14 離宮を売りたい!
アンリによる離宮売買計画がスタートした。
「伯爵様、売りつける前に一度離宮を見させていただきたいのですが」
「良かろう。より良い条件で売りつけるために一度中身を確認した方が良さそうだからな」
「お父様、わたしもアンリ様について行ってよろしいですか?」
「うむ、お前ならもっと高く売りつける良いアイデアを出せるかもしれんな、良いぞ」
次の連休、わたしはアンリとシロノ、それに護衛としてグスタフとザフィラを連れ、離宮に向かった。
「何なのコレ……想像以上にボロいんだけど……」
「うーん、普通ならこれで金貨三万枚はどう考えても詐欺だよね。でもそれをどうにかして売るのが今回の計画なんだろう」
離宮は長年誰も使っていない様子で、かなり荒れ果てていた。
壁はボロボロ、窓は木が腐って開かないものやカビの生えた物があり、石の段はこれまた苔むして、もし滑って足を踏み外せば大怪我確定。
一言で言えば、お化け屋敷、幽霊屋敷といった感じだった。
「参ったね、これは根本から修繕しないと、まあ時期は一か月以内といったところか」
「え? こんなにボロボロなのに一か月でどうにかできるのですか!?」
「普通の人間なら無理だね。でも、人間以上の力を持った獣人の力ならどうだい?」
確かに!
今彼らの住んでいるわたし経営の孤児院。
ここは元院長がかなりケチって自分達の部屋以外はボロボロになっていたが、獣人達が修理したら一か月以上かかるところを一週間少しで、快適な住みやすい場所に出来た。
「僕が指示したからってのもあるけど、みんな人間以上の能力を持っている上に文字も読めるし計算もできるようになったからね。どういう指示をすれば効率良く工事できるかがわかるんだよ」
なるほど。アンリはすでに孤児院修繕でこの離宮の修復の予行演習をしていたというのか。
「その代わり孤児院を一か月くらい空ける形になるけど、それで良ければボクが修繕を受け持つよ、それと……地元民にも日給を出せば一か月かけずに離宮を売れる状態に出来るからね」
「わかりました。つまりその分の日給はわたしが出せばいいのですね」
「ご名答。下手に伯爵に身銭を切らせると後々でレルリルムの言うように権利を主張するかもしれないからね、身銭を切るのはキミという事にしておいた方がいい。それにアンリエッタにもアピールしやすいしね」
流石はアンリだ。
一つの事を色々な側面から見た上で最良の選択肢を探し出そうとしている。
わたしは彼の言うように孤児院の子供達や獣人を全員離宮に移動させ、工事や掃除をやってもらうことにした。
綺麗で広い場所で寝泊まりできると聞いて、みんな喜んで全員参加してくれたので計画は思ったより順調だ。
だがシロノとザフィラの二人はわたしの専属のメイドとボディーガードとしてそこには残らなかった。
離宮の工事のリーダーになったのは熊獣人のグスタフだった。
アンリは離宮に残り工事の指示をすることになり、お菓子屋の経営から少しの間離れないといけないので、その業務は商人の夫妻に任せることにした。
彼らもこれだけ売り上げが出るようになってノウハウは分かってきたと思うのでそろそろ店の経営を任せてもいい頃とアンリも考えていたようだ。
離宮から戻ってきたわたしは、アンリに修繕を任せ、学校生活に戻った。
「御機嫌よう。アンリエッタ」
「レルリルム様、おはようございます」
「アンリエッタ、様はよしてくださいな。わたし達もう友達でしょ」
「でも……子爵の身分で伯爵様のご令嬢を……」
「わたしはそういうのが嫌いなの。わたしは貴女をアンリエッタというから、わたしのこともレルリルムと呼んでくださいな」
「え……でも、せめて……レルリルム、さんでは駄目でしょうか?」
「良いわよ、それじゃあわたしもアンリエッタさんと呼びますわ」
わたしとアンリエッタは王国学院の注目の的になっていた。
編入一か月なのに満点でトップの成績を取ったわたしと、二位のアンリエッタ。
また見た目も美少女ということもあってわたし達は常に注目される存在になっていた。
そして伯爵家のわたしがアンリエッタの友達ということで、今までいじめの対象になっていた彼女をいじめる者は誰もいなくなった。
「アンリエッタ! ぼくよりもその女の方が大事なのか!?」
げっ。バカ王子だ。
「アンリエッタさん、わたしちょっと用事があるので……失礼しますわ」
「あ、レルリルムさん。待って下さいな」
あのバカ王子と関わると毎回ロクなことが無い、ここはさっさと逃げた方が正解だ。
実際アンリエッタがいじめられる原因になったのも聖女候補として王子の許嫁になってしまったからだ。
まあ前の人生では率先していじめていたのはわたしだったので、そこは反省しよう。
そんなこんなで学園生活を続けて一か月が過ぎた。
そろそろ終わった頃だろうか、わたしは連休を使って離宮に向かうことにした。
馬車で離宮に到着した私が見たものは、以前とは比べ物にならないほど立派な建物だった。
「何これ……凄い!」
「おや、レルリルム。来たようですね。どうですか? これが獣人と人の力を合わせた成果ですよ」
窓、壁、階段、全てがまるで新築の豪邸のようになっている!
普通なら蜘蛛の巣を取り除くのも大変な高い場所の掃除、全てが完璧と言えるレベルだ。
「高い場所の作業は猿の獣人や鳥の獣人にロープを持ってもらったり高い場所の作業をしてもらい、熊の獣人や牛の獣人といった力の強い者は荷物を運び、小さな場所に入れる獣人は走り回って掃除をしてもらいました。人間の大工や男の人には内装を中心に働いてもらい、孤児の子供達には掃除や働く皆さんの食事の準備、洗濯などをしてもらい……大体三週間後半でほぼ作業は終わりましたね」
こんな新築同然なら金貨三万枚どころか四万枚までも出す貴族がいてもおかしくない……。
アンリの仕事は完璧といえるものだった。
「素晴らしいわ! この家ならアンリエッタにも自信をもって紹介できる!」
「レルリルム、次は鉱山の件が残っていますよ」
そうだった。
あくまでも別荘を売るのが目的ではなく、本当の目的は金鉱のあるこの領地を売るのが目的だ。
その上でわたしが知っているのは、この近くの金鉱から鉱脈が見つかるのは大体今から二年後だ。
その経緯はわたしの父親であるドリンコート伯爵が税金対策として金なんて出もしない鉱山にパフォーマンスで工事をしている形を見せていただけだったものが、偶然落盤事故の後、鉱夫が金の鉱脈を掘り当てて発見したものだった。
金鉱が見つかった後のドリンコート伯爵は聖女教にすら大きな態度が出来る程の大貴族になった。
以前より羽振りの良くなった彼は獣人奴隷を大量に使い、薄給で鉱山を掘らせて女の獣人は無給でこき使い、歓楽街でガラの悪い鉱夫の相手をさせた。
彼はそうやって大量の資金を手に入れる事が出来たのだ。
そして彼はその金で聖女の地位をアンリエッタの父バートン子爵から奪い取ったのだ。
まあそれは前の人生のわたしがワガママを言ってアンリエッタの地位を欲しがったからなので、それは彼が悪いとは言い切れないが。
「そうですわね。最高の条件でアンリエッタのお父様にこの鉱山を譲ってあげないと」
「それじゃあ次は鉱山をどうやって開発するかって話だね、ところでレルリルム……キミ、ひょっとして本当は聖女としての能力で未来予知ができるんじゃないの?」
アンリはそう言って私を眼鏡越しに鋭い眼光で強く睨みつけてきた。