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追放編

女の子に対する暴力表現があります。また、おとなしめですが女性性を想起させる表現があります。苦手な方はご注意ください。

魔界城、謁見の間。

戦勝祝賀のために招待された魔界軍の百人の将軍たちはいまかいまかと魔王の登場を待ちわびていた。


……いや、そうではない。

人界軍を壊滅させ勇者を打倒した今、魔王はまさにこの世界の王。

将軍たちは『世界王』のためにはせ参じたのである。


「ぱんぱか☆ぱーん!」


その場の雰囲気を一気に華やかにする声が謁見の間の高い天井に響き渡る。

それは明るくほがらかに。宴の前の期待感でどことなく落ち着かない静かなざわめきの上を、吹き抜ける風のように広がった。


「みなさーん!今日は主様あるじさまのために集まってくれて☆ありがとー!」


世界王の玉座の手前、一段高くから広間を見渡せるその舞台で、その美少女はにこやかな笑顔を振りまいた。

次の瞬間、歓声が謁見の間に湧き上がる。


「ルナローズちゃーん!」

「待ってましたー!」

「かわいいぞ!今日も最の高ぅ!」


「やったー☆みんな元気ーっ!?」


「うぉー!」

「元気だぜー!」


「愛☆してるかーい!?」


「愛してるぜー!」

「愛してるぅっ!」


「わたしたち☆魔界軍はー!?」


「最っ強ー!」

「最っ高ー!」


「いぇーい!じゃあ今日もアゲ☆アゲでいってみようかー!人界☆壊滅!魔界☆大勝利!」


美少女は舞台の下手を振り向いて手を高く挙げた。


「まずはみんなの憧れ☆魔界四天王の、おでましだぁ!」


その声に導かれるようにして、三つの邪悪なオーラが謁見の間に姿を現した。


「先頭を行くは七つの亜人族を統べるミノスの女王☆その鍛え抜かれた筋肉はまさに鬼神!牛魔の長の証たるその黒角はすべてを砕き、その類稀なるたわわな母性はすべてを癒す!人界軍との戦では百戦して百勝なんと負けなし☆歴代魔界将軍勲功レコードホルダー!魔界最強の女戦士、トゥーリ・ストロングホーン!」


謁見の間の右翼に集う亜人族の将軍たちから大歓声が上がる。


広間の広ささえ圧倒する巨体、それ覆いつくすほれぼれするような筋肉。見事に割れたシックスパック、大腿筋の無駄のないシルエットと広背筋に浮き上がる鬼神がごとき怒り紋様は、その巨躯から繰り出されるであろう恐るべき斬撃を想像させるに十分だった。


「お次は魔界百獣の頂☆点!気高くそして知恵持つ野生!彼女が統率する群れは一夜にして千里を駆け、神速にして神出☆鬼没!人界軍を眠れぬ恐怖に陥れた魔界最速の銀狼、ヴォルフ・シルバーファング!」


こんどは広間の反対側から魔獣たちの雄叫びがこだました。


それに出迎えられるようにして舞台上で巨大な銀狼が一声、遠吠えを放つ。次の瞬間、広間にまばゆい光が満ちたかと思うと、忽然と銀狼は姿を消し、一人の美女が現れた。

白銀の艶やかに長い髪の一本一本がきらきらと輝く。冷酷な蒼い眼差しに長い銀糸のまつ毛、口元に表情はなくただただ凛と張り詰めた身のこなしがそのすらりとした四肢から静寂となって周囲を震え上がらせた。

誰もその速さに追いつくことはできない。その身体に触れることすらできない。その美しさそのものが神速の証明なのだ。


「時間押してるから、どん☆どん行くよー!この世のありとあらゆる魔術に長けた☆不死者!魔族の始祖にして血の源☆流!常闇に君臨せし者、魔界最賢の吸血姫☆イブ=ラスティン・ド・アークネッツァ!」


謁見の間の暗がりから無数のひそひそ笑いが漏れ聞こえてくる。


舞台の一番下手側の暗がりに、真っ赤な瞳が邪悪な笑みを浮かべて立っていた。背の高さは少女と呼べるほどでしかない。しかしその身からにじみ出る漆黒の魔力、メガネの奥のその眼差しに宿る幾星霜の年月は、少女がこの世ならざる何者かであることを意識の奥に否応なしに植え付ける。

一歩、ただ一歩だけ少女がその歩みを前に出した。悠久の時を重ねてなお美しさを失わない金髪、頭の左右に結ったツインテールがそのきらめきをゆらゆらと意地悪気に広間へと振りまく。闇という闇がそれに応えるかのようにざわめき、その異様な瘴気に当てられ、亜人や魔獣たちが押し黙る。


「そして司☆会はこの私!魔界のアイドル、みんなたちの癒しになりたいな☆ルナローズ・デイドリームでお送りしまーっす!」


ルナローズの明るい声に、謁見の間が再び湧き上がる。


うっすらと桃色のウェーブがかった髪をなびかせ、夢魔の翼を揺らしながら、常夜の魔界とは縁遠い陽の光、それを思い起こさせる健康的な肢体を惜しみなくあらわにしたコスチュームで玉座の前をくるくると舞う彼女、亜人も魔獣も闇の住人も、そのすべてが魅了され喝采する。

だが彼女こそが魔界四天王の最後の一人、魔界最魅の女幹部なのだ。


「それではいよいよお待ちかね!」


不意に、ルナローズの軽やかなステップが玉座のやや斜め前でぴたりと止まる。

その彼女の動作に合わせるかのように舞台上の四天王がいっせいにそのヒザを折り、玉座に向けて頭を下げた。

静寂……その場の者すべてが畏敬と畏怖を胸にひれ伏す。

先ほどまでの歓声は消え失せ、統率のとれた沈黙が謁見の間を埋め尽くす。


コツ……コツ……というゆったりとした足取りが謁見の間の固い大理石の床に響く。

玉座の背後、その奥の闇をマントにはらみながら、世界王その人が姿を現した。

ゆっくりと、悠々とその金色の眼差しが広間の隅々を見渡す。何者をも寄せ付けない圧倒的な存在感、その指先のささいな動きでさえ、周囲の者を畏れさせずにはいられない、王たるもの特有の厳かな空気が張り詰めていく。


自身のためだけにしつらえられた極上の玉座にその身を委ねると、世界王はルナローズに向けて小さなうなずきを送った。


「その御御名を呼ぶことは禁忌、その御お言葉の端々すべてが禁呪にして失われし古代の印紋、太古の竜に連なりし、この世界の真の王たる御資格を持つただひとりの蒼白き血、魔界の主人であり生くとし生ける者すべてへの福音、神の代理にしてすべての権限を有する御方……!」


ルナローズの透き通った声による口上、それを合図にして、広間全体から万歳の唱和が湧き上がる。


「世界王様!万歳!」

「この世のすべての支配者!」

「魔界の主にして人界を制覇せし御方!」


謁見の間を満たす自身への称賛を見下ろしながら、世界王は小さく右手を挙げた。


「皆……おもてをあげよ」


再び広間は静まり返り、その場の視線のすべてが玉座に向けられた。

漆黒の髪に金色の瞳、竜の血族の証たる神秘を宿した角。


若い。


見た目だけで言うならば、青年ということになるだろう。だが彼こそが魔王着任後わずか一年で人界軍を殲滅し、この世界を手中に収めた世界王なのだ。


「知っての通り、われら魔界は人界に勝利した。長きに渡りこの北の領域に封じられ、虐げられてきたわれらだが、いまは違う。なぜだ?」


世界王の問いに対し、四天王筆頭のトゥーリが最初に口を開いた。

「われらが主人、世界王様のご威光に人間どもが恐れをなしたからです!」


「その通りだ。だがそれだけではない」


「僕たち魔界軍……強い…」

銀髪の影から、ヴォルフの小さなつぶやきが漏れ聞こえた。


「そうだ。それもある。だがそれだけではない」


「人間どもが愚かだったからじゃよ。彼奴らは三つの愚行を犯した。一つは不遜にも主様を敵としたこと。一つは身の程をわきまえず魔界に力で挑んだこと。最後にこのわらわ、この世でもっとも賢明にしてこの世界のすべての歴史を知るわらわを侮ったことじゃ」

イブ=ラスティンのくすくす笑いが謁見の間にさざなみのように広がる。


「うむ。イブは真実をうまく言い当てている」


「ありがたきお言葉じゃ」


「だがそれだけではない……ルナローズ、おまえはどう考える」

イブ=ラスティンの不満げな口元をよそに、世界王の視線がルナローズに向けられた。


「愛です!」

ルナローズはその瞳をきらきらとさせながら言い放った。


「世界王様への愛……それは世界そのものへの愛と同じことです!私たちはこの世界を愛していた!私たちの勝利は世界にとって当然の結果……だってそうでしょう?人間たちはこの世界を我が物顔で荒らし回っていたのだから!独りよがりな恋人たちがいつか必ず別れを迎えるのと同じ、世界を愛していない人間たちが私たちに勝てるはずがなかったのです!」


「そうだ。この勝利は当然の結果……世界にとっての正しい道なのだ」

世界王の眼差しに物柔らかな表情が交差する。


「われらは勝利した。しかしこれは終わりではない。始まりなのだ。世界を愛し、世界に愛されたわれら魔界の民が、この世界を正しく導いていかねばならぬ。その責任を神より与えられた、それが今日なのだ」

世界王は玉座を立ち、その両手を大きく広げ、謁見の間のすべてに言葉を放つ。


「かつて太古の竜は世界の管理者として神を代行していた。そこに魔界も人界もありはしない。だが竜が眠りについたとき、人間どもは独りよがりな信念で偽りの神を騙り、その権利を主張して世界を荒らした。自分たち以外の者を魔物とさげすみ、陽の当たらぬこの北の魔界に押し閉じ込めた。その愛なき行為に世界はその身を分断され、苦しみを抱え続けていたのだ。だがそれも終わった」

世界王の言葉の一つ一つに込められた太古の呪が聞く者の心を揺り動かし、その信念への共感を湧き上がらせる。


「親愛なる魔界の民よ。われもまた皆を愛している。皆の愛の深さと同じだけ、われは世界とともに皆を祝福するだろう。次は皆がその愛を世界に証明するのだ。愚かで野蛮な人間どもに身の程を教え、世界をあるべき姿へと導いていく。そのために、われは世界王の名において、今日ここで皆に新たな使命を言い渡そう」


世界王の言葉に応え、広間を埋め尽くさんばかりの喝采が嵐のように鳴り響く。


「トゥーリ・ストロングホーン、前へ」

その声に背中を押されるようにして、最強の女戦士トゥーリが一歩玉座に近づいた。


「トゥーリよ。大陸に我が物顔で居座っていた五つの王国を滅ぼし、人界軍の半分を殲滅せし英雄よ。人間どもに連れ去られ、むごい仕打ちを受けていた魔界の民の多くを解放し、その尊厳を取り戻した功績もまた称えよう。おまえには『大陸王』の称号を授ける。大陸に統一国家を建設し統治せよ」


「はっ!ありがたき幸せ!」


「ヴォルフ・シルバーファング」

世界王の招きに、最速の銀狼ヴォルフの長い髪が微かになびく。


「ヴォルフ。辺境の数々の国、都市を制圧し、人界軍のもう半分を殲滅した英雄よ。おまえのその速さがなければこの広大な世界を制覇することなどできなかった。おまえにつき従うすべての魔獣たちにも敬意を払わせてくれ。その証としておまえには『辺境王』の称号を与える。世界の調和を回復し、獣たちの楽園とするがよい」


「うん……いいよ」


「イブ=ラスティン・ド・アークネッツァ」

その言葉の終わらぬ前に、イブ=ラスティンの黒い瘴気はすでに世界王の眼下で会釈をしていた。


「イブ。わが師にして魔界軍すべての知恵袋よ。おまえの立てた作戦はすべてを見通し、われらを勝利に導いた」


「くっくっく……それだけではないぞ。闇の者を使わして、邪魔者を排除したりもしておったじゃろ?」


「わかっている。イブの助力がなければ、これほど速やかに世界を手中にすることはできなかっただろうことも」

世界王は小さく息を吸い込んだ。


「聞け。魔界の民よ。われはここに次なる『魔王』を任命する。イブ=ラスティン・ド・アークネッツァ、すべての魔族の血の源流よ。正統なる魔界の主人はいま再び『魔王』としてこの魔界を統べるがよい」


「まあ、そうなるじゃろうな……よかろう、承知した」

イブ=ラスティンはやや微妙な面持ちでその横に控えているルナローズをチラ見した。

問題はこれからじゃしな。イブ=ラスティンの含み笑いはその喉元で小さな音を立てていた。


「そしてわれは皆に問おう。大陸を制覇し辺境を制圧したわれらに対し、人間どもがその最後の希望を託した勇者ども、魔界の誰もその歩みを止めることができず、あろうことかトゥーリもヴォルフもイブをも出し抜いて魔界城を土足で踏み荒らした上、この玉座の一歩手前まで迫った彼奴等を討ち取ったのは誰だ」

世界王の問いに対し、広間の皆が口々に歓声を上げた。


「ルナローズ!ルナローズ!」

「ルナローズちゃーん!」


「そうだ。魔界のアイドルにしてこの世界を最も愛する者、『月に咲く薔薇』ルナローズ・デイドリーム。人界最後の希望を断ち切ったその功績は大きい」

世界王はルナローズをまっすぐに見つめながら近づき、その右手でルナローズの左手を取った。

ルナローズの紅潮した頬。その潤みを帯びた眼差しに、世界王の金色の瞳が絡み合う。


「われはここに宣言しよう。このルナローズ・デイドリームをわれの妃と……」


「お待ちください、主様!」

世界王の言葉をトゥーリの声が強引に遮った。


「その前に私から申し上げたい儀がございます」

トゥーリの目くばせを受けた亜人の将軍が一人、玉座の近くに何かを運び入れた。


「先ほど主様からも御お言葉を賜りました通り、人間どもはわれら魔界の民を連れ去り、酷い労働に従事させておりました。中には人間どもの野蛮を鎮めるためだけのなぐさみとして夜を汚された者もおります。私は彼らをその理不尽なる境遇から解放しましたが、しかしそこには不審な点があったのです」


「不審な点……よかろう。続けよ」


「魔界と人界の狭間にある『見捨てられし境目』、そこから人間どもは魔界の辺縁部にたびたび侵入し、民を連れ去っておりました。しかし、中にはそうでない者もいたのです……魔界内部の何者かが無垢なる民を『商品』として人界に売り払っていたというのです」

トゥーリの言葉に、謁見の間の雰囲気がざわめいた。


「ふむ……」

世界王はトゥーリに向けていた視線を戻し、ルナローズを見下ろした。


「ルナローズ、おまえは商いの事情に通じていたな。この話、聞いているか」

ルナローズは世界王の眼差しには応えず、静かに黙ったまま大理石の床を見つめる。


そのルナローズをあからさまな侮蔑の眼差しで見下ろしながら、トゥーリは話を続けた。


「主様。ルナローズはこのことを知っていたはずなのです。ここに運び入れましたこれらの書類、これらは『見捨てられし境目』への通行許可証の控え……魔界の民を野蛮な人間どもに売り払うのに使われたと思しきものです。ルナローズは魔界の商いの許認可を主様から任されていました。通行許可証の発行、その責任者はルナローズなのです。その証拠にこれらにはみな、ルナローズの直筆サインが記されています」


「トゥーリよ。おまえの言いたいことは良く分かった。魔界の民を人界に売り渡した何者かについてはルナローズとともに十分な調査を行い、必ずやその報いを受けさせることを世界王の名にかけて約束しよう」


「主様……僕もいいかな……」

トゥーリの横から、こんどはヴォルフが声を上げた。


「ヴォルフもか。良い。申せ」


「魔界城の宝物庫……見てる?」


「いや?……こたびの人界軍との戦において、その戦費の管理はルナローズに一任していた故……」

ヴォルフの冷たく蒼い眼差しが、世界王を見上げる。


「からっぽだよ」


「なん……だと?」

さすがの世界王もヴォルフの言葉に動揺したのか、ルナローズの左手に添えていた右手を思わず強く握りしめた。


「ルナローズ、いまのヴォルフの言葉……まことか?」

もちろん、戦なのだから多額の出費はあったのだろう。だが魔界城には千年に渡って蓄積された膨大な金銀財宝があったはずだ。戦は開始からわずか半年間で決着した。その短期間であのすべてを使い切るなど、できるはずがない。


自問自答する世界王の背後から、イブ=ラスティンが暗い笑みを浮かべた表情で近づいた。


「主様よ。ヴォルフの話を聞いてわらわも調べたのじゃが、その女、たいそうな大盤振る舞いをしておったようじゃぞ。ほれ、これがその証拠じゃ」

イブ=ラスティンは大量の紙切れを、投げ捨てるようにして床にばらまいた。

それはルナローズの直筆サインが記された領収書の数々だった。


「これは大陸のさる国からじゃがいもを買い込んだときのものじゃな。おおぅ、こっちは辺境から魚の干物を買い上げておる。あれは臭くてかなわぬのう……何を考えておるのかは知らぬが、ルナローズはわらわたちが長年にわたって積み上げてきた財宝を人間どもの薄汚いエサと引き換えにばらまいてしもうたということになりそうじゃ」


「ルナローズ。皆に説明せよ」

世界王の言葉に険しい声色が浮かぶ。


しかしルナローズは一言を発することすらなく、ただ床の一点を見つめて世界王からその顔を背けていた。

その表情は世界王からは見えない。


「トゥーリの話、ヴォルフの話。それらを合わせて考えるに……のう、ルナローズよ。おぬしは魔界の民を愚劣な人間どもに売り払い、さらに魔界の財宝をまるで我が物であるかのように浪費し、私利私欲を満たしておったのじゃろう?主様からの信頼をいいことにな」


「だがイブよ。ルナローズがそのようなことをする理由が分からぬ。しかも人界軍との戦いの最中でだ」


「この小娘がわらわたちを謀り、魔界を裏切っておったというだけのことじゃろう」


「裏切り……だがそれだと話がおかしいではないか。われら魔界は人界軍に勝利した。そしてルナローズ自身、勇者から魔界城を護って戦っているのだぞ」

世界王の言葉にイブ=ラスティンの口元が笑みで歪む。


「そう、問題はそこじゃ。あの忌々しい勇者はこの小娘が討ち取った。しかし本当にそうじゃろうか?」

イブ=ラスティンがその右の指をパチンと鳴らすと、謁見の間の天井を覆うようにして『映し見の幻影』が広がった。

そこには魔界城の謁見の間に続く大扉が映し出されていた。二人の人影とともに。


「これは勇者が魔界城に攻め入ったときの記録じゃ。わらわの『目』の一つがたまたま捉えておってのう……」

幻影に見入る広間の将軍たちがざわめく。


金色の鎧に白銀の大剣。そう、確かにその人影の一人は勇者その人であった。

そして、もう一人は……ルナローズだ。


『無事で……無事で良かった……』

幻影から、ルナローズのほっとしたような声が謁見の間に響き渡った。

そして互いが互いにその腕の中に相手の身体を抱きしめる。


『なんとかな。けどさすがに魔界四天王はバケモノぞろいだったぜ。たぶん、俺以外の仲間たちは……もう』


『みんなの犠牲は無駄にしない。きっと世界を変えてみせる』


『そうだな……ルナローズ、君の本当の出番はここからだったな。頑張れよ』

そう言い残すと、勇者は転移の呪文を唱え、その場から消え失せた。


「世界を……変える……?」

世界王は握りしめたルナローズの左手を強く引っぱり上げた。ひざまづいていたルナローズの身体が無抵抗に吊り上げられる。


「どういう意味だ。答えよ、ルナローズ」

世界王の視線の先で、ルナローズのその可憐な唇が苦痛に震えていた。


「どうもこうもなかろうよ主様。世界、すなわちいまやそれは世界王と同義じゃ。主様に近づき、その心に取り入り妃の座を得る。その先は?世界を変えると言うておるのじゃから、主様を亡き者にする腹づもりじゃったのじゃろうよ。そして自身が後釜となり女王としてすべてを手中に収める。おお、なんと恐ろしいことじゃ。そやつは勇者とグルじゃったのじゃよ!」


「違う!」

一声、ルナローズの苦しみを帯びた叫びが謁見の間に響いた。


「何が違うのだルナローズ。言ってみろ」

世界王の左手がルナローズのあごをつかみ、その眼前に引き寄せた。その金色の瞳が怒りの光をルナローズの両目に向ける。


「私は……世界を愛しています……それだけです」


「愛……そのために民を売り、財を投げ捨て、勇者を見逃したとでも?」

世界王の言葉にルナローズは小さくうなずいた。


「それをわれに信じろと言うのか!」

世界王は吐き捨てるように声を荒げると、ルナローズをゴミか何かのようにして投げ捨てた。

ルナローズの身体が舞台の下、広間の床の投げ出される。


それを合図にするかのようにして、謁見の間に居並ぶ将軍たちが一斉にルナローズを罵り怒鳴りだした。


「殺せ!」

「騙したな!」

「裏切者には死を!」


騒然。ルナローズにすべての者が怒りの眼差しを向けていた。


「主様。いかがいたしますか。私がこの場で処断してもよろしいかと」

怒りに肩を震わせる世界王の背に、トゥーリが小さく進言の声をかけた。


「まあまあトゥーリよ。この小娘ごときの血で玉座の御前を汚すこともあるまいよ。『見捨てられし境目』に捨て置くくらいがせいぜいじゃろうて。のう、主様よ」

イブ=ラスティンの言葉に世界王は無言でうなずいた。


「見たか小娘よ。おぬしが愛した世界はおぬしを見捨てたぞ?おっと、その身に着けているものも魔界のものであったな、返してもらうとしよう」

イブ=ラスティンの視線がヴォルフに小さく合図を送る。


瞬間、ヴォルフの無慈悲な爪がルナローズの服を切り裂いた。

恐るべき速さの斬撃。

その衝撃でルナローズの華奢な身体は中空に跳ね上がり、夢魔の翼は引きちぎれて虚空を舞った。


うら若きルナローズの肢体、それは護るものもなく床にたたきつけられ、広間に居並ぶ衆目にさらされる。


「道を開けるのじゃ魔界の将軍たちよ!この裏切り者が境目へ向かうのを見送ろうではないか!」

高らかな嘲笑を上げながら、イブ=ラスティンの右脚が痛みにうずくまるルナローズの腹を蹴り上げる。


「さあ歩け小娘。その薄汚い足で境目に去るがいい」

ルナローズは小さなうめき声を漏らしながらよろよろと立ち上がり、おぼつかない足取りで歩き始めた。


罵声の飛び交う謁見の間。

その中を顔を伏せ足を引きずるようにして横切ると、そのままルナローズは大扉の向こうへと立ち去った。


人界軍との戦いに勝利し世界王となった祝賀の日に、魔界四天王が一角『月に咲く薔薇』と呼ばれたルナローズ・デイドリームは、こうしてすべてを失い、魔界を追放されたのだった。


【続く】

誘惑編に続きます。

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