15 鉱山開発したい!
アンリはどうやら人並外れた洞察力を持っているようだ。
しかしまさかわたしが前の人生でワガママ放題やって処刑された記憶を持っていますなんて言えるわけがない。
そうだ、ここは最近読書をした話という体で進めよう。
「そ、そんな……未来を見れるなんて、そんな聖女様みたいなこと。わたしは聖女ではありませんわよ。そう、そうですわ。わたし今は本を読むのが好きでして、その中にあった過去の悪逆な王妃の末路を描いた物語に感銘を受けたのですわ」
「へえ、ボクも色々と本は読むけど、そんな王妃の話は初めてだね。どこの作家の話で、どこの国がモチーフになってるのかな?」
甘かった。この陰険メガネ、古今東西あらゆる書物を読んできましたと言わんばかりの知識の怪物だ。
そんな相手に実在しない本の話をしても通用するとは思えない。
「まあ、キミが今のまま成長したらその王妃のような結末になるかもね……まるで未来を見たというようなスタンスで本にしてもいいかもしれないな」
ヤバイ、ヤバイ、マジでヤバい。
下手にアンリの機嫌を損ねるとこの後の計画が大きく狂ってしまう。
「まあ、ボクはそんなキミが好きだけどね。見ていて楽しいからね」
やはりコイツは鬼畜眼鏡だ。
「それより劇団の仕込みは終わってるの? 形だけでも金が出たというパフォーマンスをしなければこの離宮を高く売る計画がパーだよ」
「そうね、それも早く手を打たないと」
わたしは劇団員の芝居や鉱山の管理をアンリに任せることにして、父親のドリンコート伯爵に手紙を書いてもらうことにした。
手紙の内容は、『貴公に譲りたいものがある。風光明媚な場所にある離宮で、今は使っていないものだ。またここは金山があるので、開発次第では大きく発展する可能性もある場所だ。これを格安で親愛なるバートン子爵に譲りたいと考えているので一度来てもらいたい』
といった内容のものだった。
慇懃無礼なドリンコート伯爵だが、最低限の礼儀はわきまえているようで、手紙の中身には相手を貶めるようなことは書かれていなかった。
「さて、これでどうにかなるかしら」
わたしは次の休みにアンリと共に鉱山に向かい、金が取れた芝居をするための劇団員のリハーサルを行った。
この鉱山で金が出たという芝居をすれば一人に金貨10枚を支給するというと、喜んで何名も応募があった。勿論食費や宿泊費は別扱いだ。
普通の鉱夫の賃金が食費や宿泊費込みの一か月で金貨1枚と考えれば破格の金額だ。
それでもこの鉱山をアンリエッタの父に売る費用と考えれば安い物だろう。
あの子の父親なら金山から金が出たなら正しく運営してくれるだろう。
「貴族のお嬢様、本当にこの金山で金が出たと芝居しただけで金をくれるんですか?」
「ええ、その通りよ。アナタ達は何も考えずに言われたとおりにすればいいのよ」
「へいへい、そうさせてもらいますよ」
この劇団員、あまりガラの良い連中ではないようだ。
まあそれでも実際に鉱夫を使っても彼らが嘘をきちんと通せるかわからない。
それなら実際の劇団員を使った方が確実だろう。
まあ実際に金が見つかった場所はどこだか聞いているので、実際にその場所で採掘作業をやればいいだろう。
金塊は私のお菓子屋で稼いだポケットマネーで用意するというと父親のドリンコート伯爵は喜んでいた。
どれだけ金を使いたくないんだアイツ。
一連のリハーサルを終わらせたわたし達は実際にドリンコート伯爵やバートン子爵を呼んで別荘と鉱山のある領地の取引交渉を開始させた。
「これはとても素晴らしい場所です! これだけの場所を格安で譲ってもらえるのでしたら喜んで買わせていただきます」
「それほど喜んでいただけると儂も光栄です。さあ、それでは交渉を進めましょう」
「お待ちくださいませ」
「おや、お嬢様は、レルリルム様ですね。僕の娘がお世話になっております」
バートン子爵は私に向かい深々とお辞儀をしてくれた。
この方は身分や年齢に関係なくきちんと人に接することができる方のようだ。
「実はわたしに提案がございます、もしよろしければ聞いていただけますでしょうか?」
「はて、どのような提案でしょうか?」
「この鉱山のある領地の開発の件ですわ。今まではお父様のドリンコート伯爵様がお金を出してきました。ですが、バートン子爵にはそれだけの投資をするお金が厳しいのかと思われます。そこで、わたしのお菓子屋での収益の一部を鉱山開発に回させていただければと思いました」
この提案にバートン子爵がどう乗ってくるかが問題だ。
「ですが、それで貴女には何のメリットがあるのでしょうか?」
「今この鉱山で金が出ました、今後それはもっと多くとれるようになるでしょう。そうなった時に金の採掘で出た収益の一割を今後ドリンコート伯爵様にお渡しいただければ、と存じます」
これは欲深なドリンコート伯爵が、金が出た途端にやはり返せと言いかねないためにわたしが打った布石だ。
実際この後に金が出た後のこの鉱山の収益は王国でも上位になる程だった。
その収益を手に入れそこなったとなるとドリンコート伯爵は間違いなく憤慨してバートン子爵を陥れようとするだろう。
そうなるとせっかくのアンリエッタと築いた関係も、彼の兄であるアンリとの関係もパーになってしまう。
それを防ぐためならこの投資は安い物だ。
それにドリンコート伯爵本人の資産からの支出ではないので、彼もわたしの小遣いが少し減る程度に思っているだろう。
「わかりました。この別荘と鉱山のある領地、合わせて買いましょう! 金貨は30000枚でしたね」
バートン子爵は喜んで契約書にサインした。
この態度にドリンコート伯爵もにんまりとしている、そりゃあ嫌いな相手をはめることができた上に負債でしかなかった土地を手放すことができたというのが本音だろう。
この交渉にはあえてアンリは参加しなかった。
どうやら父親や妹のアンリエッタに会いたくないようだ。
そして数週間後、バートン子爵とアンリエッタは別荘に引っ越してきた。
貴族の引っ越しにしては馬車の数があまり多くなかったように見える。
「おお、レルリルムお嬢様。わざわざ引っ越しを見に来てくれたのですか」
「はい、わたしは貴方方に別荘と領地を売った責任がございますので、生憎ながらお父様はご多忙ゆえにこちらに来ることができませんでしたのでわたしが代わりにお詫び申し上げます」
これは実際にはわたしが行くと率先したことでドリンコート伯爵にこれ以上この件に交渉させないためだった。
「それはそれは、お心遣い深く感謝申し上げます」
わたしは引っ越しの立ち合いを済ませ、バートン子爵を実際の鉱山に再び連れて行った。
ここにいるのは前回の時から賃金を払っている鉱夫の真似事をさせている劇団員だ。
それを見たバートン子爵が眉をひそめた。
「これは、非常に良くないですね。このような劣悪な環境ではいい仕事は出来ません。僕がここを買ったからにはここをもっと仕事しやすい環境に改善します!」
「ですが、子爵様はお父様への支払いでもう資産が無いのでは……ご無理はなされない方が……」
「そんなもの、調度品やガラクタみたいな骨とう品を売ればいくらでも金になります! そんな役に立たないカビの生えた歴史も無いようなものよりここで働く人達のほうがよほど大切なんです!」
そう言うとバートン子爵は部下に命じて引っ越し用の荷物の中にあった馬車の数台を都の方に向かわせた。
「子爵様のお考え、わたしもとても素晴らしいと思います。わたしも是非ともご協力させてくださいませ」
どうやらわたしとアンリの計画は思った以上に上手く行きそうだった。