19 教会の若手を助けたい!
ザフィラの率いる獣人軍団と、ギュスターヴの騎士団のお互いが競ったおかげで、ドリンコート領の盗賊ギルドはその支部のことごとくが壊滅させられた。
生き残った連中は這う這うの体で逃げ出したらしい。
これで当分は盗賊によって関所近くで身ぐるみを剝がされる旅人はいなくなるだろう。
わたしの父親であるドリンコート伯爵は不機嫌だろうが、そんなことはどうでもいい。
悩みの種の一つである盗賊ギルドはアンリのおかげで片付いた。
彼の言う事には無駄が無い。
まさに効率を重視した考え方だと言える。
そう思ったわたしは、アンリの言った意味を考えていた。
『黒い物をいくら白と言われても認めない人』
そういえばそういう人達がいたかもしれない。
前の人生でワガママ放題だったわたしをたしなめた聖女教会の若手やメイド達だ。
愚かな前の人生でのわたしは彼等、彼女等のお小言が聞きたくなかったので、折角の助言を聞き流し、更には意見した者達を全て王都から追放した。
中には追放された先で亡くなった人達もいたが、生き残りは王国末期に隣国に亡命した者や革命に参加した者等もいた。
有能な彼等、彼女等は、腐敗した貴族や聖女教の利権にまみれた司教達を打ち倒し、新たな国の礎になった。
だがわたしは彼等、彼女等に恨まれる事はなかった。
別に許してもらえたからではない。
革命の後処刑されるわたしは、彼等、彼女等にとってはもう恨みの対象ですら無く、歴史の汚点、忘れ去られるべき存在だと見なされていたからだ。
優秀だった彼等、彼女等は後の世の中で新体制を作り、新たな国を形成したのだろう。
だが処刑されたわたしがその新しい国を見る事はなかった。
そんな苦い経験からしても、聖女教会の若手や、わたしに忠告してきたメイド達を今の人生で敵にするのは愚策だ。
幸い今のわたしはアンリのスパルタ猛勉強のおかげで才女としてのステータスを身に着ける事が出来た。
今のわたしなら彼等とも対等に話をすることが出来る。そうに違いない!
確か……今の聖女教青年部のリーダーの名前は、クロフトだったはず。
彼はこの後最年少の司教となった式典のタイミングで、こともあろうに民主のために直訴し、王子とわたしの怒りに触れた罪で異端者として国外追放された。
そんな彼の才能を拾い上げたのが同じく国を追放された本当の聖女アンリエッタだった。
アンリエッタはクロフトの才能を見出し、隣国で貧しい民衆を助けて支持を集め、その群衆がこの腐敗した王国の国民を決起させて革命に導いた。
つまり、今後クロフトを敵に回してしまうと再びこの人生でも革命の主要人物としてわたしに対する脅威になってしまうのだ。
それは絶対に避けないといけない。
今回の人生でわたしは、今までに獣人を味方につけ、あの鬼畜眼鏡こと、アンリという稀代の詐欺師を獣人や孤児達の先生にし、アンリエッタとも友好的な関係を作ることが出来た。
しかし今のわたしにとって悩みの種は、父親であるドリンコート伯爵とあのバカ王子オウギュスト殿下だ。
この二人はどう考えても前の人生だけでなく、今のわたしの人生でも何をやっても全く改心することも無いだろう。
そうなるとこの二人の悪行を食い止められるだけの知略とスタッフが必要になる。
その上でクロフトはわたしの今後の計画に間違いなく必須だ。
「ギュスターヴ、貴方に聞きたい事があるけど、いいかしら?」
「はい、レルリルムお嬢様。何なりとお聞きください」
「貴方、クロフトって知ってる?」
「彼、ですか? 俺の昔からの友人ですが、どうかしましたか?」
世間とは狭いものだ。
前の人生では騎士団長だったギュスターヴと革命軍の幹部の一人だったクロフトが直接対決することはなかったので、今の今までわたしはこの二人が知り合いだとは知らなかった。
だが今聞けた話はとても重要な事だ。
ギュスターヴに話せばクロフトをわたしの所に呼ぶこともできるかもしれない。
「別にどうかしたわけじゃないけど、知り合いなら一度お会いできないかしら」
「少し難しいと思いますよ、彼が聖女教の法学院に入ってからしばらくは連絡が取れていませんし。もし可能性があるとするなら、今の配属先に直接行ってみることですね」
「わかりましたわ。それではさっそく出かけましょう。彼の配属先はご存じですか?」
思い立ったが吉日、こういう場合はすぐに動いた方がいい。
話を聞いた後数日、もたもたしている間に今の場所から別の場所に異動なんてこともあり得る。
そうならないようにするには今すぐに動いた方が確実だと言える。
「クロフトは、今は中央正殿近くの村にいる筈です。以前移動の際に護衛した時はそこに行くまでの道中の安全の確保をしました」
「中央正殿の近くですね、わかりました。それでは出発しますわ」
わたしは学校に休暇願を出し、聖女教の中央正殿に向かった。
国教である聖女教への巡礼は、欠席扱いにならないからだ。
数日後、聖女教中央正殿についたわたしは、その荘厳さに嫌悪感を抱いた。
前の人生では何も考えていなかったが、今考えると聖女教会の中央正殿なんてものは、騙した貧しい人からの搾取で成り立っている。
これは聖女教会だけでなく、国の王宮も同じだ。
結局は貧しい人から巻き上げた金をつぎ込んで、特権階級が贅沢をしているだけ。
無駄に要らない坂道や手すりがつけられ、上下昇降する床まで作られている。
だがそれらは老人や普通の住人には立ち入り禁止の場所に作られているので誰も使えない。
この国の腐敗はもう変えようの無い末期まで達していると今なら分かる。
だからクロフトのような若手が国や宗教を変えようとしても異端者として排除されたのだ。
「これはこれは、ドリンコート伯爵のお嬢様。この度は多額の寄付、誠にありがとうございます。お嬢様の寄付のおかげで中央正殿の改修工事が進みました」
そういえばわたしは、以前外国の船が停泊禁止にされていた件を解消する為、聖女教に多額の寄付をした事がある。
多額の寄付を払う事で悪徳貴族と聖女教の司教が組んで船便で砂糖を国内に入れさせないようにしていたのを止めさせたのだ。
わたしの多額の寄付を受けた聖女教は港の停泊許可を出さざるを得なくなり、国内には砂糖が通常価格で出回るようになった。
この件で多額の寄付を受け取った聖女教はわたしを聖女候補に認定済みになっているらしい。
冗談じゃないわ。
聖女候補って事は、あのバカ王子のオウギュスト殿下と婚約しなくてはいけなくなる。
もし今の人生でいくらやり直して頑張っても、あのバカ王子が足を引っ張ったらまた革命で処刑されかねない。
そうさせない為にも、わたしは少しでも聖女教に不信感を持ってもらわないと困る。
「それはよかったですわ。ところで、クロフト様はどちらにおられますか?」
クロフトの名前を出した途端、司教は明らかに嫌そうな顔を見せた。
どうやら彼は中央正殿でも既に厄介者扱いされているようだ。
「アイツは修行が足りないので中央正殿から少し離れた寒村の修道院にいますが、どのようなご用件ですか」
「いえ、わたしの部下が彼の友人だったので、様子を聞いてほしいと頼まれたのですわ」
「そうでしたか。まあそれでしたら実際に足を運んでみてはいかがですか?」
どうやらクロフトについて尋ねる事が聖女教会の連中には都合が悪かったのだろう。
明らかに態度の豹変した聖女教の司教から、多額の寄付者であるはずのわたしをさっさとここから追い出したい意図がひしひしと伝わってきた。
「そうですわね。それでは一度実際に訪ねてみることにしますわ」
わたしはギュスターヴを連れ、クロフトのいるという寒村を目指す事にした。