【祝ラジオデビュー】受付嬢の華麗なる強盗撃退方法【朗読記念】
この度、本作の短編版がMBSラジオの「寺島惇太と三澤紗千香の小説家になろうnavi-2nd book-」様の9月の朗読作品に選ばれました。詳しくは活動報告かなろうのトップページにある水色のバナーを見てみてくださいね!
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「手をあげろ! 金を出せ!!」
そんなお決まりの台詞とともに、ネクストタウンのギルドに強盗が現れた。
よくいえば平和、悪くいえば退屈。事件といえばパン屋の主人が筋肉痛でポーション飲んだら語尾が「にゃん」になってしまったにゃんとか、近くの薬店からワニが脱走したワニとか。そんな話しか聞かない片田舎のギルドに強盗が入った。
時刻は午後8時。ギルドはとっくに閉まっている時間だったが、受付カウンターにはぽつんと灯りがついていて、無愛想な受付嬢がひとり残業をしていた。
明日の地元住民との懇親会で「旗上げゲーム」━━「赤あげて!」「白あげて!」「赤下げないで、白下げる!」というあのゲームである━━を開催するのだが、そこで使う紅白の旗50セットを明朝までに作ってくれ!とつい数時間程前にギルド長に泣きつかれたのだ。
今までいくらでも時間があったはずなのに、なぜもっと早く言わないのか?
とにもかくにも旗づくりを早く終わらせて家に帰りたい無愛想な受付嬢は、顔も上げず強盗に告げた。
「ようこそネクストタウンのギルドへ。あいにく営業時間外ですので、外の夜間窓口にお回りください」
彼女は全く動じていなかった。むしろめんどくさそうだ。
しかし、強盗にはそれが分からなかった。旗づくりに集中しすぎて強盗が入ったことに気が付いていないに違いない。哀れな強盗はそう自分を納得させると、先ほどと同じセリフをもう一度繰り返し、大きなナイフを突きつけた。
「命が惜しくば手をあげろ!!」
そこでようやく無愛想な受付嬢は顔を上げた。それどころか突きつけられたナイフをひょいっと避けると立ち上がった。
……っこいつ! できる!!
強盗が勝手に戦慄していると、無愛想な受付嬢が紅白の旗を強盗に押しつけて言った。
「さぁ、手をあげないで、旗あげる!!」
残業開始から数時間。受付嬢は、ついに合計100本もの旗を完成させたのだ!
しかし、突然旗を押しつけられた強盗は素っ頓狂な声をあげた。
「はぁ!? 誰が旗をよこせと言った」
「旗上げゲームです。ご存じですよね? 明後日ギルドの親族会でお子様方と旗上げゲームをするので、耐久度の検査と予行演習をしたいのです。私の言う通りにちょっと振ってみてくださいね」
「いや、俺、強盗なんだが……」
事態を飲み込めないながらも強盗は抗議するが、それをさらっと無視して無愛想な受付嬢はリズミカルな節回しで旗上げゲームを始めた。
「赤あげて!」
「…はい」
「白上げて!」
「はい」
「白下げないで、赤下げる!」
「はい!」
強盗は押しに弱かった。受付嬢に乗せられて旗を上げ下げしてしまったが、白旗を高らかに掲げたところで、ようやく自らの強盗というアイデンティティーを取り戻した。
「って、こんなことをしている場合かよ! 俺は強盗だぞ。いいからさっさと金庫を開けろ!!」
白旗を上げたからといって降参したわけではないのだ。強盗は紅白の旗をカウンターに叩きつけて怒鳴った。かなり強く叩きつけたのだが、受付嬢が頑張って作った旗は傷一つ付かなかった。
「ふむ。これならあの悪戯っ子達に渡しても大丈夫ですね」
受付嬢の興味はあくまでも旗にあった。
「旗はいいから金庫をあけろ」
「そういわれましても、金庫のカギはギルド長しか持っていませんし、ギルド長はだいぶ前に帰ってしまいました。私に残業を押し付けてね」
強盗にせっつかれて無愛想な受付嬢が困ったように、そして最後の一言だけ一切の感情を排して言った。
「くそう、ついてないな」
強盗は髪を掻きむしって唸った。確かに幸薄そうな顔をしてるし、なんなら髪の毛もちょっと薄いが、今回のは「ついていない」のではなく、ただ単に「計画性がない」だけではないだろうか。ギルドの従業員が誰でも金庫を開けられるなんて、そんなことあるはずがないということは少し考えれば分かることである。
ただでさえ薄い髪がますます薄くなる様子を黙って見守りながら、無愛想な受付嬢は、仕方ないとばかりに言ってやった。
「ですが、本日、国からの依頼で近くのニーナ薬店から没収したばかりの非常に高価なポーションならすぐにご準備できますよ。ギルド長が帰った後に冒険者が納品に来たので、これなら金庫に入っていません。聞いた話では王都の闇市場で1本金貨10枚で取引されていたらしいですから、強盗の皆様にもご満足いただけるかと思います」
「それだっ!!」
強盗は顔を輝かせて言った。しかし、強盗よ。本当にそれで良いのか。ネクストタウンの住民なら誰もが謹んで辞退するであろうドジっ子ニーナのポーションだぞ。
だが不幸なことに、強盗はこの町に来たばかりでドジっ子ニーナのことは全く知らなかったし、教えてくれる友人知人もいなかった。
「おとなしく帰ると約束するのであれば、ポーションを出してきましょう」
「おう! 早く持ってきやがれ。だが、お前はいいのか? みすみす高価なポーションを俺みたいなやつに渡しちまってよ」
「問題ありません。マニュアルにも、強盗が入ったときには、人身を第一に考え、強盗の要求には従える範囲で従うべしと書いてあります。それに私がこんな目にあったのも、元はと言えば、ギルド長が私に残業を押し付けて自分だけ帰ってしまったからです」
受付嬢は残業を押しつけられたことにだいぶお怒りのようだったが、すぐにポーションを2瓶カウンターの下から取り出し、強盗の目の前に並べて置いた。
薄い桃色に金箔が浮かんでいるポーションと乳白色のポーション。どちらも高級そうな瓶だ。強盗はまず桃色の方の瓶を手に取ってラベルを読み上げた。
「なになに、TSポーション? 聞いたことないな」
やむなく強盗は無愛想な受付嬢に聞いてみた。
「おい、てぃーえすってなんだ?」
トランスセクシャル。つまり性転換のことです! これを飲めば、強盗もたちまち美少女になれちゃうかもしれないね! しかし、不幸なことに受付嬢はTSを知らなかった。
「私もこれを運んで来た冒険者に尋ねてみたのですが、『TSの何たるかを語るには人生はあまりにも短い』というすかした答えがかえってきたので、それ以上聞かなかったんです。ですが、なにかの略語ではないでしょうか?」
「何の略語なんだ?」
「さぁ? 知りません。けれどもそうですね。例えば、とってもステキな人生の頭文字をとってTSとか?」
断じて違う。絶対違う。しかし、強盗は別のことに気を取られていた。
「おい、今言語に歪みが生じていなかったか?」
「気のせいですよ。あっ、よく見るとここに『新しく幸せな人生をあなたに』って書いてありますので、あながち間違いではないかも知れません。意中の女性を口説く時などに使ってみてはいかがでしょう。
無愛想な受付嬢がとてつもなく適当なことを言ったが、強盗の脳内では、ギルドに来る途中すれ違った健康的な筋肉美女が思い浮かんで弾けた。よし、あのねーちゃんを口説く時に使ってみよう!
「おっし、気に入った! それはオレがもらっておいてやる」
こうして、強盗の運命は決まった。
「お買い上げありがとうございます! お値段金貨10枚になります」
「って、ならねーよ!! お前ふざけてんのか? オレは強盗だぞ、金払う訳ねーだろ!!」
強盗が全力で突っ込んだ。
「いや〜申し訳ありません。つい、うっかりお金をいただこうとしてしまいましたが、そんな大金持ってないですよね。ところで、お包みしましょうか? それともお印で?」
「あっ、じゃあ包んでください」
「レジ袋は銅貨10枚です」
「小銭あったかな……じゃないよ。なんで強盗がレジ袋買うんだよ。なんかオレもう疲れた」
実際、強盗は疲れ切った顔をしていた。先ほどに比べると突っ込みもどこか弱弱しい。そこで、無愛想な受付嬢はここぞとばかりにもう一本のポーションを紹介した。
「おやおや、そんなあなたにはこちらのポーションがオススメです!」
受付嬢の声につられて強盗は顔を上げた。先ほどと同じように瓶を手に取って、ラベルを確認してみる。
「……Aダブルピースポーション? 聞いたことねえな」
おっと、これはより危なそうなポーションが出て参りました。先ほどのTSポーションと一緒に飲んだらどんなことになるのでしょうか。しかも、強盗も受付嬢もその正体に気が付いた様子はありません!
一通り瓶を確認してみるが、なんら具体的な情報は得られなかった。仕方なく強盗は受付嬢に尋ねた。
「Aダブルピースってなんのことか知ってるか?」
「さぁ?」
「何か分からないものを勧めたのかお前は」
「しかし、ピースサインは物事がうまく行った時にするものですから、それが二つということは、とってもうまく行くということではないでしょうか?」
間違いではない。しかし、正解と言っていいものか判断に苦慮するコメントだ。
「なるほどな!」
そして強盗よ、お前はそれで納得するな。
「で、頭についているAはなんなんだ?」
「ダブルピースの種類でしょうね。ギルドでもA級冒険者とかB級冒険者って言いますから」
どういう種類なのかが大事な場面でそんないい加減なことを言わないで欲しい。
「Aということは、なかなか良い種類なのかもしれんな。よし、これももらっておこう」
強盗は嬉しそうに言った。もう何も言うまいと思ったが、やっぱり言っておこう。ここで重要なのはどういう種類のダブルピースなのかだぞ! もっとしっかり調べるんだ!
残念ながら、強盗に必要な助言をしてくれる人はこの場にはいなかった。いるのはいい加減かつ何気に酷いことを提案してくる受付嬢だけだった。
「ここで一杯飲んでいくのでしたら、コップを持ってきますよ?」
「それもいいなぁ。いや、そうやってコップ代とかショバ代とか言って俺から金を巻き上げるつもりだろう! その手には乗らんぞ!」
強盗よ、警戒するのはいいが、警戒するポイントはもっと他にあるのではないだろうか?
「じゃあ、そろそろずらかるとするか」
そう言うと、強盗は逃げるが勝ちよとばかりにポーションを両手に抱えてホクホク顔でギルドを出ていった。何せ、一本で金貨10枚だったというポーションだ。うまく換金出来たら大金が手に入るだろうし、自分で飲んでもいいわけだ。自分で飲むのだろうか、飲んじゃうんだろうな……。
「ご来館ありがとうございました。またのお越しはお控えくださいますようお願いします」
強盗の背中をやれやれと見送ってから、無愛想な受付嬢は倉庫に向かった。倉庫には色とりどりのポーションがずらりと並んでいた。どれも今日ニーナ薬店から没収されてきた品である。
本当はすぐにでも捨てようと思ったのだが、強盗撃退に使えるのではないかと思って2本ほど適当に選んでカウンター内に置いておいたのだ。だが、こんなに上手く行くとはさしもの受付嬢も思っていなかった。明日にでも正式に防犯グッズとして採用して欲しいとギルド長に掛け合ってみようか。
追加のポーションを二瓶取り出し、ついでに先ほど渡したポーションの効用の手がかりになるものがないかと探してみる。すると、没収時にニーナの供述を録取したメモがあった。
受付嬢は、興味本位でメモを読んでみた。
◇◆◇
TSポーション(薄い桃色に金箔が浮かんでいる。危険度★★★★★)
TSポーションは、一部で超人気のポーションなのですが、副作用で体のある部分からいつものキノコが生えてくるらしくてですね、すごい苦情の嵐でちょうど困ってたんです。持って行ってくれるなら助かります!
Aダブルピースポーション(乳白色。危険度★★★★★★)
Aダブルピースポーションはある悪徳領主の依頼で作った試作品の媚薬なんですが、完成する前に王都に持ち込み禁止になっちゃったんです。危険だなんて失礼ですよね。人体に影響はありませんよ。なのに、発注した悪徳領主も引き取ってくれなくって困ってたから、持っていってくれるなら助かります!!
◇◆◇
ポーションの効用はよく分からないままだった。
これ以上調べても時間が無駄になるだけだと判断し、受付嬢はさっさと帰ることにした。
そんなことよりも、ここから半日ほど行ったところにあるサードタウンで温泉が湧いたらしい。残業代が入ったらこの疲れを癒しに温泉に行くのもいいかもしれない。
無愛想な受付嬢の興味は有給休暇の計画に移り、今日来た強盗のことは忘却の彼方へと追いやられてしまったのだった。