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2.追放された聖女

「なーんで、この私が冒険者登録できないのよ。あいつら、どれだけ私に助けられたと思ってんだー!」


 聖女様が手に持ったジョッキを叩きつけるように置いて言った。


 聖女様はかなり酒癖が悪かった。隣国とはいえ、尊敬される聖女様のこんな姿知りたくなかったなぁと思いつつ、聖女様に見つからないよう、ジョッキに水を足してお酒を薄める。


 ギルドで冒険者登録を断られてから数時間。聖女様はやけ食いとやけ酒をつづけ、今や紛うことなき酔っ払いにジョブチェンジしていた。今ならジョブ「酔っ払い」で、冒険者登録できるんじゃないかと思ってしまう。


 ちなみに、魔王と邪神は喉が焼けそうなほど強い酒をまるでジュースでも飲むように流し込み、俺と暗黒竜の少女はジュースをさもお酒であるかのように飲みながら、聖女様の話を聞いていた。


 ギルドで無愛想な受付嬢から聞いたことと本人が酔っ払って愚痴っていることをまとめると、つまりはこう言うことだ。


 聖女様は隣国で小さな頃から聖女として厳しい教育を受けて育った。魔物を寄せ付けないよう国を覆う結界を張ったり、休む間もなく病人を癒したりとずっと頑張っていたそうだ。そして、聖女としての功績と国民的な人気を認められ、数年前に第一王子と婚約した。

 二人の仲は、まぁまぁうまくいっていた。だが、1年ほど前、隣国でもう一人聖女様が見つかったころから歯車が狂い始めた。新しい聖女はあまり強い力を持っていないがとても可憐で、第一王子は新しい聖女に惚れ込んだ。

 そして、つい先日。第一王子は元いた聖女が新たな聖女を妬んで追い落とそうとしたと騒ぎ立て、婚約を破棄するとともに、元いた聖女を追放したのだとか。まぁ、よくある話だな(いや待てよ、これってよくあっていいことなのだろうか?)。


 しかも、第一王子はご丁寧にも国内外の関係各所に元いた聖女を助けたり匿ったりしないようにと通達したらしい。

 通達はこの国のギルドにも来ていて、聖女様が冒険者登録を断られたのはこのためだそうだ。無愛想な受付嬢が謝っているところを俺は始めて見た。


 魔王と邪神と暗黒竜が冒険者になれて、追放されたとはいえ仮にも聖女様の申請が却下されるとか、冒険者登録制度はこれで大丈夫なのだろうか?


 まぁ、俺にはどうしようもないことだけどな。



 外は大雨で、時折雷もなっている。こんな嵐の晩に出歩く町の人間はいない。食堂では俺たちの他にはフードを被った怪しげな集団がいるだけで、ヒソヒソ声で陰気な話し合いをしていた。

 フードの集団はこちらを気にする様子もないので、俺は早々に聖女様に喚かないよう注意するのを諦めた。


「あんなぶりっ子のどこがいいのよ? 甘ったれた声を出しちゃってさ!」


「ぁー……、それは声が聞こえてくるだけで耳障りで腹立つよな」


「腕を掴んで胸を押し付けるとか下品なのよ!」


「あーー……、それは目の前でやられるとイラッとするよな」


「あんた、本当にそう思って相槌打ってんの? 適当に聞いてるんじゃないわよ!」


 俺は一生懸命話を聞いてやってるのに、聖女様が疑いの目を向けてくる。これでも一応、実体験に基づいてコメントしているつもりなのだが……。

 元相棒と美女軍団を思い出したくなくて、俺は話題を変えることにした。


「いやでも、新しい聖女様を妬んで追い落とそうとしたなんて、言いがかりもいいところだよなぁ」


「あ、いや、それ自体は事実」


「事実なのかよ!? 冤罪かと思って同情したわ!!」


「仕方ないじゃない! ヤらなければヤられる。そういう段階に来てたのよ」


 聖女様はそういうとプイっと横を向いてしまったが、俺は目玉が飛び出るほど驚いたぞ。虫も殺さぬ風情なのに、詐欺もいいところだな! 二人とも今すぐ聖女の資格を返上しろ!! そして歴代の聖女様方に謝れ。

 

 俺の穏やかならぬ心中をよそに、暗黒竜がどこかワクワクしながら尋ねた。


「ねえねえ、もしかして、新しい聖女の子をいじめたりしたの?」


「あったりまえよー、ひっく、私を誰だと思ってるの? いびり倒してやったわよう!」


 その答えに暗黒竜が歓声を上げるが、コラ、喜ぶんじゃない!


 続いて邪神もどこかドキドキしながら尋ねた。


「元いた聖女様は新しい聖女様の至らぬところを指摘することはあっても、注意する内容自体はごく当たり前のことで、どんな時も優しく諭していたと、風の噂で聞いたのですが、違うのですか〜?」


「あぁ、それは私が流した噂だわ。もちろんバレるようなドジは踏んでないけどね。だから、あの女はね、証拠を後からでっちあげたのよ! 私がせっかく完璧に処分したのに全くおんなじ物を作りやがったの。最低よね?」


 最低なのはお前だろう!

 というか、こいつ、追放されて当然じゃね?


「それで、今其奴らはどうしているのだ?」


 魔王が尋ねると、聖女は悪い笑みを浮かべて言った。


「実はね〜、さっき、国を守るために張っていた結界を解除しちゃったの。もう何日も祈りも捧げていないし、あの女にはこの規模の結界は維持できないでしょうから、今ごろ、魔王軍が攻め込んだり、邪神の狂信者達が街中で人を襲ったり、暗黒竜の襲撃にあったりしてるんじゃなぁい? ざまあみろ!! うけけけけ!」


 え? お前ら隣国を襲撃するのか?


 気になって、思わず目で問いかけると、3人とも「ないない」と顔の前で手を振った。


 そうだよなぁ、ないよなぁ。俺の中で、聖女様の残念度が1上がった。


 隣国が滅茶苦茶になっている様子を妄想して不気味な高笑いを続ける聖女様に憐憫の目を向けていたのだが、今度は突然聖女様が泣き始めた。


 泣いている聖女様はもっと不憫だった。そうか、第一王子のことは別に好きじゃなかったけど、騎士団長のことは好きだったのか。突如始まった恋話(こいばな)に暗黒竜と邪神は食いついた。根掘り葉掘り事情を聞いて楽しそうだ。

 聖女様はしばらく騎士団長にもう会えないと思うと辛いとくだを巻いていたが、そのうち泣き疲れて眠ってしまった。


 宿屋の主人に聞いたところ、聖女様もこの宿に泊まっているらしい。暗黒竜がお姫様抱っこで聖女様を部屋に運んで行った。やれやれだぜ。


 暗黒竜はすぐに戻ってくると上機嫌で俺たちに言った。


「今日もなんだか楽しかったね!」


 聖女様が語った昼ドラも真っ青なドロドロ愛憎劇が随分お気に召したようだ。俺もまさか、新旧の聖女様が第一王子そっちのけで64歳の騎士団長(妻子持ち)の関心を引くために1年近くバトってたとは思わなかったわ〜


「なんというか、第一王子かわいそうだったな」


 それ以外にコメントが思いつかない。


「うん! じゃあ、そろそろ門限だから、私は帰るね!」


「おう、気をつけて帰れよ!」


 俺たちは手を振って暗黒竜を見送った。

 暗黒竜は未成年なので、両親から夜は必ず帰宅するようにと言われているらしい。夕方になると巣に帰り、朝になると戻ってくる。音速を超える速さで飛ぶことができる暗黒竜ならではの冒険者スタイルだが、これはこれでアリだと俺は思っている。

 まぁ、「働き方改革」ってやつだな!


 ちなみに毎朝、だいたい俺たちが朝食をとっている頃に現れるので、そこで二度目の朝食を食べるというのがここ最近の光景だ。ついでに「太るぞ」という言葉を目玉焼きと一緒に飲み込むのも毎朝のお約束になっている。


 暗黒竜の姿が夜の闇に消えて見えなくなると、邪神が申し訳なさそうに言った。


「あの〜、すみません。実は宗教戦争が勃発したらしくてですね。今晩あたり、ちょっと煽りに行ってきてもよろしいでしょうか?」


「行くのはいいが、煽っちゃダメだろ?」


 俺がそう言うと、邪神はつかみどころのない笑顔で誤魔化した。深く尋ねるのはやめておこう。俺は心の中で狂信者の皆さんに深く同情した。

 

 「では行ってきます」と手を振って邪神が転移すると、続いて魔王も申し訳なさそうに言った。


「実は魔王城に勇者が来ているらしいのだ。部下たちが早く帰って来てくれと煩くてな、一度帰っても良いだろうか。リーダー直伝のカレーライスを振る舞ってもてなしたいのだ!」


「俺は一人でも問題ないから、帰っていいぞ。まぁ、魔王にカレーライスを振る舞われる勇者の方は問題を感じるかもしれんが、食べてもらえるといいな」


 俺は見知らぬ勇者にも深く同情しながら言った。実は魔王、はじまりの森の復旧工事中に俺が作ってやったアウトドア料理にいたく感動し、自炊に凝りだしたのだ。俺が貸してやった「ザ・男の料理 〜もう妻や子供に微妙な顔をさせない100の鉄則〜」を暇さえあれば読み耽っている。そういえば、昨日は熱心にシーフードカレーのページを見ていたな。


 料理の腕はまだまだだが、弟子が頑張ると言ってるのだから、応援してやるのが師匠たる俺の務めってもんだろう。骨は俺がしっかり拾ってやるからな!


 魔王は満面の笑みで移転して行った。あぁ、守りたいこの笑顔。



 酒場に戻ると、隅にいた怪しいローブの集団はいまだひそひそと話し合いを続けていたが、先ほどまでの喧騒(主に聖女の喚き声と暗黒竜の笑い声だが)が嘘のようだ。


 一人で夜を越すのはいつぶりだろうか? 


 俺は飲み直したい気分になって、追加でブラッドオレンジジュースを頼んだのだった。

次話「嵐の夜の緊急クエスト」お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 実は悪女も裸足で逃げ出すような聖女戦争だったことをコメディに仕立てた先生の巧みな文芸に脱帽です。すっかりこのシリーズの大ファンになってしまいました!あと魔王が自炊に凝りだしたと言うところが…
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