#002
不思議な引力に、抗うことが出来ない。目を開けることさえ出来ず、身動きも出来ない始末。
《転送完了。ようこそ。ネヴァースフィアの世界へ。存分にお楽しみください》
不思議な引力から解放され、全て自由になると、視界に広がる世界に、俺は驚愕した。
「何なんだよ。ここは……」
数秒前まで、サイバーセキュリティ課の、薄暗い室内にいたはず。
それに比べてここは、青空の下、幾つも並んだ土壁の建物。市場だろうか。果物やら服飾やらが、置かれている。
行き交う人々の服装は、ゲームで見たようなものばかり。獣人の姿も、ちらほら。
見渡してみると、外国にありそうな旧市街。その中心部に俺はいるらしい。
背後には噴水があって、ここは市場と広場なのか?
今のところ、どこか痛むような感じではない。手足は自由に動かせる。なんか知らないけど、ダボッとした衣服に紫色のローブを身に纏い、ツバの広いハットを被っている俺。
気温も丁度良いし、汗ばむ感じでもないな。
「おーい。お兄さん? 大丈夫?」
「え、俺?」
俺の顔を覗き込んでくる、エルフの女の子。ブロンズの長い髪を、後ろで一つにしているらしい。
「ずっと動かなかったから、どうしたのかと思って」
「ちょっと考え事してて。ところで、ここはどこ?」
「ここは《ネヴァースフィア》だって。私は一昨日から居るんだ」
「《ネヴァースフィア》? それってMMORPGの?」
「そうそう。ログインしたでしょ? でもね、ここには魂ごと転送されたみたい。肉体がどうなったか、それは知らない。ログアウト出来ないし、最悪だよ」
「そうなんだ。俺はKOH。魔法使いの人間。君の名前は?」
「私はサーラ。種族はハーフエルフで、回復術師。よろしく」
この世界に来て、ハーフエルフの子と仲良くなるとは、誰が思ったのか。サーラが話し掛けてくれなきゃ、俺はここから動けなかったはず。
いや、待て。そんなことより、大事な事があるじゃないか!
「ログアウト出来ない!?」
「そうだよ。指で空をスワイプしてみなよ。そうすると、ステータス画面が出てくるから」
言われるがまま、何もない所で指を横に動かす。
すると、ゲームで見たことのあるステータス画面が、目の前に現れた。
「レベル1で、所持金は2000ゼニー。HPは、50!? 嘘だろ!? ゴブリンとかスライムで連戦したら、即死じゃん! 技は何が使えるんだよ!」
「落ち着きなよ。それより、ログアウトでしょう」
「んん。失礼。ステータスの他にも、横に動かせば、マップと持ち物まで見れるのか。これ、どうやったら消えるの?」
「えーとね。手のひらを振れば消えるよ」
手のひらを2回振ると、ステータス画面は消え、話を戻そう。
「ログアウトの文字が無かった。コマンドで選べる訳じゃないとしか、思えない」
「そっかぁ。しばらくは戻れないんだ。これからどうしようかな」
「回復術師だと、ソロはキツいでしょ。誰かと組むことをオススメするよ」
「だよね。うん。アイテム揃えて、誰か探してみる。それじゃあね。急に話し掛けてゴメン!」
市場へと走っていったサーラの後ろ姿は、どこか寂しげ。追うべきだったけれど、俺はまだレベル1。それに、必要なアイテムは揃えなければ。
「先ずは、バッグと杖か」
噴水がそびえる広場から、市場へと歩みを進める。ログインして、戻れなくなってしまったプレイヤーたちが、ひしめき合いながら、至る所で怒号が聞こえてきた。
「現実世界なら、警察だと言えば、少しだけでも、おとなしくなるのにな」
ゲームを進めながら、ログアウトの方法を見つける。そして、行方不明者の手掛かりも見つけ出し、世界中で起こっているパンデミックに終止符を打つ。