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4.いざ、銀嶺山へ

 聖女様に白い翼が生えた。


 翼の生えた聖女様は、俺ですら天使が舞い降りたのではないかと思うくらい、外観だけは荘厳で美しかった。虹色の光がほのかに差しこんで来たときには宿屋の主人が手を合わせて拝み始めたくらいだ。


 だが、中身は残念聖女様のままだった。口の端からよだれが垂れている。


 さて、聖女様に酔い覚ましを飲ませたということは、宿屋の主人が鍵を開けてくれたということであり、宿屋の主人が鍵を開けてくれたということは、聖女様が俺のパーティーに加入したということである。


 では、どうやって聖女様の冒険者登録をしたのか。ネタを明かせば「なーんだ」と思うだろう。

 

 聖女様に「酔っ払い」に転職してもらったのだ。


 世界は広いもので、酔拳という武術があるくらいだから、「酔っ払い」というジョブもあるだろうと思って半分冗談で聞いてみたらあったのだ。


 ギルドでは申請書の記載内容に虚偽がなければ、欠格事由に当たらない限り申請を受け付けてくれる。そして、隣国の第一王子からギルドへの通達は「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」である。「酔っ払い」のリリアデルさんが申請してきた場合については特に記載がない。ということは冒険者登録をしても良いのではないだろうか。


 屁理屈もいいところだが、冒険者の独立と自治を謳うギルド設立の精神に鑑み、国家権力からの不当な圧力、もっと言えば極めて低度に政治的な理由から聖女様の冒険者登録ができないことに疑問と不満を感じていた受付嬢は、「酔っ払い」のリリアデルさんからの申請書(正確には俺が代理で申請したことになるが)を嬉々として受け付けてくれた。まぁ顔は相変わらず無愛想だったけどな。


 ちなみに、パーティーの加入届は、俺が回収しておいたのをそのまま使った。聖女様が俺との加入届引きの後に作成していたやつだ。


 本当はもっと真面目な方法も考えていたのだが、思いのほか受付嬢がノリノリで仕事を始めたので、あれよあれよという間に冒険者登録が済み、聖女様は俺たちのパーティーに所属することができた。


 もうちょっと本人の意思確認とかうるさいことを言われるのかなと思っていたのだが、本人の意思は夕方ギルドで暴れた際に十分確認出来ていると言われてしまった。

 まぁ、万が一、不満があるならいつでもパーティを脱退できるし、冒険者登録を抹消することもできるので、特に支障はないだろう。ご都合主義万歳!



 さっそく寝ぼけている聖女様に冒険者登録が出来たことを説明し、駆け出し冒険者の証である木製のカードを渡してやると、聖女様はぱっちりと目を見開き、花が綻ぶような笑顔を見せた。


 だが、ここまでの経緯とジョブ欄のこともしっかり打ち明けると、聖女様は平常運転で怒り始めた。


「このカードどういうことよ!? ジョブ酔っ払いって、あんまりじゃない!」


 うんうん、これぞ聖女様だ。あぁ、でもこれからは「酔っ払い」なんだよな。翼の生えた残念な酔っ払い……。なんかしっくりこないので、これからも便宜上聖女様と呼ぶことにしよう!


「それじゃぁ、準備も整ったし、ミル爺さんの待つ銀嶺山に出発だ!」


「いや、ちょっと待ちなさいよ! 他にもっと色々あったでしょう!?」


「色々って?」


「う、麗しの美少女とか? 天女とか天使とか? とにかくもっとマシなジョブがあるでしょう!」


 俺は吹き出した。


「めんごめんご。でも、自分で言うか「麗しの美少女」ってははっ、ダメだ。どうしても笑っちまう。あと、翼が生えたのは登録の後だから、天女と天使も無理だな」


 聖女様も自分で言ったもののさすがに「麗しの美少女」はないと思ったのか黙りこんだ。真っ赤になるくらいなら言わなきゃいいのにな。


 「酔っ払い」の必需品である酒の入った水筒を聖女様に渡して、さぁ! 出発だ!!


 と思ったのだが、俺の前には更なる障害が立ちはだかっていた。階下で相変わらず元相棒がふて腐れていたのだ。


 うーん、これは無視して出ていったら相当傷つくだろうなぁ。


 だが、聖女様は元相棒のことなんか知ったこっちゃない。はじめてのクエストにやる気を漲らせて「なにボサッとしてんのよ? 早く行くわよ!」と俺をせっついてきた。

 俺は少し迷ったが、宿屋の主人が「頼むからこいつも連れて行って」と目で訴えてきたのもあって、仕方なく声をかけた。


「なぁ、一緒に行かないか?」


「…………」


 返事はない。ふて腐れているようだ。

 仕方ない。ため息を飲み込んで俺は一芝居打つことにした。


「なぁ、オヤジ。そういえばそろそろ店じまいだろ? まだ会計してなかったよな? 今日の飲食代、聖女様の分も含めて支払うわ」


 俺がそういうと、宿屋の主人が愕然として言った。


「はっ! 忘れていた!!」


 いや、忘れんなよ……。


 呆れながらも元相棒の様子を密かに伺っていると、あいつはギクリとした後、ポケットやを一つずつゆっくりと確認し始めた。それを見て、俺は内心ガッツポーズする。


 ふっふっふ。俺は知っている。金の管理が苦手な元相棒がいつもジェシカに財布を預けていたことを。そして、先ほどジェシカが財布を返さずに出ていったことを!


 俺は棒読みにならないように気をつけて言った。


「お前も早く会計しろよ。オヤジが困ってるぞ!」


「……………ない」


 長い沈黙の後、奴は蚊の鳴くような小さな声でようやく言った。しっかーし、簡単に楽になれると思うなよ!


「あぁ〜ん? 何だって? 聞こえねえなぁ」


「…………」


 見かねた聖女様が「ちょっと、あんた。1分後に倒される雑魚悪役みたいになってるわよ」と言ってくる。例えに悪意を感じるがまぁいいだろう。居た堪れなくなった元相棒がようやく動いたからだ。


 元相棒は宿屋の主人の前に立つと、一振りの剣を突きつけた。あいつが大事にしていたドワーフの業物だ。


「代金はこれで支払う」


 元相棒はそう言った。


 え? なんだか思っていたのと違う方向に進み出したんですけどー!?

 おれの完璧な計画ではここらへんで元相棒が「金を貸してくれ」と言ってきて、俺が「仕方ねぇな、その代わり一緒に来いよ」というつもりだったのに!!


 あの剣はめちゃくちゃ高い。何せエルフのお姫様からもらったものだからな。国宝ではないだろうか。

 ちなみにあのときエルフのお姫様は俺にはクルミをくれた。イケメンは得だなと思いながら、クルミを齧った覚えがある。とにかく滅茶苦茶に硬いクルミで、しかもそれほど美味しくなかった。そういえば、その次の日血相を変えたジェシカが俺の口に手を突っ込んで来たので、ゲロゲロしてしまい引っ叩かれたこともあったっけ……。


 現実逃避はこのくらいにしよう。あれを売れば一財産だ。宿屋の主人は喜んで受け取るだろう。


 だが、


「そんな鉄の塊もらっても処分に困るだけだよ。ちゃんとお金で支払ってもらわないと困るんですよね」


 なんと、宿屋の主人が毅然とした態度で断った。俺は宿屋の主人を見直したね!


「鉄の塊だと!? お前の目は節穴か? エルフの国に納められていたドワーフの業物だぞ!?」


「いや、この平和な町で剣とかもらってもつっかえ棒にしかならんのだよ」


「馬鹿にしてるのか? もういい、この町に古物屋はないのか? そこで金に変えてもらう!」


「あいにくこの町に古物屋はないね。鑑定魔法を使えるのもドジっ子ニーナだけだよ」


 キターーーーーー! ここでまさかのドジっ子ニーナ選手、再登場だ!!


 今宵だけで何度我々を絶望の淵に落としてくれたことか。元相棒も興味ないですみたいな顔して先程のドジっ子ニーナの話をちゃんと聞いていたらしい。内股になっている。


「鑑定魔法を使った瞬間ロクでもないことが起こるんだろう!? やめろ! やめてくれ! これは俺の大事な剣なんだ。ドジっ子ニーナなんかに汚させるわけにはいかない……!」


 いや、そもそも売ろうとしたのお前だろ。

 

「それなら金を払ってもらわないと困りますねぇ、お客さん。ぐへへへ。」


 いやいや、宿屋の主人、キャラ崩壊してるよ? 戻って来て! 今ならまだ間に合うから!!


「くそっ! どうすればいいんだ!!」


 お前は素直にお金借りろよ!


「ドジっ子ニーナが鑑定魔法を使うと、何故か持ち主の一番恥ずかしい過去が暴露されるって知ってるか? 恥ずかしい姿を晒したくなければ、素直に金を支払うがいい。ちなみに俺は社会的に一度死んだ」


 うん、もういいわ。ツッコミ疲れたわ。俺早く銀嶺山に行きたい。


「おい、金を貸してくれ」


「分かったわかった。ん? 今お前なんて言った?」


「だから、金を貸せと言ったんだよ!」


 なぜ、金を借りる方が偉そうなのだ。俺は釈然としないものを感じながらも、最終的に計画通りに運んだことを喜ぶことにした。


「別にいいけど、その代わり、お前ちゃんと聖女様を護衛しろよ?」


「仕方ないな。一緒に行ってやるよ」


「だから、なんでそんなに偉そうなんだよ?」


 首をひねりながらも俺は元相棒とジェシカ達の飲食代を払ってやった。そしてセロ少年が駆け込んできてから30分後、俺たちもようやく銀嶺山の頂上に向けて出発することができた。セロ少年は心底心配そうに俺たちを見送ってくれた。


 道中、途中で襲ってきたコボルトや大蛇は、俺と元相棒の息の合わないコンビネーション技で問題なく倒すことができたし、山の麓の川は確かに橋が流されていたが、風魔法で切り出した丸太で即席の橋を作って事なきを得た。


 問題があったとすれば、聖女様が不安定な橋を渡るのを嫌がって、結界の応用で足場を作って川を渡ってしまったことくらいだろうか。そんなことができるのなら早く言って欲しかった。あの無駄な努力と時間を返して欲しい。


 とにかく俺たちは肩を並べて嵐の中を駆け抜け、あっというまに銀嶺山の頂上にたどり着いた。


 山小屋の窓から弱々しい光がもれている。俺は扉を乱暴に開き中に入った。


 ミル爺さんは、食卓のすぐそばに胸を押さえて倒れていた。


「聖女様、早く!」


「分かってるわよ! それからそこのあんた、外の井戸で水を汲んできなさい!」


 聖女様は元相棒に指示を出すと、ミル爺さんの傍にしゃがみ込み、脈を確認した。


「大丈夫、生きてるわ」


 よかった、なんとか間に合ったようだ。


 聖女様は息を整えてから、心臓のあたりに両手を置いて目を閉じ、治癒魔法をかけ始めた。




 しばらくして光が収まると、ミル爺さんは目を開けた。


「ワシは、助かったのか?」


 ミル爺さんは理解が追いつかないのかぼんやりと言う。聖女様が聖女のように微笑んだ。


「もう大丈夫ですよ。ゆっくりで構いませんから、私の手を握ってみてください」


 人を安心させる笑顔にミル爺さんは安堵したようだった。

 聖女様のチェックが終わってようやくミル爺さんに話しかけることができた。


「お孫さん、とんでもなく心配してたぞ」


「やはり、セロがあなた方を呼んでくださったのですか」


「あぁ、そうだ。最近体調悪かったのか? これからはきちんと医者にかかれよ」


「いや〜、実は今月発売の写真集「小悪魔サキュバスちゃんのドキドキ人妻大作戦」が手に入ってですな、興奮しすぎてついうっかり。あっ! 冒険者殿もみられますか? エロいですぞ〜」


 そう言ってミル爺さんは胸元から写真集を取り出した。


「いらんわ! 一回死んで蘇ってセロくんに詫びろ!」


 俺は写真集を取り上げて怒鳴りつけた。


 

 そして、いつの間にか雨が止み、東の空が白み始めた頃、ジェシカ達がアーヒラ先生を連れて山を登ってきた。


 念のため、アーヒラ先生にも診てもらっていると、ジェシカが俺と聖女様の横にやってきて聞いた。


「山小屋の外で、あの男がひたすら井戸から水を汲み上げていたのだが、気でも触れたのだろうか? 私達が原因でああなったのなら、アーヒラ先生に診てもらうべきかと思うのだが、どうだろう」


「「やばっ」」


 俺と聖女様が同時に言った。すっかり元相棒のことを忘れていた。俺は慌てて水を汲み続けている元相棒を呼びに走った。


 その後、セロ少年もミシェルと一緒に銀嶺山に帰ってきた。ミル爺さんに抱きついて甘えるセロ少年を見ていると、疲れが溶け出ていくようだ。


 よかったな!


 俺が親指を立てて見せると、セロ少年も照れ臭そうにしながらも同じように親指を立てて笑った。


 そして、緊急クエスト達成のサインをもらい、別れの時が来た。セロくんとミル爺さんが山小屋の前で見送ってくれる。


「おじいちゃんを助けてくれてありがとう! 冒険者ってかっこいいなぁ。ねぇ、お兄さんの名前を教えてよ?」


 セロ少年が俺を見上げて尋ねた。


「名乗るほどのもんじゃねえよ」


 そういうと、俺たちはセロ少年とミル爺さんに別れを告げ下山したのだった。

おいおいおい、俺に名前がないだって? そんな馬鹿なことがあってたまるか! 名前を出さないのは自信の無さの現れという設定だったから、いらないと思った!? 吾輩は猫であるってか? 名前はまだないとか言ってんじゃねーぞ。あれは確か最後まで名前なかったからな! ふざけんな! とにかく俺に早く名前をつけてくれ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 続きが気になって気になって夢中でページをクリックしてしまいました。純朴なセロ少年の保護者がどこにでも居る(居ても困る)スケベ爺さんだとわかり、自分もスケベはほどほどにしようと自戒しつつ楽し…
[良い点] ずっと名前がなかったのだからナナシでいいのでは?
[一言] 悪魔以上にヤバい奴らを仲間にしてたんでソロモンとか?
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