#007
サーラの杖が見つかった。これで、冒険へ出発出来る。
農夫のおっちゃんに礼を言い、小屋を出た。
「チーズの香りがする。ねぇ、KOHも分かるでしょ?」
「あぁ。でも、何だ? チーズではあるんだ。この香りは……。草だな」
「俺が作っている、チーズだろう。 荷馬車に積んでいるんだ」
「チーズを作っているんですか。それで、チーズの香りが」
「《カゲロウ様》が教えて下さった。何処か別の世界で、作られているらしい。干し草で熟成させるなんて、俺でも、度肝を抜かれたさ」
干し草で熟成!? そんなチーズ、聞いたことないぞ。《カゲロウ》とやらは、何処でそんなチーズを知ったんだ!?
「それって、セイラス・デル・フェン? 《カゲロウ》って人、かなりのチーズ好きですね」
「ハハハ。ネエちゃんも、その名前を知ってるとはな。ここでは、セイラスチーズと呼んでる。《カゲロウ様》が、その方が良いと、仰ってな」
何だと? 《カゲロウ》と会って話しているのか!?
だとしたら、おっちゃん経由で、《カゲロウ》に会えるかもしれない。
「《カゲロウ》に会ったことあるんですか!? 俺たち、《カゲロウ》に会いたいんです」
「《カゲロウ様》に会ったのは、かなり前のことだ。何処に居られるのか……」
「そうですか。すみません、お仕事のお邪魔をしてしまって」
「ここで出会ったのも、何かの縁。一つ持って行きな」
農夫のおっちゃんは、荷馬車に積んでいたセイラスチーズを丸々一つ、俺たちにくれた。
良いおっちゃんと出会えて良かった。しかし、俺たちは無一文。
「ありがとうございます。代金を支払いたいんですけど、俺たち無一文でして」
「このチーズを知っていた、ネエちゃんの顔に免じて、俺からのプレゼントさ」
「わぁ! ありがとうございます! おっちゃん、良い人だ! たくさん売れるといいですね」
「ありがとよ。冒険者と話せて、楽しかったよ。じゃあな」
おっちゃんと次こそ別れ、俺たちは途方に暮れた。何処に行こうかと、その辺を右往左往。
「モンスターを狩りに、市場の外に出るか……。それとも、ここでもう少し過ごしてみるか」
「お腹空いたね」
サーラは呑気で、良いご身分だ。
誰のせいで、こうなったのか、本当に理解しているのか?
それにしても、朝食を食べて以来、何も食べていない。
俺だって、スタミナ切れだ。この状態で狩りに出るのは、危険過ぎる。
「大判焼き、食べたいなぁ」
どんだけ腹がへっているんだ。食べ物の話をしたら、もっとへる。
「KOHは知ってる? 大判焼き」
「知ってる。俺的には、あんこ派」
「KOHも知ってるんだね。良かった」
ほんのり甘い生地を、丸い型に流し入れ、焼いていく。あんこかカスタードクリームをのせ、同じように焼いた生地で挟むようにしたら、出来上がる、雪国定番の冬のおやつ。
「今はまだ、その季節じゃない」
「でも、食べたいなぁ」
「食べるにしても、この世界から出ない限り、一生無理」
「作れないかな?」
「小麦粉も、小豆も、カスタードクリームも、調理道具、その他諸々無いのに、どうやって作ると?」
「揃うかもしれないの。そうだ! 大判焼きを作って、冒険しながら売るのはどう? 素材集めと、所持金集め、両方出来るでしょ?」
サーラの考えている事が、何も分からない。理解しようとしても、斜め上を行ってしまう。
どうしてその考えに至るのか、俺は知りたい。