11:怪力を封印する方法
できるだけ早く結婚式をしよう――そう言われた、二ヶ月後。
エレノアは花嫁姿で教会に立っていた。隣には花婿姿のマシューがいる。
(……マシュー様は、本当にいつもいつも、私の予想の上をいくんだから)
求婚を受け入れてから、一気に結婚の話は進んだ。いや、厳密に言えば、エレノアが知らなかっただけで、水面下でずっと結婚話は順調に進んでいたらしい。
ウェディングドレスも、エレノアのことを知り尽くしている妹のおかげで、文句のつけようがないほどのものができあがっていた。
いつから準備していたのかと聞くと、あの舞踏会の時からだと言われた。
いや、そんな時からみんなして外堀を埋めまくっていたなんて。
(まさか、求婚からたった二ヶ月でここまで来るとは思ってなかったわ)
そう、今は結婚式の真っ最中。
結婚式に駆けつけてくれたみんなの前で、マシューとエレノアは永遠の愛を誓う。
「では、誓いの口付けを」
ヴェールが持ち上げられると、マシューの顔がよく見えるようになった。ステンドグラスから降り注ぐ柔らかな光が、銀髪の花婿の姿をこれでもかと輝かせている。
けれど、そのマシューの顔は驚くほど青白い。
まさか。
「……マシュー様。もしかしてご気分が悪いのでは」
「平気。ちょっとふらふらするだけ」
だからそれ、全然大丈夫じゃないやつ。
エレノアは式を中断しようと慌てて動き出そうとした。でも、青い顔をしたままのマシューに止められる。
少しひんやりとしたマシューの手がエレノアの頬に添えられ、身動きができなくなった。
「ここでエレノアとキスできなかったら、僕は一生後悔する」
彼は真剣な声でそう言うと、さっと唇を重ねてきた。
どうでもいいけど、これが初キスだ。婚約中はバタバタしていて、一回もできなかったから。
初めて感じる柔らかな感触。
体の底から熱くなって、それなのにふわふわと心地よくて、ずっとこのままでいたくなる。
けれど、唇はすぐに離れてしまった。
「……ん?」
キスが終わった途端、マシューが不思議そうな顔をした。エレノアも釣られて目を瞬かせる。
「どうかしたんですか、マシュー様」
「ふらふらするの、治った」
「……えっ?」
その後も、マシューが緊張で体調を崩しそうになるたび、試しにキスをしてみた。すると、不思議なことに、キスをするたびにマシューは復活した。
(なんかよく分からないけど、キスのおかげで式が無事に終えられたわ。よかった……)
ただ、結婚式の間じゅう、隙あらばキスをしているように見えたらしく、招待客のみんなにはいろいろと誤解をされたような気がするけれど。
さて、今はその式も終わり、すっかり夜を迎えていた。
エレノアは寝室のベッドにマシューと並んで座り、和やかにお茶を飲みながら語り合う。
「式の途中でマシュー様が倒れるようなことにならなくて、本当によかったです」
「うん、エレノアのおかげだよ。エレノアとキスすると、緊張が吹き飛ぶんだ」
「ふふ、新発見ですね」
しばらくそんな風にくすくすと二人で笑い合った後、エレノアはふと思い出したように口を開いた。
「私、なんで自分は怪力なんだろう、こんな力欲しくなかったのにってずっと思ってたんですけど……今、その答えが分かった気がします」
エレノアはふわりと微笑む。
「私の力はきっと、マシュー様を支えるためにあったんです」
そもそもこの怪力がなければ、マシューと出逢ってすらいなかったと思う。怪力のせいで失恋し、お見合いも断られ続けたからこそ、幸せな今がある。
それに、この怪力のおかげで、マシューが倒れそうになった時もすぐに助けることができた。安全な場所まで運んであげることだってできた。
これからもずっと、この力で彼を支えていくことができるだろう。
――まあ、これからは怪力でなくキスで支えることになるかもしれないけれど。
「私、怪力でよかったです。そう思えるようになったのは、マシュー様がいてくれたから……。本当にありがとうございます」
「僕の方こそ、エレノアがいてくれたから、未来に希望が持てたんだ」
情けない、頼りない、と女性に断られ続け、結婚なんて一生できないのではと自信をなくしていた日々。そんな地獄のような日々から救ってくれたのは、他らなぬエレノアだったとマシューは笑う。
「舞踏会の夜、ふらふらになった僕を見捨てることなく、助けてくれたよね。それが本当に嬉しくて……エレノアと一緒に生きていけるなら、もう何も恐くないって思えたんだ。だから、ありがとう」
「マシュー様……」
飲んでいたお茶のカップを、そっとナイトテーブルの上に置く。そうして空いた手で、マシューはエレノアの手を優しく握った。
窓から気持ちのよい夜の風がふわりと吹き込む。淡く光る月が見守る中、マシューとエレノアはそっと唇を重ねた。
指と指を絡められ、そのままゆっくりとベッドに押し倒されて――。
(……わ、わわ、ちょっと待って!)
覆いかぶさってくるマシューの体を止めるため、エレノアは絡められた手を解こうとする。
けれども、手に力を込めた途端、はっと目を見開いた。
(えっ?)
思うように、力が入らない。
いや、まだ心の準備ができていないので、もう少し待っていただきたいのだけど。
(……え、ええええっ?)
わりと思いきり抵抗しているつもりなのに、いつもの怪力が出ない。
少し焦ったけれど、落ち着いたらちょっとだけ力が戻ってきた。
よかった、今なら抵抗できそう――。
「あの、マシュー様……」
「エレノア、すごく可愛い。愛してるよ」
マシューに再び唇を重ねられた途端、また力が抜けた。
どうしよう、今度は本気で力が入らない。
(もしかして、マシュー様のキスで、怪力が封印されちゃったの……?)
怪力を封印する方法が、またひとつ見つかってしまった。
いや、できればこんな時に見つけたくはなかったけども。
もう一度、一縷の望みをかけて頑張ってみる。けれど、やっぱり力は戻ってこなかった。これはもう抵抗できそうにない。
(よ、よーし、来るなら来いっ!)
エレノアは覚悟を決め、流れに身を任せることにした。
――後日。
久しぶりに会った妹から「結婚式の時のエレノア姉様、すごくすごく可愛らしかったわ」と言われ、エレノアは長年の夢が叶っていたことに初めて気が付いた。
(私、ずっと憧れていた可愛い花嫁になれたのね……)
そう思うと同時に、力を完全に封じられたあの夜のことを思い出し、エレノアはひとり真っ赤になって悶えたのだった。
このお話は、これで完結です。
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