16 村人に信頼されたい!
バートン子爵は元々住んでいた土地を離れ、離宮のある土地に引っ越してきた。
どうやら元の場所は彼の遠縁の男爵に統治を任せるらしい。
バートン子爵が領主になる前、この土地はわたしの父親、ドリンコート伯爵の領地だった。
風光明媚な場所といえばそうなのかもしれないが、反対に言えば何もない場所だ。
以前は前枢機卿の肝入りで栄えた金鉱だったが、当然ながら産業も農業も衰退していて、住民にもやる気が見られない。
この土地が活性化した歓楽街になるのは実際に金の出た数年後だ。
金が出た後、今までより羽振りの良くなったドリンコート伯爵はこの土地に大型の投資をした。
寂れた村に過ぎなかった鉱山の村は、ゴールドラッシュのおかげで国有数の歓楽街になり、後にはカジノや酒場の立ち並ぶような場所になった。
しかし、本来その恩恵を受ける筈だった住民は昔から住んでいた場所を追いやられ、金が出た途端に入り込んできた貴族や聖女教の関係者がこの土地を仕切るようになったのだ。
前の人生の革命時にわたしや聖女教を襲った人達は、この元々住んでいた場所から追いやられてしまった人達も含まれていた。
今の人生では前と同じ失敗はもうやらかさない!
まあ今回の人生ではこの土地の領主になったのがバートン子爵なので、もし開発をすることになっても前回と同じような過ちはまず起きないだろう。
実際彼は就任直後にこの鉱山の劣悪な労働環境を瞬く間に改善してしまった。
どうやらそのアイデアを出したのがアンリエッタらしい。
「何これ!?」
「これですか? レルリルム様、これはアタシが他の人が考えたものを使わせてもらったベルトコンベアといいます」
私の知らない間に不思議な帯状の機械が鉱山に設置されていた。
アンリエッタが言うにはこれはベルトコンベアやトロッコというらしい。
切り目の入った鉄の棒の上に鉄の馬車のような小さな車、そして手回しでそれらが動くようにしたらしい。
これなら確かに掘ったものを人が運ぶよりも早く効率的に採掘が出来る。
この機械を使えば本当に数年後ではなくすぐにでも金鉱が見つかりそうだ。
「レルリルム様がお父様に鉱山の開発費を援助してくれたから出来たのです。ありがとうございます」
これは生きたお金の使い方といえるのかな。
わたしの用意した一か月分の鉱山開発費は全部この機械の製作に使われたようだ。
だがそれだと鉱夫の賃金はどうやって用意したのだろうか?
「あの……わたしのお金がその妙ちきりんな機械になったのはわかりましたが、鉱夫はどうやって確保したんですか?」
劇団員はもう引き払った後なのでわたしの手配した鉱夫はもういないはずだ。
だがここの鉱山には今数人の鉱夫が存在している。
「それでしたら僕の調度品やガラクタを売り払って用意しました。そこまで流石にレルリルムお嬢様にご負担をかけるわけにもいきませんし。皆さん三食の食事と寝る場所を提供するといえば喜んで働いてくれました」
なるほど、それなら確かに納得だ。
だがわたしはこの後この鉱山から金が出るとわかっているが、もしバートン子爵が金も出ないクズ山を騙されて買わされていたとしたらこの投資が無駄になるという危険性は考えなかったのだろうか?
「あの……もし金がこれ以上出なかったとしたら、子爵様はこの投資はどうするのですか?」
「その時はその時です。金鉱が出なかったとしても人がいれば何かが出来ます。僕にはアンリエッタという自慢の娘もいますし、僕と彼女のアイデアで何か人のためになることを考えるだけですよ」
彼は最悪の場合をすでに考えていたのか。
「実は前住んでいた土地ですが、あの場所は僕には持て余すような場所で困っていたのです。僕にはそれほど広い土地をじっくりと見て回るだけの余裕が無いので、遠縁の男爵様が引き取ってくれてほっとしているくらいなんです。それに比べればここはその土地より狭いですが人がいますし、自然もあります。ここを生かせば何かしらできます」
この人の強さは権力や地位ではない。
その人間性、心の強さがこの人の強さなんだ。
王国末期に聖女教や悪徳貴族がバートン子爵を濡れ衣で処刑した理由がわたしにはよく分かった。
彼の魅力は貧しい人の心の支えになるからだ。
そしてその彼の娘であるアンリエッタ、彼女が聖女になってしまうと聖女教の連中や腐敗した貴族は自分達の地位や権力、既得権益を脅かされることになる。
だから無知でワガママなわたしを彼等は聖女にしたかったのか。
何だかそう考えると無性に腹が立ってきた。
誰がお前らの操り人形になんてなってやるもんか!
そのためにはわたし自身が住民にもっと受け入れられるようにしなくては。
幸い、この離宮と鉱山のある領地はわたしやドリンコート伯爵への敵意は今の時点では無い。
彼等がわたし達を憎むようになるのは金が発掘され、土地を追いやられてからの話だ。
しかし今の領主はドリンコート伯爵ではなく、バートン子爵になっている。
彼なら住民を虐げることはまずあり得ないだろうから、わたしがやるべき事は今のうちにここの住民に前の領主の娘が自分達を大事にしてくれたという既成事実作りだ。
打算といえば打算かもしれない。
でもわたしだって革命で殺されたくないの!
そのために出来ることなら何でもやるつもりだから。
「ザフィラ、グスタフ、他の子達にも命じてすぐに屋敷に来るように言ってちょうだい」
「わかりました、レルリルルお嬢様」
「わかりましたガウ」
彼等はわたしの命令ですぐに獣人の仲間を呼び、屋敷で待っていた。
「みんな、今から言うことをして頂戴。力自慢のグスタフ達は鉱山の仕事を手伝って。ザフィラ達はここの村人達の農作業の手伝い。わたしやシロノは食事の準備よ」
「わかりましたガウ」
「了解です」
そう、ここには人間以上の能力を持ったわたしの部下の獣人達が何人もいる。
彼等に村人の手伝いをしてもらうことでここの住人達にアピールすればいいのだ。
「うわー! バケモンだァー!」
「あんた、何やってんだよ、野菜がメチャクチャじゃないか!」
少し経ってから多数の住民が怒りの表情で屋敷に押し寄せてきてしまった。
……何だか裏目に出てしまっている。
これでは前の領主のバカ娘がいらないことをやったと、恨みを買ってしまうだけだ。
「アンタは何をしたいんだ! アタイらに嫌がらせがしたいのか!」
「オラの畑がメチャクチャだ! どうしてくれんだ!」
「ウチの庭で勝手に火をつけられた! 火事になったらどうするんだ!」
出るわ出るわ、批判のオンパレード。
これを一体どう収集をつければ良いのかわからない状態になってしまった。
肝心のアンリは黙ったまま私に何のアドバイスもしてくれずにうすら笑いで見ている。
あの鬼畜眼鏡、一体何を考えているのか。
「まあ、自業自得だね。出来ない人が頑張ろうとしてもこうなるって」
……この男、こうなるとわかっていながら何の手助けもしてくれなかったのか。
その状況を変えてくれたのはアンリエッタだった。
「皆さん、落ち着いて下さい」
「アンタは誰だい、部外者が口をはさむんじゃないよ」
「部外者ではありません。アタシは新しい領主、バートン子爵の娘です」
「へえ、何だい。それじゃあアンタがオラの畑の弁償をしてくれるのかい」
「はい、もしこのことでご迷惑を被ったなら弁償いたします」
アンリエッタ、貴女は悪くないのに何でわたしをかばってくれるの?
「ですが、レルリルム様は本当に嫌がらせのために獣人を使ったのでしょうか? 皆さん、よく考えてください。あなた方は彼等と対等に話をしようとしましたか?」
アンリエッタは村人と話を続けた。