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悲しみの雨

 人気の少ない中庭で、私は息を吐く。

 何を言ってしまっているのだ私は。

 幼くして死んだ兄が、サジタリウス公と似ているなどと比べられるものか。

 あくまで、私が思い描いている未来の兄の姿と重なっただけにすぎない。

 妄想なのだ。その妄想で無礼な言葉を吐いたのだ。

 

 自らの失態に顔を覆う。

 ぐらり、と体が揺れたが踏みとどまる。

 どうやら左足のハイヒールの踵が折れていた。

 なんてざまか。

 しかし、まずは非礼を詫びにサジタリウス公とエミールの下へ行かなければ。

 ただでさえ歩きにくい靴が、より歩きにくさを増し、忌ま忌ましさがつのる。

 来た道を戻ると、廊下の隅に二人を見つけた。

 抱き合いながら口づけを交わしていた。

 

 今日はまるで夢のような一日だった。

 比喩ではなく、本当にそう思えた。

 

 気がつくと私は右手に木刀を持ち、いつもの修練に使う巨木の前へと立っていた。

 ドレスは裾が破られ、足も裸足だった。

 ああ、そうか走ってここまで来たのだな。

 私は両手で木刀を構える。そして巨木に打ち付ける。何度も何度も何度も。

 修練に没頭していると、なにも考えないですむ。

 辛いことも悲しいことも考えずにずむ。

 剣さえあれば、私は一から全てを作り出せる。

 父や母に胸を張って会いに行ける。

 兄でなくとも、私はシレジレアの家を継げるのです。

 兄がいなくても、私は、私は、私は。


「私はジレンマだ! 兄じゃない!」


 一際強く巨木を叩くと木刀が抜け落ちた。

 拾おうとしたとき、木刀の柄が赤く染まっているのに気がついた。

 手は擦り切れ、血が滲んでいた。

 

 だが、痛みはない。

 そうだ、痛みは無い。

 だから木刀を拾う。修練を続けよう。

 

 雨が降ってきた。

 木刀の上にぽつりぽつりと、落ちてくる。

 だけど地面は濡れていない。

 空を見上げると、三日月に星々。

 ぽつり、ぽつりと、木刀に降り注ぐ。


 何事もなくただ日常は過ぎてゆく。自分とは無関係に周囲は巡る。

 あの日まで、笑顔を向けてくれた人達はもういない。

 そんな日々を生きるため私は『適応』してきた。

 悪意は、人を弱らし、傷つけ、死に至らしめる。だから、その為の『適応』

 いつしか、私につけられた二つ名が

『ヤマアラシのジレンマ』

 相応しく生きるのだ、誰にも傷つけられたくないから。


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