聖女はポーカーフェイスで城を焼く
「第4回小説家になろうラジオ大賞」参加作品です。
炎が燃え上がる。
瓦礫の中に這いつくばるのはこの国の王。
その顔が憎々しげに歪んだ。
「何が聖女だ! お前には人の心がないのか!?」
「ありませんよ。貴方達がそう望んだのでしょう?」
私は、硝子玉のようだと言われる目で王を見下ろす。
周囲には血を流し倒れる人々の姿。
けれど私の心が動くことはない。
感情が天候に作用するという稀有な異能を持って生まれた私は、七つの時に城に連れて来られ、聖女の肩書を与えられた。
初めの五年、国は私の力を便利に使った。
冷たい雨が続いた時、愛らしい小鳥が与えられた。私が笑うと雨は止み、陽の光が降り注いだ。
日照りが続いた時、小鳥は籠から姿を消した。私が泣くと黒雲が湧き、雨が地を潤した。
そんなことが繰り返されていたある日、森の魔物達が襲ってきた。
それが王都に迫った時、私は前線の砦に連れて行かれた。
そこで私が見せられたのは、母親同然に慕っていた侍女が魔物の前に放り出され頭から食われる光景だった。
私の悲鳴と共に無数の雷鳴が轟き、豪雨が一月続いた。
魔物は退けたが国にも甚大な被害が出た。
以来、私の扱いは変わった。
「感情を動かすな。平淡でいろ」
誰も私と言葉を交わさない。見ない。触れない。
淡々と繰り返される日々。
辛いとは思わなかった。
私の心はとうに壊れていた。
五年後、そんな日常に変化をもたらしたのは、新しい護衛騎士だった。
初めて会った時、何も反応を示さない私に彼は戸惑いを隠さなかった。
なのにどういうわけか、私に語りかけることをやめなかった。
「これは俺が故郷にいた頃の話なんですがね」
陽気な彼は、無言無表情な私の隣で、楽しそうに喋り続けた。
私は黙って、彼の話や彼が歌う故郷の歌に耳を傾けた。
「これ、聖女様に」
百回目に差し出された花を、私は受け取った。
彼は目を瞠り、それからくしゃりと顔を歪ませた。
翌日、城に彼の姿はなかった。
「害虫は森に捨てた。今頃は魔物の腹の中であろう」
王の言葉を聞いた瞬間、体の奥底で何かが爆ぜた。
落雷が城を破壊し、あちこちで火の手が上がる。
炎が私の身をも包もうとしたその時。
力強い手が私を抱き寄せた。
「遅くなってすみません」
この世で唯一会いたい人がそこにいた。
傷だらけの体で、いつものように笑って。
「俺は貴女の騎士なんで。最後まで守らせて下さい。貴女の心ごと」
込み上げる想いのままに、差し出された手を取る。
降り始めた雨が静かに炎を鎮める中、私達はひっそりと城を後にした。
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