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無数の傷

 木の根につまずいた。うつ伏せに倒れたまま、息を整える。

 土の味。

 子供の頃も、よくこうやって転んでは洋服を汚した。

 

 痛みの中、私は泣きはらし、地面を転がる。

 そうすればきっと、兄が来てくれると分かっていたから。

『大丈夫かい、ジレンマ』

 木漏れ日の中、兄は優しげな顔で私に手を差し伸べてくれる。

 私は目を腫らしながら、その手を見つめ、そっと握る。

 いつも、どんな時でも、兄は私の傍で見守り、私を助けてくれる。私だけを見つめ続けてくれる、だから……エミールと親しくしている姿に……胸が苦しくて……だから、わざと溺れて……。


 私は立ち上がる。

 もう誰も手を差し伸べてくれる人はいないのだ。

 うっそうとした森の中、私は歩き出す。

 あの巨木がある場所へ。

 兄がいつもいた、あの場所で。

 私も帰ろう。


 そこには誰もいない、はずだった。

「ジレンマ……さん?」

 巨木の影から声が。

「あ……」

「はは、やはり、ここでしたか」

「サジタリウス様……」


 私の顔を見るとサジタリウス公はにっこり微笑んだ。

 緑色の王国軍軽装着にはいくつもの勲章が飾ってある。

 マントを翻し、公爵は巨木と向き合った。横顔は、やはり兄。


「いやね、エミルからこの場所の事を聞いたことがあるものですから。何でも、亡き兄上との思い出の場所だったとかで」


 そう言って、巨木の幹にある無数の傷を撫でた。

 私はその光景に顔を背けた。


「……さきほどは、大変危険な状態でしたね。ジレンマさんの、剣に対する熱意は素晴らしいものですが、あれは、いささか度が過ぎます」


 私は俯く。なにか言葉を発しようとするが、何も言えない。


「亡き兄上も悲しむのではないかな、許嫁だった相手にあのような行為に及んでは」


 視線が突き刺さってくるのが分かる。

 エミールのとは違う、今まで受けたことのないような抗する事を束縛するような視線。


「それも貴女にとってエミルは親友ではなかったのですか? エミルはいつも貴女のことを誉めていましたよ、まるで自分の事のようにね」


 公爵は幹の傷口の一つを舐め上げるように指でなぞった。


「……っ」


 私は自分の身体を抱く。

 触らないで、そこに。お願いだから。

 か細い声が、森のざわめきに消えてしまう。


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