3:負けてる
マシューからもらったお茶会への招待状。そこには、妹のフローラとその婿であるジョセフもぜひご一緒に、と書いてあった。どうやらエレノアとマシュー、そして妹夫婦の四人で話がしたいらしい。
けれど、いつお見合い終了になるか分からないというこの状況で、家族を巻き込むのには抵抗がある。なので、エレノアはひとりでお茶会へ行こうとしていたのだけど――。
そのお茶会の当日。
清楚な水色のドレスで着飾った妹と、胸元に青いクラバットを結び、濃い茶色の上着を羽織ったジョセフがお茶会に行く気満々で待っていた。
「エレノア姉様、早く早く! 私、未来のお義兄様に会えるの、すごく楽しみにしてたんだから!」
妹は両手を胸の前で組み、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。その隣に立ち、うんうんと頷くジョセフもどこか嬉しそうな顔をしていた。
「怪力令嬢の結婚相手、見つかってよかった。義弟として、きちんと挨拶しておきたい」
だから、まだ結婚するとは決まっていないというのに。
エレノアは額に手を当てて、はあと深いため息をついてしまった。
はりきっている妹夫婦を置いていくわけにもいかず、エレノアはしぶしぶ二人を連れてお茶会へと足を運んだ。
侯爵家の大きな屋敷の前で馬車から降りると、待ち構えていたかのようにマシューが飛び出してくる。
「エレノア嬢! また会えて嬉しいです!」
相変わらず、マシューは美青年だった。高い襟のブラウスに、白いレースの胸飾り。濃いグレーのウエストコートがよく似合っている。上着も濃いグレーで、全体的に大人っぽい雰囲気が漂っていた。
前回会った時は白を基調とした華やかな衣装だったけれど、今回は少し落ち着きのあるものにしたらしい。
銀の髪はつやつやでサラサラ。翠の瞳は以前よりも輝きを増している。というか、なんだか美青年っぷりに磨きがかかっているような気がしてきた。
(ううう、今日は頑張って着飾ってきたのに! 私、負けてる……?)
今日のエレノアは金の髪の根元部分を少しだけ編み込み、残りは頭の右上でひとつに結んで緩やかに垂らしていた。髪の結び目には、瞳と同じ紫の宝石がついた華やかなサテンのリボンをつけている。
ドレスは前回のような地味な色は避け、白と淡いピンクのグラデーションが綺麗なものを選んだ。スカート部分は温かみのある淡いオレンジで、ふんわりとした生地でできている。ところどころに散りばめられた小さな宝石の粒が、光を受けてキラキラときらめいていて、とても綺麗だ。
そう、美青年に釣り合うようにと意識して、エレノアは本当に頑張って着飾ってきたのだ。
でも、こうして彼の隣に並ぶと、やっぱり見劣りしているような気がしてきた。
なんだか少し悲しい。来たばかりだけど、もう帰りたい。
「あの、私帰りますね。今日はありがとうございました。楽しかったです」
「ええっ? お茶会はまだ始まってもいないのにっ?」
マシューが目を丸くして叫んだ。
というか、前もこんなやりとりをしたような。
「ま、まだ帰らないで! 何か気に入らないことがあるなら、言って!」
「あ、マシュー様は何も悪くないです。ただ、私のドレスが」
「ドレス?」
ぽかんと口を開け、マシューがエレノアをじっと見つめてきた。頭の先から足の先までまじまじと見られて、なんだか気まずい。
しばらくそのままエレノアを観察した後、マシューはほんのりと頬を染めてにこりと微笑んだ。
「うん、今日のエレノア嬢は華やかでとても綺麗だね。あ、もちろん前に見たチョコレート色のドレスも可愛らしくてよかったよ……ああ、エレノア嬢は何を着ても可愛いんだね」
「なっ……!」
さらりと褒められ、エレノアの頬がぶわりと熱を持った。何も言葉が出てこなくなり、口をぱくぱくさせていると、マシューがエレノアの手を取ってさっさとエスコートを始めてしまう。
「さあ、今日は庭園ではなく屋敷の中でお茶を楽しもう。エレノア嬢が好きそうなお菓子、用意してあるからね」
「え、あ、ありがとうございます」
軽やかな足取りでエレノアをエスコートするマシュー。妹夫婦が楽しそうに瞳を輝かせつつ、その後ろをついてきた。
侯爵家の屋敷はとても広く、明るくて綺麗だった。大きな窓から柔らかな日差しが差し込む広間へと、エレノアたちは通される。部屋の真ん中には白いテーブルクロスが敷かれた長い机があり、その上には金色のケーキスタンドが置かれていた。ケーキスタンドにはキラキラとしたケーキやムースが並べられている。
エレノアはマシューに促されるまま、椅子に座った。すると、ごく自然に隣の席へマシューが座る。
(……近い)
あまりに近いと緊張して、またティーカップを破壊しかねない。エレノアはさりげなく、それでいて大胆に椅子を動かした。
けれど、向かいの席に座った妹夫婦がきょとんとした顔で指摘してくる。
「エレノア姉様、さすがにそれは不自然だと思うの」
「それじゃあケーキに届かないだろ。ほら、もっとマシュー様の傍に行かないと」
エレノアは遠い目になり、妹夫婦を連れてきたことを後悔した。
なんだこれ、逃げ場がない。
というか、まだ会うのは二回目だというのに、なぜマシューは妹夫婦までこの場に呼ぼうと思ったのだろう。まさか、こんな風にエレノアの逃げ場を失くすためか。
そうなのだとしたら。彼は意外と策士なのかもしれない。
けれど、それはさすがに考えすぎだったらしい。というのも、お茶会が和やかに進んでしばらくした頃、マシューがこう切り出したからだ。
「ところで、ジョセフさんはエレノア嬢の元婚約者だという噂を耳にしたのですが、それは本当ですか?」
エレノアも、妹フローラも、その婿ジョセフも、笑顔が固まった。
マシューはどうやらその噂の真偽を確かめたくて、妹夫婦を呼んだらしい。
マシューはまっすぐにジョセフを見て、答えを待っている。気まずい空気が流れる中、ジョセフがゆっくりと口を開いた。
「……その噂は、本当です。俺はエレノアの元婚約者です」
今から十年ほど前。エレノアとフローラという娘二人しかいない伯爵家は、娘の婿となって将来この伯爵家を継ぐ人間が必要だと考えた。そこで、遠縁の優秀な男の子を養子に迎え、教育を施すことにしたのだ。
そうして選ばれたのがジョセフだった。エレノアと同い年の彼は、ひとまずエレノアの婚約者となり、伯爵家で一緒に暮らすことになった――けれども。
彼は怪力のエレノアではなく、可愛らしいフローラに惹かれてしまった。そして、フローラもジョセフに惹かれ、二人は両想いになった。
まあ当然といえば当然のなりゆきだったと思う。
「それでは、ジョセフさんとエレノア嬢の間には、恋愛感情は一切なかったと……?」
マシューの問いかけに、ジョセフが頷いた。
確かに、ジョセフにとってはそうかもしれなかった。
でも。
チクチクと胸が痛む。
エレノアはそれ以上ジョセフを見ていられなくて、視線を床に落とした。