#001
《ようこそ。遥かなる大地、ネヴァースフィアへ》
無機質な音声と、黒い画面に浮かぶ白い文字。
とあるMMORPGの世界へ、俺は足を踏み入れることとなった。
世界中で、不特定多数の失踪者が、話題となっている今日。警視庁サイバーセキュリティ課と、公安部が動く事態となり、何故か、生活安全課の俺に、白羽の矢が立ってしまった。
「日坂。ゲーム好きだったよな?」
「好きですけど、それが何ですか? 課長もゲームしたいとか?」
「そうじゃない。日坂も聞いただろ? 不特定多数の失踪者の件を」
「公安が動いていると、聞きましたけど?」
「それが、解決の糸口が見えないらしい。アメリカのFBIでさえ、難題だと言っているらしい」
「その件と俺は、何か関係あるんですか? 俺はただのゲーム好きなんですよ?」
そう。俺はただのゲーム好きな、生活安全課。警察官と言えど、部署が違えば無関係。
「詳しい話は、わたしが」
いきなり話し掛けてきたのは、サイバーセキュリティ課の、えーと、誰だっけ?
「日坂洸巡査長。お会いするのは初めてですね。サイバーセキュリティ課課長の竹川です」
「はじめまして。日坂です」
「挨拶はこの辺で。世界中で話題となっている、不特定多数の失踪者について、とあるゲームが関係していると、突き止めました」
「とあるゲーム? ゲームと失踪が関係している?」
「《ネヴァースフィア》という、大規模多人数同時参加型オンラインRPGです」
「MMOですか。問題が発生しているなら、制作会社の家宅捜索が行われるはずでは? 発売されている訳ですし、審査の通過だってしている」
それがですね。と、竹川課長は一言前置き。
「ウイルスのように、世界中の不特定多数のパソコンに送られているそうです。制作会社は不明。勿論、審査は受けていない」
「それって、ヤバくないですか? 警視庁のデータが、そのゲームに盗られたら、それこそ国家レベルの話になってしまいますよ!」
「分かっています。サイバーセキュリティ課のパソコン一台に、《ネヴァースフィア》が送られています。データは、何も盗られてはいません」
それなら、一安心。それで、俺に何の用なんだろう。
「日坂洸巡査長。君のゲーム好きは、警視庁内において、有名なのです。君に、このゲームをプレイして頂き、失踪者の手掛かりを、見つけ出して欲しい」
「俺がですか? 日本だけでも、千人以上もいるというのに?」
「公安の方も、意見は一致しています。君に、託したい」
はい、そうですか。なんて、俺の口から出てくるはずもなく。
「MMORPGなんですよね? 課金以外のことは、自由にさせてくれますか?」
「勿論。君の自由にしてください。ただし、失踪者の手掛かりは見つけてくださいね」
「昇級の可能性はありますよね?」
「君次第。我々が言える立場ではないので」
二つ返事の後、サイバーセキュリティ課に、連れていかれた俺。薄暗い室内に驚きながら、竹川課長に案内された、片隅。
「これが、《ネヴァースフィア》が送られたパソコンです。カメラの設置は、許してくださいね」
「構いません。俺のペースでプレイするだけです」
何台ものカメラが見守る中、俺は、《ネヴァースフィア》へアクセスした。
《ようこそ。遥かなる大地、ネヴァースフィアへ。あなたのお名前は?》
俺がいつも使う名前、それは、《KOH》。名前を入力すると、新たな文字が画面に浮かんだ。
《ようこそ。KOH。あなたの種族と職業を教えて?》
無難に人間で、職種は魔法使い。後衛だけど、まぁ、なんとかなる。
この二つを入力すると、《Connect login》の文字が出現。
「ログインします」
「お願いします」
カチッ。と、クリックした瞬間。真っ黒な画面から一転して、眩いばかりの光りが、画面いっぱいに溢れ出す。
「うわあああっ!」
思わず目を塞ぎ、画面から目を背けた。