17 騎士団長と仲良くなりたい!
アンリエッタは強めの言葉で住民達に語りかけた。
「あなた方は彼等の言うことを聞きましたか? 彼等は最初からあなた方に嫌がらせをするために来たのでしょうか?」
「だどもオラの畑に知らない奴がいたらそりゃ畑荒らしか泥棒だと思うだよ」
「それは確かにきちんと話をしなかった獣人の方にも問題はあります。ですが彼等はレルリルム様に言われてあなた方の仕事を手伝って欲しいと言われたのです」
「そ、そうですわ。わたしが彼等にあなた方の仕事の手伝いをしてあげてと伝えたのですわ」
実際そうなんだからこれは言い訳でも弁明でもない。
「そうだ、ボク、レルリルル様に頼まれた。畑手伝って欲しい言われた」
「オレもだ、お嬢様悪い人じゃない。オレたち助けてくれた」
これを聞いた住民達は困惑した表情をしていた。
そんな住民達を叱責したのはアンリエッタだった。
「これが事実です。彼等は畑や鉱山で暴れようとしたのではありません。むしろレルリルムお嬢様は彼等を使い、寂れたこの村に活気を取り戻したいと考えているのです」
「……お嬢様、オラたちアンタを誤解していた。すまねえ」
「そうね、何もしていない獣人を怖がっていたのはわたしらだったみたいね」
「悪かった、それじゃあ改めて畑仕事を手伝ってくれるようにおねがいしてもらえますか」
誤解の解けた村人達は獣人と握手をし、お互いが仲直りしてくれた。
これで話がすんなり終わればよかったのだが……事態はそうはいかなかった。
「村人から通報があった、暴れている獣人はどこにいる!?」
運が悪いことに村人と獣人が仲直りした直後に騎士団が到着した。
彼等は獣人を取り囲み、全員で攻撃を仕掛けた。
「捕えろ! 一匹たりとて逃すなっ!」
「ちょっちょっと待ちなさい! アナタ方は誰なんですか!?」
騎士団の隊長らしき男がわたしにお辞儀をした。
「これはこれは、お嬢様。汚らわしい獣人はすぐにでも排除しますので、ご安心ください」
「ご安心って、彼等はわたしのものなのよ! 何勝手に捕まえようとしているのよっ!」
あまりの酷い仕打ちにわたしが怒鳴ったのに、隊長は涼しげな顔で平然とこう言ってのけた。
「お嬢様、これは聖女教の経典に従ったことなのです。神の子である人に危害を加えた汚らわしき亜人は正義の名のもとに処罰するべき。たとえそれがお嬢様の持ち物だとしても、人に危害を加えた時点で汚らわしい獣人は処罰する対象となります」
汚らわしくも無きゃ何の悪いこともしていないってのに、この頭ガチガチの騎士団は彼等を獣人だからと勝手にわたしから取り上げて処分しようというのか。
こうなったら別の手段だ。
「あら、隊長様。ご苦労様です。どうですか、これで穏便に済ませてはいただけないでしょうか……」
わたしは隊長に金貨の入った小袋を手渡そうとした。
だが彼はその金貨を手で払いのけ、わたしを睨みつけた。
「お嬢様、そのような薄汚い事はやめてください。我等はそのような金で買収されるような騎士団では無いのです!」
そういえばわたしを睨みつけるこの隊長の顔、見覚えがある。
彼は、ギュスターヴ。
前の人生で革命前夜にわたしの事を守るために王都から馬車を逃がしてくれた騎士団団長だ。
堅物で一切の賄賂や不正を許さない実直な騎士。
誠実な仕事をこなし、それ故に聖女教にすら疎まれた崇高な人物だった。
そんな彼に賄賂が通用するわけが無いのも当然といえば当然だ。
だからといってこのまま騎士団に獣人を連れていかれたら今後の計画も難しくなるし、この住民にも嫌な心のしこりになって残ってしまう。
ここはどうにかして食い止めなければ。
わたしがそう考えていた時、血相を変えて私達の元に駆け寄る怪我人がいた。
「誰か、助けてくれぇ! 落盤で仲間が埋まってしまった!」
「何だと! 今すぐ向かう、場所はどこだ!」
「鉱山の下の方、何人かが逃げ遅れて埋まってる」
「こうはしていられない。騎士団、すぐに鉱山に救出に向かうぞ!」
ギュスターヴ隊長は騎士団を引きつれ、人命救出のために鉱山に向かった。
偶然だが騎士団に通報してくれた住民のおかげで落盤の直後に駆けつけることが出来たのだ。
「レルリルム様、急がないといけません! 事故から72時間が命のデッドラインと言われていますから!」
アンリエッタが言う言葉はたまに意味が分からない。
だが早くしないと命の危険が迫ることだけは彼女の言葉から理解できる。
でも騎士団だけであの落盤事故を解決できるのだろうか。
「みんな、今すぐ彼等の縄を解いて、お願いっ」
「お、おう、わかった」
住民がナイフを持ってきて荒縄を切ってくれたので獣人達は全員すぐに開放することが出来た。
「みんな、お願い。鉱山に行って埋もれている人達を助けてあげて」
「嫌だね!」
「オレもイヤだ」
「ボクもだよ、何であんなひどい事するやつらのために」
彼らの怒りもごもっともだ。
折角人の手伝いをしようとしたのに、いきなり怒鳴られたり、通報されて縛られたら誰だって嫌になる。
「お願い、わたしの願いだと思って聞いてちょうだい。後で欲しいものなんでもあげるから」
「……本当か? 骨付き肉くれるか?」
「キラキラした石、くれる?」
「ガウ、ハチミツ腹いっぱい食べれるなら」
彼等はわたしの言うことを聞いてくれた。
ロープや鎖を解かれた獣人達は全速力で鉱山に向かい、落盤のあった事故現場に到着した。
事故現場ではまだ何名もの鉱夫達が生き埋めになっていて、騎士団はそれらの人を助けようとしていた。
「ダメだ、重すぎて動かせない」
「助けてくれ……誰か……」
「無理だ、この大きさだと」
巨大な岩石に閉じ込められた人達は外に助けを求めた。
だがあまりの大きな岩に塞がれた坑道には誰も入れない。
そこに到着したのはわたしの命令した獣人達だった。
「ガウ、おまえら、そこどけ」
「な、何だ! 汚らわしい獣人が何をする!」
「うるさい、そこどけ」
熊の獣人グスタフは騎士団を押しのけ、坑道を塞いでいる大きな岩に手をかけた。
「ガァァァアアッッ!」
凄まじい雄たけびを上げたグスタフは大きな岩を持ち上げると、誰もいない横にぶん投げた。
ズゴオォォォン‼
激しい音と共に投げられた大きな岩はいくつにも砕けた、
「ガウ、中にいるやつ助けろガウ」
「こっちから人の声が聞こえるよ!」
ウサギの獣人が埋もれた人の声を拾い上げた。
騎士団がその場所を掘ると、そこには足が折れた鉱夫がうずくまっている姿が見えた。
獣人と騎士団は鉱夫を抱え上げ、落盤事故から怪我人を救出した。
幸い死者は一人も出なかったようだ。
わたしにはアンリエッタの言っていた死のデッドライン72時間という意味はイマイチ分からなかったが、それでもこの事故現場から誰一人として犠牲者を出さずに助け出すことに成功した。
「お嬢様、お見事です。お嬢様の指示があればこそ助かった命です。あの汚らわしい獣人達をここまで使いこなすとは……」
ピシャッッ!
わたしは思わずギュスターヴの頬を叩いてしまった。
「お嬢様、何を?」
「何なのよ、何なのよ……獣人が汚らわしいって、アンタあの子達がいなかったらここの人達を助けることが出来たの? 聖女教が獣人を汚らわしいって言ってるけど、わたしにとっては彼らの方があんな腐れ坊主共よりよほど立派よ!」
わたしは思わず叫んでしまった。
前の人生だとわたしも獣人を虐げる側だったのにお笑い種だ。
でもこれはわたしの今の本音、わたしにとって獣人のザフィラ、グスタフ、シロノ達は欠かせない大事な仲間だ。
「レルリルムお嬢様……どうやら目が曇っていたのは俺の方だったようです。貴女のその気丈で尊い魂、まさに聖女というに相応しい。俺は貴女のための騎士となりましょう!」
成り行きとはいえ、前の人生でわたしの騎士団長だったギュスターヴは今回もわたしの騎士になってくれると宣言した。