痛み
「どうして、無視するのぉ?」
何日過ぎたのだろう、もとい、初めから無かったのだ。
「変だよぉ、ジレちゃん、どうしちゃったの?」
終わっているのだ。
茶番、それさえも『適応』するための過程に過ぎない。
「……ジレちゃん」
ただ幻想に過ぎない日々は、無駄になる。だから遮断した。
お前も、私の幻も。
目の前に一枚の白い布地。私の机の上に、白い手袋。
周囲の音が蘇ってくる。鬱陶しい昼間の教室がいっそうに鬱陶しくなった。
「……これが何を示すか分かっているのだろうな?」
七日目にして視線を合わせると、エミールの瞳は汚れていなかった。
「ジレちゃん、貴女に決闘を申し込みます」
こんなにも清々しく言ってくれる。
だから、とても――傷つけられる。
「ひ、ひどすぎる」
「誰か、止めようよ」
「せ、せんせいを」
情けない声でやかましく騒ぐ周囲の奴ら。
誰かを呼びに行くその名目で、剣武練習所には私とエミールだけになる。
目の前でうつ伏せに倒れ込む、エミール。
まだ木刀を左手から離していない。
エミールの華奢な左手を踏みつける。
「うぅっ」
学生靴の底からエミールの柔らかさを感じる。
「もう、終わりにしよう、エミール。これ以上は、傷つきたくないだろ?」
私の慈悲深い言葉に、エミールは顔を上げる。
懇願するのだ「ごめんなさい」と。周りの奴らと同じ目の色で、顔色で、私に怯えろ、エミール。
お前も『適応』するのだ、私と言う名の悪意に。
だが、エミールの瞳は変わらない。
その眼差しは私の鎧を貫く。
「いっう!!」
力を込めた踵に馴染む、柔らかな肉に覆われた飴細工を砕くような感触。
頬を赤く染めながらぷるぷると瞼を震わすエミール。
どす黒い衝動が心の奥深くからこみ上げてくる。
コレも壊してしまえば、いいんだ。
兄のように。
父のように、母のように。
そして、私のように。
「痛い」
その言葉に、私は目を見開く。
咄嗟にエミールから飛び退くとその場でよろめいた。
黒い衝動は吐き気へと変化し、口元をおさえた。
エミールの言葉が頭の中で渦巻く。
痛い。痛い。痛い。