5.手合わせ
時間は少し遡る。
暗黒竜はいつものようにリーダー達に見送られ、嵐の中を飛んでいた。本当ならまっすぐ家に帰らないといけないのだが、今日はほんのちょっぴり寄り道をして行こうと思っている。
というのも、今日聖女様から聞いた恋話に登場した騎士団長(64歳妻子持ち)がどんな人なのか興味があったからだ。あと、ついでに新しい聖女様も見てみたい。あの嫌味は敵ながら痺れたわー!
気分は贔屓役者の追っかけだ。
暗黒竜はない胸を弾ませ、轟く雷鳴よりも早く隣国の王城へ飛んだ。
同じ頃、邪神も隣国にある地下神殿に転移していた。神殿には狂信者や不死者らが集まっており、カンカンガクガク、ケンケンゴーゴー些細なことで争っていた。なお、この地下神殿は隣国の王城の地下にあるものとする(はい、ここテストに出るよ!)。
邪神は双方の言い分を適当に聞き流し、適当に煽ってから自分の興味のあることを聞いた。すなわち、新しい聖女について尋ねた。
狂信者は色めき立ち、不死者は喜んだ。何せ、今まで邪神が聖女に興味を持ったことなどなかったからだ(まぁ、狂信者と不死者にもほとんど興味なかったけどね)。
狂信者と不死者は忖度して、新しい聖女を邪神に捧げることが自分たちの使命であると考えた。
かくして、この日事件は起こった。
夕食後、第一王子が「仕事ができる人ってステキですわ!」という新しい聖女の言葉にいい気になって山と積まれた書類と格闘していたところ、部屋の扉が突然叩かれた。
「入れ!」と王子が許可するや否や、伝令の兵士が部屋の中に転がるように入ってきて言った。
「殿下! 大変です! 暗黒竜が王城の上空を旋回しています!夜陰に乗じて忍び込んだ模様です!」
「なんだと? 結界は! 結界はどうした!?」
王子は思わず立ち上がって尋ねた。暗黒竜の襲来などここ百年なかったことである。慌てふためく王子に兵士は言いにくそうに上申した。
「それが、新しい聖女様では巨大な結界を維持できなかったようで……」
「お、お前! 真の聖女殿を愚弄する気か!?」
大声で怒鳴りつける王子に兵士が首を竦めたその時、さらに泡を食った兵士が第一王子の部屋に飛び込んで来た。王子の許可を待たず入室し、叫ぶように報告をあげる。
「殿下ーー! 王城の地下から狂信者や不死者が湧き出て来ました!! 王城内を走り回っております!」
「ななな、なんだって!?」
第一王子は飛び上がらんばかりに驚いた。
「王子! ご指示を!」
「どうしましょう王子!」
王城内はすでに大パニックだったが、部下の悲壮な声を聞き、第一王子は踏みとどまろうと懸命に指示を出した。
「魔王城に向かった勇者を呼び戻せ! 至急連絡をとるのだ」
しかし……
「ちょうどたった今、勇者様から通信が入ってきました!」
「おお、なんと書いてあるのだ?」
「それが……」
「どうした早く言え!」
第一王子が急かした。しかし、部下は自分で読み上げる勇気がなく、そのまま通信文を手渡した。
タイトルにはこう書いてあった。
『魔王の作ったカレーライスを食べたら案外美味しいんだけどイカ臭い件』
第一王子はそれ以上中身を読まず、通信文を破り捨てた。
「勇者がやられたようだ。激しい混乱状態にあるのかもしれない。応援は望めない。我々だけで解決せねばならん」
「殿下……! ご立派になられて! それで、これからどうするのですか!?」
第一王子の成長に部下がハンカチで目頭を押さえながら尋ねた。
「……逃げる?」
「……とりあえず、報告あげさせるんで順番に処理していってください」
部下は手早く王子を執務室の椅子に座らせロープで固定すると、伝令の兵士たちを招き入れた。
「殿下! 現在王城の北側で、騎士団長と不死者が交戦中です! 騎士団長は奮闘していますが、不死者の数が多く戦況は芳しくありません」
「誰か応援に向かわせろ!」
第一王子が素早く指示すると、伝令は「誰を向かわせるんだよ」と言いながら退出したが、部屋を出たところで部下が「騎士団の第5部隊を下の中庭に待機させてるんで彼らに声をかけてください」と補足すると、大急ぎで中庭に向かった。
「殿下! 朗報です。外遊中の国王陛下が急遽予定を変更して、こちらにお戻りになられるとのことです!」
「良かった! して、お戻りはいつになる?」
「3日後とのことです!」
「遅いわ!! 3日間も持たねえよ」
伝令は出口で部下から食堂のクーポン券をもらうとすごすごと退散した。
「次!」
そのあとも第一王子は次々と報告を処理し、部下がそれを修正していく。
「殿下! 王城の西側では狂信者達の隙をついて避難が開始されました」
「いいぞ、頑張れ。よし、次!」
「殿下! 暗黒竜が『新しい聖女はどこにいるのか』と尋ね回っております」
「俺も会いたいわ。 よし、次!」
「殿下! 宰相閣下が老眼鏡を見なかったかとお尋ねです」
「今それどころじゃねえわ! 次!」
「殿下! 王城の東側で、今年の騎士団員100人が選ぶ美人メイドで栄えある1位に輝いたコゼットちゃんが、狂信者にスカートをめくられました! 悔しいです!」
「なぬ? 何色だったのだ?」
「赤です! 赤の紐なんて解釈違いです!!」
「くっそう。男のロマンをなんだと思ってやがるんだ! 次!」
「殿下! 宰相閣下の老眼鏡が狂信者に奪われました!」
「もうその話は持ってくんな! 次!」
「殿下! 王城の西側、避難完了しました!」
「え? もう? ちょっとずるくない?」
とまぁ、こんな感じである。
だが、王城には第一王子よりももっと切羽詰まっている人間がいた。新しい聖女様だ。狂信者と不死者が競うように追いかけてくるのだから、無理もないと言えよう。しかも、先ほど暗黒竜が空に向かってドラゴンブレスを吐いているのも見てしまった。聖女様は必死の形相で逃げていた。
物陰に隠れては休憩し、居場所を見つかっては逃げるの繰り返しているうちに、どんどん追いかけてくる狂信者達の数が増していく。
「クソクソクソですわ! なんだか私ばかり追って来ているように思いますのよ」
正解です。みんなあなたを追っているのです。
というわけで、新しい聖女は、狂信者と不死者の大群を引き連れて王城内を爆走した挙句、「こいつさえいなければ俺たち助かるんじゃね?」と考えた城中の人によって追放されてしまった。
◇◆◇
翌朝、俺は田舎町のネクストタウンを発つ相棒を見送ることにした。
「まったく、どういう風の吹き回しだよ?」
元相棒は、町の入り口で待っていた俺に気が付くと顔をしかめて尋ねた。
「特に意味はないさ。強いて言えば、見送りに行ったらお前が嫌がるだろうと思ってな」
わざと朗らかに言ってやると、期待通り元相棒は嫌がった。
「うざっ! そんなくだらないことに使ってる時間があったら、早く新しい仲間のところに戻ってやれよ」
「……あぁ、そうだな」
元相棒が冒険者を辞めようとしていることは聞かなくても分かっていた。だから、本当はもっと色々と言ってやりたいことがあったのだが、いざ改まって話をしようとすると、どれも何か違うような気がするのだ。
俺たちに残された時間はあとわずかもないというのに、それきり会話は続かず、二人の間に沈黙が落ちた。
次に口を開いたのは意外にも元相棒だった。
「なぁ、最後に手合わせしないか?」
「はぁ?」
「昔よくやっただろ」
確かに昔はよくやった。それこそ冒険者学校時代から毎日のように二人で鍛錬していた。だが。
「嫌だよ! お前の剣はドワーフの業物、対する俺のは量産型の鉄の剣。俺の方がとてつもなく不利じゃん」
「まぁ、そういうな。一発ボコらせろ」
「誰が応じるか!」
「ほら、最後の記念だと思って」
「いい感じで省略してるけど、最後の記念にボコるって最低だと思うぞ?」
だが、元相棒がしつこく手合わせを願ってくるので、とうとう俺は根負けして、1回だけという約束で応じることにした。
俺たちはそれぞれ剣を構えて向き合った。互いに手加減はなしだ。
草原を一陣の風が駆け抜け、勝負は一瞬でついた。
え? どっちが勝ったかって?
それはもちろん……秘密だ。だってその方がおもしろいだろう? 俺のカッコもつくし。
〈つづく〉
これにて第一部は「終わり」です。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
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