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魔法が解ける時


 殿下と、背後から呼んだエルピスの舞踏会の為のコーチをしてる淑女だった。国内で一番優秀で、厳しいとされるマダムだが何か問題があったのだろうかとディルは思う。やはり2週間は無理だったか。ディルは尋ねる。


「エルピスのことか?」

「え、ええ……そうなんですが……」


 躊躇うマダムを見て溜息をつく。だが結果はディルの予想とは正反対だった。


「申し訳ありませんが、もう彼女に教えることはございません」

「何?」


 鋭い視線で再び問うが答えは、マダムはびくりと身体を震わせる。だが答えは同じだった。


「エルピス嬢はまるで最初から知っているかのように、マナーもダンスも完璧でした。信じられないなら是非、彼女と踊ってみて下さい。あんなに優雅に踊れる方はそうそういません」

「そうか……分かった。確かめてみよう。レッスンは今日限りで切り上げて良い。最初に契約した報酬はクレイトーレから受け取ってくれ」※攻撃しちゃダメー:(;゛゜'ω゜'):


 ディルは半信半疑でレッスンルームに向かった。そこには華やかな黒いドレスを着たエルピスがいた。何か読んでいた。童話のようだった。懸命にその文字を追っている。そういえばストリートチルドレンと言っていた。読み書きできないのかもしれない。でもそれより重要なのはデビュタントとしての社交界デビューだ。ディルに気付いたエルピスが本を置いて立ち上がる。


「ディル。どうしたんですか?」

「どうしたかはこっちの台詞だ。お前本当にちゃんとした形で社交界デビューできるのか?」

「はい。なので文字の読み書きの練習をしていました」

 

 苦笑するエルピスだが、苦笑すべきはそこではない。

 ディルは手を差し伸のべる、不思議そうな顔をするエルピスは、何も言わないディルを見て察した。手を添える。視線が交わる。そこから美しいエルピスの爪先が円舞し、ディルにエスコートされるままにドレスの裾を翻す。翠の目はしっかりとディルの目を見て微笑みを絶やさない。華奢な腰はそれ以上肉付きなど必要ないほど、ほっそりしているように感じた。手をとって回り、そのほっそりした足はディルの足を踏むことなく、優雅にディルの動きに身を任せる。

 これまで踊ってきたどんな女性よりも滑らかで、美しいステップを踏むダンスだった。目が合うたびに不思議な魅力にとらわれる。

 ダンスが終わり、互いに目を合わせる。


「……踊れるじゃないか」

「踊れないとは言ってません。ただ自信がなかっただけです。それよりディル。読み書きを教えて下さい」

「断る」

「社交界で困るかもしれないじゃないですか」

「話術があれば大丈夫だ。その点についてはお前を信頼している。それより覚えるべきことは『暗号』だ」


 目を丸くするエルピスにくつくつと笑う。ダンスから暗号なんて思いもしなかった、という顔をしていた。こういう間抜けな顔を見るのが愉快だ。ディルは手の形で暗号を示していく。


「これが『グレー』、これが『黒』、これが『白』。『グレー』は確証はないが怪しい、『黒』と『白』はそのままだ。そして『赤』。危険な状態だ。お前、『赤』と指示された時、何を想像する?」

「……危険……相手が武器など所持している場合ですか?」

「正解だ。だが他にもある。テロ……会場を爆破するなどだ。暗殺も入る。兎に角、可及的速やかに動かねばならない緊急事態だと思ってくれてくれて良い」


 そこまで言うとニヤリとディルは笑った。もう一曲というように手を差し伸べて。


「さぁ、お前の華々しい社交界デビューだ。目的は一つ。違法銃器の流出の可否だ」




***




 社交界のきらめき、華やかさ、色とりどりのドレスに装飾品。

 そんな中、エルピスは漆黒のマーメイドラインのドレスを着て、ディル──もとい「ウィンストン・ディル・オ・オークス男爵」と優雅に歩いていた。ディルの双眸は蒼い。エルピスはメイクアップアーティストに化粧を施され、素朴な女性から美女へと変わっていた。大人びていて艶美な色香を漂わせ、カラス仮面をつけた美青年と腕を組んで歩いていると、誰もがその麗しい男女に目を向ける。


『いいかエルピス。お前の初仕事は簡単な情報収集でいい。武器の密輸入の証言だ。余計なことはするな。それと常に俺の視界にいろ』


 ひそひそと確認するようにディルが言う。エルピスは頷く。そこに野太い声が飛び込んできた。


「オークス男爵!」


 振り返ると肥えた男がにやにやと下卑た笑みを浮かべていた。


「そちらの女性はデビュタントですな? こんなお美しい女性、存じ上げませんでした」


 言うなり男はエルヒスの手の甲にキスをする。それが気に食わないとディルは眉根を微かに寄せる。脂ぎった手でエルピスに触れることが許し難くて、さりげなく男とエルピスの間に立つ。


「ノルパン子爵ではありませんか。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」※ラリってますorz

「いえいえ、お気になさらず。オークス男爵。しかも男爵もやりますなぁ。こんな美しい女性を共にするとは。一体どのような手を使ったのか。ああ、でも男爵は偶然鉱山を見付けたようで。まったく、運に恵まれておりますなぁ」

 

 にまにまと下卑た言葉で言う子爵は明らかな侮辱だった。エルピスの手が黒い光を微かに帯びる。ディルはすぐにエルピスをたしなめる。黒のエレメンツは緊急時以外は、使っても僅かなものだと言っておいた。エルピスの力が知られれば厄介だ。この社会だけでなく、世界にも知られてはならない。

 ディルは男爵らしく、子爵を敬うように言う。


「はい、本当に恵まれております。我が家は歴史が浅いものですから、歴史あるノルパン子爵が羨ましい限りです。最近では製鉄事業に関心をもたれているようで、その向上心には感服させられます」

「ふむ。オークス卿もいつかは様々な事業に手を出すと良いだろう。ただしその時は他の女性にも手を出さないようにな!」


 ガハハと笑う子爵に対し静かな怒りをたたえていたディルは、素晴らしい笑顔を貼り付けていた。普段のディルだったら首を落とすだろうとエルピスは思う。


「それではノルパン子爵様。私はユン伯爵にご挨拶に伺います。エルピス。お前は男爵様とお話しし、色々なことを学びなさい」


 そう言うとディルは心底暗い怒りを抱えながら伯爵の元へと向かった。どうやらここからがエルピスの仕事らしい。エルピスは笑顔を浮かべる。


「彼が言ったように子爵様。少しの間お話してもよろしいでしょうか?」

「貴女のような美人だったら是非!」

「お褒めのお言葉ありがとうございます。そういえば先程、製鉄事業に関心をもたれているとのことですが、どうして製鉄事業に?」


 とても気になりますわ、とエルピスが耳元で囁く。すると男爵は歓喜を露わにして、小声でエルピスへと言う。


「これは貴女だけの話なのだが……鉄はあればある程、今後必要になってくるのです」

「あら? それは何故ですの?」

 

 とぼけたふりをしてエルピスが問えば、子爵はきょろきょろと辺りを見渡す。


「貴女にこれ以上言ってもいいものか……」

「いやですわ、子爵様。私の家は男爵風情。何を聞いても何を言っても誰も聞いてくれませんわ。それに私と気品ある子爵様だけの秘密……そうすれば良いではありませんか? 実は私、もっと良い暮らしがしたいんですの……ですから子爵様のお力が必要なのです。お力添えがありましたら、戯れに触れ合う……なんてことも」


 そこまでエルピスが言うと子爵も興奮し、そして納得がいったのだろう。本当に秘密だぞ、と念を押して子爵は言った。


「実は……ユン伯爵と『事業』をしていてな。その『事業』で出来た『道具』を海外に流すことで莫大な富を得るのです」

「あら、だからその『道具』に鉄が必要というこなのですね。それって勿論……『撃つ』ものかしら?」

「勿論。聡明な方で助かりますな」

「ありがとうございます。けれど、本当にとても魅惑的なお話だわ……是非、私も加わりたいものです。ああ、少し彼と相談してきますわ。あの人、見てくれだけでちっとも頭が働かなくて困りものなの」


 にっこりと子爵に笑顔を残してエルピスはディルの元へと向かう。

 事業、違法銃器の作成。道具、銃器。撃つ、という単語。

 エルピスはすぐに手の形で暗号をディルへと送る。

 気付いたディルはさりげなくユン伯爵へと向かい合う。エルピスもその傍に立つ。気付いたユン伯爵が「おやおや美しいレディだ」と言うと、再び手に唇をつけた。急にまたディルの機嫌が悪くなるのをエルピスは感じる。この異様な機嫌の悪さから見て、伯爵にも散々コケにされたのだろう。ブロンドの伯爵は手を差し伸べると、エルピスにダンスを申し込んだ。


「美しいレディ、どうか私と一緒に────」


「おや」


 からん、とその場に懐中時計が落ちる。ディルはそれを拾い上げた。邪悪な笑みを美しい顔で押し止めていた。


「残念。もう魔法の解ける時間のようですね」

「? 何を言って──!?」


 ディルが見せた懐中時計の上蓋には、公爵家の紋章──ノヴァーリス公爵の紋章が刻まれていた。

 それがどういう意味か分かったのだろう。圧倒的な身分の差に恐れおののく。


「ノヴァーリス公爵様……! まさか、そんな」


 真っ青になるユン伯爵を前に、ディルは無邪気に、にっこりと笑った


「少し悪戯が過ぎましたね。公爵が身分を隠すとこんな目にあうとは思いませんでしたよ。──ね? ボルディナ・フォン・ユン伯爵」


 爽やかな、けれど邪悪な笑みでディルは言い、その人を殺しそうな目で小太りの子爵を見た。


「それと、ノルパン子爵……といったか。随分と有り難い言葉を言ってくれたものだな。私のパートナーにも汚い手で触れて、いいご身分だ」

「本当に気持ち悪い手で触れて不快でした」


 気持ち悪い、と強調してエルピスは笑う。ディルはその肩を抱き寄せ、同じように侮蔑を込めて笑う。


「エルピス、それはすまなかった。だがノルパン子爵のような小者には殆ど用がないんだ」


 それより、とディルの瞳がユン伯爵へと向かう。その目は人を殺しそうなほど鋭い。


「今まで公爵である私に、随分と色々と言ってくれましたね。頭の悪い成金だの、金でのし上がった卑しい身分だの。顔だけで恋人を得ただの。ああ、この場にいることをわきまえろとも言いましたね。そのくせ、人のパートナーに下心を持って近づき、ダンスを申し込むなど……相当な自信家に見える。ああ、そういえば……あなたの『事業』と『道具』。ちゃんとこの耳で聞きましたからね。あなた曰く、『下働きなら加えてやらんでもない』ということも」


 ディルは生き生きとして弁舌爽やかに言うと、ぱちん、と懐中時計を締めた。


「さて……ユン伯爵。何か私に言うことは?」


 恐ろしさからか。がくりと膝をついたユン伯爵に、この上なくディルは愉快そうに見下ろす。

 ユン伯爵は頭を下げて、ディルへと言う。


「この度は、無礼の数々、申し訳ございませんでした……! まさか公爵様とは知らず……」


 ユンの謝罪にディルは盛大に溜息を吐き出す。それだけで蒼白になった伯爵の身体が震える。


「それで?」

「え?」

「君の誠意はその程度のものなのかな?」


 ニヤリと笑うディルは悪魔そのものだった。

 謝罪ごときでは済まないだろうディルの性格だ。がちがちと歯を震わせながらユン伯爵は言う。


「わ、わたしの所持する土地二十エクタールと、曾祖父から受け継がれた城、そして3カラットのミズリンと」

「大したこがないな。残念だ。私と懇意にしている伯爵よりもずっと劣る」


 呆れたように溜息を吐き出し、ディルは言う。


「公爵とは知らず不敬な言葉の数々、本来許されるものではない……が」


 希望を見出したのか伯爵はばっと顔を上げる。

 そのディルは打って変わって天使のように優しかった。


「私は寛大だからな。許さんでもない」

「ほ、本当ですか! 公爵様!?」


 伯爵が希望を見出した途端。

 すっとディルの瞳が、冷たい刃のように細められた。実に、楽しげに。



「──許すわけがないだろう、馬鹿者」



 そう言ってディルは容赦なく伯爵の顔面に蹴りを入れると「取り押さえろ!」と周囲に向かって叫んだ。

 途端に、ウェイターやフットマンだった男たちが警備隊に変わり、ユン伯爵とノルパン子爵を取り押さえた。罪状は「違法武器密輸」である。伯爵子爵共々、力尽くで外へと連れ出されていく。あんなにご機嫌だったのに、もう玩具を取り上げられてしまったようにディルは気怠そうにタイを緩める。伯爵たちを詰め込んだ収容車が走っていく音が聞こえた。

 エルピスはディルに近寄って尋ねる。


「ちゃんと出来ましたか?」

「ああ。よくやった」


 しかし、とディルは愉快で仕方ないというように笑う。


「あの無様な顔、最高だったな。ああやって調子乗っている人間を突き落とすのは爽快だ」

「悪魔的な趣味ですね」


 エルピスが告げれば人の悪い笑みを浮かべたままディルが言う。


「お前も同じようなものだろう。あんな演技、嫌がるどころか楽しんでるように見えたが?」

「汚い手で触れられるのは不快でしたが、女は直接的なアピールをしないものなんでしょう? まぁけど一気に男爵から公爵様のパートナーになったのは、気持ちがよかったですね。ただ私の場合、何の攻撃もしませんでしたが」

「汚い手で触れられて不快だったと言っていたじゃないか」

「頭が悪いので記憶にありませんね」


 そこまで言うと車に二人は乗り込み、伸びをしてエルピスは言う。

 

「疲れましたね。今すぐお化粧を落としたいです」

「ああ……お前も魔法の時間が解ける時だな。謎めいた美女から素朴な町娘へ」


 ディルがエルピスに言えば、エルピスは不快そうな、反論できないような、複雑な表情を浮かべる。

 エルピス自身、化粧を施して美しくなった自分と、ありのままの自分のどちらが良いのか分からないのだ。悩みに気付いたようにディルが言う。


「どちらでも良い。少なくとも俺は見目の善し悪しなど、どうでもいい」


 エルピスが目を見開く。


「意外です。ディルは面食いだと思っていました」

「もう一度言ってみろ。海底に沈めるぞ」

「ディルはとてもきれいな人なので、とてもきれいな人を好きになるとおもったんです」


 うらやましいです、とエルピスは笑う。その顔はまだ夜のメイクが施されままなのに幼く見えた。


「お前は美形を恋人にしたいのか?」

「はい。でも釣り合いがとれていないので駄目ですね」

「自己完結してどうする。もっと強欲になれ」

「……十分、強欲だったので」


 そうやってエルピスが思うはきっと99回の生。

 悲しげに目を伏せるエルピスは懺悔しているようにも見えた、

 けれどディルは知らないふりをする。関心のないふりをする。それがエルピスの為なのか、ディルの為かは分からない。


 ただ、誰だって知られたくないことは、ある。




ここまでお読み下さってありがとうございました。

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@matsuri_jiji

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