奴らから砂糖を取り上げないと、ここにいる人達は更に不幸になってしまう……。
「オレ達は商運を賭け、船便で砂糖を使って大儲けする予定だった。だが、その船が沈んでしまったので……全て失ってしまったのです」
「わかりました。わたしにまかせてください!」
「お嬢さん……? 一体何を??」
「だいじょうぶです、わたしがあなた達を助けてみせます。これは今日のレストランの席のキャンセル代だと思って受け取ってください!」
わたしが強引に手を握らせたので、商人の男は首飾りを受け取るしかなかった。
「さて。あの父親にどうやってワガママ言ってあげようかしら!」
わたしはアイツと食事をする為にレストランの中に入った。
七狗さんに素敵なレルリルムを描いて頂きました。
@779nanaku
ありがとうございます。