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3.嵐の夜の緊急クエスト

 俺がちびちびとブラッドオレンジジュースを飲んでいると、外の雨はさらに強くなってきた。

 明日に備えてそろそろ寝にいこうかと思った時、ずぶ濡れの少年が食堂に飛び込んできた。濡れた髪が顔に張り付き、息も切れている。この嵐の中、相当な距離を走って来たようだ。


 宿屋の主人は、この少年と面識があったらしい。カウンターから身を乗り出すようにして言った。


「ミル爺さんのところのセロじゃないか! いったいどうしたってんだ!?」


 セロ少年は宿屋の主人が差し出した水を飲む干すと、顔を上げてすがるように言った。


「じいちゃんが、胸を押さえて倒れちゃったんだ! お医者様を呼ばなきゃと思ってここまで走って来たんだけど、病院が閉まってて……。もし、おじいちゃんが、し、し、死んじゃったらどうしよう……!」


 びっくりした宿屋の主人は「まずいなぁ」と言うばかりで頼りにならない。俺は堪らず少年に声をかけた。

 

「滅多なことを言うもんじゃない。けれども、よくここまで走って来たな。偉いぞ」


 少年の肩に両手を乗せて目線を合わせてやると、こらえきれなくなったのか少年の目から涙がこぼれ落ちた。ハンカチを取り出し、顔についた泥のついでに涙も拭ってやる。


 そして俺の他にもう一人、食堂の隅にいたローブの集団の中から女性が進み出た。


「その通りだ少年。あとは我々に任せなさい」


 ローブを脱ぐと現れたのは燃えるような赤い髪に、二振りの剣をさした女剣士だった。だが、何より目を引いたのはその鍛え抜かれた体だった。やや露出の多い服の間から見える腹筋は、はっきり言って俺より見事だ。

 

 ん? こいつどこかで見た顔だな。女で双剣で赤毛? というかこの見事すぎる腹筋?


「あーーーーーーっ! お前、ジェシカじゃないか!?」


 思わず腹筋を指をさして叫ぶと、赤髪の女──ジェシカは苛立たしげにこちらを見た。


「指をさすな! まったく、相変わらず失礼極まりない男だな」


 外見はもちろん喋り方までまるで違うが、この赤毛の女剣士は、俺が元いたパーティーのメンバーだ。元相棒がはべらしていた美女の一人といった方が正しいだろうか。


 ジェシカは豊満なわがままボディを自慢にしていたが、つい半月ほど前に、暗黒竜の少女に脂肪を筋肉に変えられた。


 あの時は、筋肉の付いている箇所がおかしくてバランスも悪かったが、今は昔とは違う意味で抜群のプロポーションを誇っている。この短期間で鍛え直し、自前の筋肉まで備えたとでもいうのだろうか? 眩いばかりの肉体美だ。


 他の4人も立ち上がってローブを脱ぐとこちらに来た。5人とも以前より筋肉量が増えており、薄暗い食堂が輝かんばかりの筋肉で溢れた。なんだか暑苦しいぞ。


 ただ、美女軍団の全員が居るわけではなさそうだ。ここにいるのは全体の3分の1といったところか。後の奴らは田舎にでも帰ったのだろうか?


 あと、元相棒は不貞腐れた顔で食堂の隅に座っていた。こちらを意地でも見ないようにしているが、美女軍団が以前よりも自信たっぷりなのに対し、元相棒は完全に自信を喪失しているようだった。


 聞きたいことはいろいろあるけど後回しだな。今は目の前の問題に集中すべきだ。俺は頭を切り替えて、宿屋の主人に聞いた。


「それよりこの町に医者はいないのか?」


「昔はいたんですが、つい先月亡くなったんです。ここから一番近いお医者様と言ったら、マーデカイの街のアーヒラ先生ですが、走って行っても3〜4時間、馬を乗り継いで行っても1時間ちょっとはかかります。それにこんな嵐の夜に来てくれるかどうか……」


「僕の家は、銀嶺山の頂上なんだ。ここからさらに30分はかかるよ。しかもこの大雨で僕が渡った後、山の麓の橋が流されちゃったんだ」


 それを聞いたジェシカが眉間に皺を寄せて宿屋の主人に尋ねた。


「では、薬師はいないのか?」


「ドジっ子ニーナなら、この町にいるんですが……」


「なんだそいつは? 不安しか感じないぞ!?」


 不穏な単語に俺が思わず口を挟むと、セロ少年も顔をしかめていった。


「ニーナ姉ちゃんはダメだよ。この前調薬を間違えて、メトトアおじさんの股間にキノコを生やしたって聞いたもん」


 股間にキノコだと!? ……ドジっ子ニーナ恐るべし。


「ほ、他にまともな薬師はいないのか!?」


 ジェシカが顔を真っ赤にして叫んだ。


「いたらドジっ子ニーナの名前なんてあげませんよ! なんてたってニーナはねぇ、生えて来たキノコをキッチンバサミでちょんぎったんですから! しかもそのキノコでキノコ鍋を作って欲しいと私のところに持ってきたんですよ!」


 宿屋の主人も負けじと言い返すが、誰もそこまで聞いていないぞ! 思わず内股になってしまったじゃないか!


 内股のまま、俺は必要事項を確認した。


「時間がないな。少年、治療代とクエスト依頼料はあるか?」


「もちろんだよ、じいちゃんのへそくり全部持ってきたもん!」


 セロ少年は、硬貨のつまった布袋を鞄から取り出してみせた。


 そうか、全部か……。ミル爺さんとやら、相当ため込んでたんだな。孫のためだったのかもしれない。だが、これで問題なくことを進めることができる。


「よし。そんだけあれば問題ない。おい、ジェシカ、誰かギルドに走らせろ。夜勤がいるはずだから緊急クエストの準備を頼むと言えば伝わる。」


 だが、ジェシカが口を開く前に、すぐ後ろにいた金髪の女がローブをもう一度すっぽりと被り、嵐の中ギルドに走っていった。あれは確かミシェルだ。ジェシカと並ぶ古株で、以前はとにかく反抗的で俺の言うことには絶対に従わなかったのに……。俺は少し感動していた。


 人間っていうのは面白いよな。先天的なものであれ、後天的なものであれ、人間の(さが)っていうのはそう簡単に変わるものではない。性格を変えようと思ったら、何年もかけて行動を変え、習慣を変え、考え方を変えていかなければならない。だけど、時々たった一つのきっかけで雷に打たれたように劇的に変わることもあるのだ。


 こいつらは「きっかけ」を掴み、既に変わったんだな。「いい女になったなと」と褒めたらセクハラで訴えられるだろうか?


 対して、俺はこれから長い時間をかけて変わっていかなければならない。あの様子を見るに、俺の元相棒もだ。


 ジェシカ達を見ると、すでに地図を囲んでマーデカイの街までのルートを確認している。今のこいつらとなら、協力体制を築けるのではないだろうか。そう思って俺は声をかけた。


「ジェシカ、手を組まないか? 俺に策がある」


 だが、ジェシカは俺の方を見もせず即答した。


「断る」


「おい、今優先すべきは人命だろ!? せめて中身聞いてから答えろよ」


「そうだ。だが断る。お前がいると必ず不運に見舞われる。これでは助けられるものも助けられない」


 なんと、美女軍団の俺への塩対応は全然変わっていなかった。俺の感動を返せと言おうと思ったが、俺自身が変わったとはいえない以上、今ここで重ねて頼むのは無意味なように思える。勘でしかないが、ジェシカは絶対に首を縦にはふらない。


「アーヒラ先生が街にいるか分からないし、いたとしても一緒に来てくれるとは限らない。お前はプランBを準備してろ。その……頼りにはしておいてやる」


 後半ジェシカが珍しくもごもごと言った。


「ごめん、最後なんて言ったんだ? 聞き取れなかったからもう一度言ってくれないか?」


「別に何でもない。お前はお前で動けと言っただけだ!」


 ジェシカが素っ気なく言った時、食堂に無愛想な受付嬢が入ってきた。すでに就寝していたのか、ピンクのナイトキャップをかぶっている。俺の意識はジェシカからピンクのナイトキャップに持っていかれた。


「依頼者の方はそちらの少年ですね。依頼内容と成功条件、そして報酬を確認します。さぁ、こちらへ」


 ピンクのナイトキャップをかぶった無愛想な受付嬢は、セロ少年に確認を取りながら、素早く依頼書を完成させた。


「ネクストタウンのギルドはここに緊急クエストの開始を宣言します!」



 受付嬢の掲げた依頼書にはこう書かれていた。


【緊急クエスト:僕のおじいちゃんを助けて!】

依頼者:セロ

依頼内容:セロの祖父ミルに適切な治療を受けさせる。

報酬:おじいちゃんのへそくり、からお医者さんへの支払いを引いた全額(ギルド注・おおよそ銅貨150枚と見積もられますが、あくまで目安であり、保証はしません)

成功条件:ドジっ子ニーナの薬を使わないこと。ミルが一命をとりとめること。

注意事項:緊急クエストのため、貢献度に応じてクエスト参加者に報酬を分配します。



 緊急クエストが発令されると、ジェシカ達は一番乗りで緊急クエストへの参加を表明した。そして、食堂を出て行く直前元相棒を振り返り、まるでこれが最後というようにじっと見つめた。


「本日この時をもって私たちはパーティーを抜けます。今までありがとう。さようなら」


 ジェシカはそれだけ言うと、嵐の中に飛び出して行き、二度と後ろを振り返らなかった。



  〜完〜


 って、ちょーーーーと待った! いやね? ジェシカなんだかカッコよかったよ? カッコ良かったけどさ、後に残された俺たちどうすればいいの!? あいつにどう接したらいいの?


 元相棒、落ち込みすぎちゃって、目の焦点あってないし、なんなら口から魂出てるよ! 


 セロ少年は怯えてるし、宿屋の主人は困ってるし、受付嬢なんか無愛想だよ! あっと、受付嬢はいつものことだな! 俺までおかしくなってきたぜ!


 くそっ! とんでもない貧乏くじをひかされた気がする。


「おい、オヤジ!」


 俺が呼びかけると、宿屋の主人はビクッとした。それを無視して問う。


「酔い覚ましはあるか?」


 宿屋の主人は、食堂の隅にいる生きる屍をなんとかしろと言われなかったことに、安堵したのかホッと一息ついてから「もちろんありますよ」と答えた。


「ただ、この薬はうっかりバーサの作った薬でして……」


「うっかりってなんだよ! 今度は飲んだら何が生えてくんだよ! この辺りにまともな薬師はいないのか?」


「バーサはドジっ子ニーナの祖母なんです。ニーナは世界一周旅行に出かけたバーサの後を継いだばかりでして」


「なお悪いわ! 諸悪の根源じゃねぇか!」


 叫びすぎて喉が痛い。


「酔い覚ましの方の効果は間違いありません」


「酔い覚ましの方ってなんだよ、方って。他に効果があるって疑っちまうだろ!」


「…………おかげさまで、うちの宿で深酒をする方はいても暴れる方はいらっしゃいません」


「もういい、それを売ってくれ」


 そう言うと、宿屋の主人は「本当にいいんですか?」と何度も確認しながらも

酔い覚ましを売ってくれた。

 

 薄い菫色に黄色のマーブル模様が浮かぶ怪しげな水薬(注・酔い覚まし)を受け取ると、俺は水薬を出来るだけ見ないようにしながら2階に向かった。


 もちろん、水薬を聖女様に飲ませる(人体実験)ためである。


 説明しよう! 俺だって別に人体実験をしたいわけでも夜中にレディの部屋に押し入りたいわけでもない。だが、聖女様なら昼間俺の腕の傷と複数の骨折箇所を治したように、ミル爺さんの胸の痛みも治せるはずなのだ! そしてそのためには聖女様の酔いを覚まして連れて行く必要があるというだけなのだ。俺は決してマッドサイエンティストでも変質者でもない! 良い子のみんなは分かってくれるよな!


 むろん、レディの部屋に夜半に一人で立ち入るわけにもいかないからな、無愛想な受付嬢と宿屋の主人にも同行を頼んだ。


 聖女様が泊まっている部屋の扉をノックしてみたが、返事はない。寝ているようだ。悪いと思いつつも緊急事態だと言い訳して、ドアノブを回す。開かない。

もう一度ドアノブを回す。やっぱり開かない。


「開けてもらっていいか?」


 俺は宿屋の主人に頼んだ。


「いやぁ、うちは同じパーティーに所属する人から頼まれたんじゃない限り、他のお客様の部屋を開けたりしませんから」


「いや、言ってることはよく分かる。分かるけど今は非常事態だろう! そこをなんとか頼むよ!」


 俺は必死になって頼んだが、宿屋の主人は首を縦には振らなかった。


「特にいかがわしい薬を飲ませることが分かっていながら、鍵を開けることなんてできませんよ!」


「お前が持ってた薬だろ!!」


 俺は渾身のツッコミを入れてから、無愛想でピンクのナイトキャップを被ったままの受付嬢を振り返り小声でゴニョゴニョと尋ねた。受付嬢はふむふむと頷くと、「お任せください!」と胸を叩いて準備にとりかかった。

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[良い点] 今回も楽しく拝読させていただきました!特にドジっこニーナの薬の話は声を上げて笑ってしまいました!コメディ色がシリアスなセロ少年の事情を上回る勢いで、山を下りた少年のクエスト発注なのに、お話…
[良い点] 主人公が自然に現実逃避しつつも、若干戻ってきてくれるところ。 [一言] 短編とても面白かったので、続き嬉しいです! 無表情で仕事のできる()受付嬢さん大好きです。 暑い日が続きますが、熱中…
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