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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
一章
9/63

episode 5 “神”の贄(1)


「ったく……とんだ無駄足だった」


 日没はとうに過ぎ日付が変わるまで一時間といった頃、真っ暗な道で車を走らせている柊は愚痴るように呟いて小さく舌を打った。


 家を売りたいから見積もりをしてほしいという依頼を受けた柊は、早朝から家を出発して山奥のとある山村へと足を運んでいた。

 しかし当の屋敷は至る所がぼろぼろで、修繕するくらいなら立て直した方がいいレベルだった。おまけに場所が場所だ。こんな山奥の屋敷を売り出しても買い手がつく確率は低い。物好きな人間はいるので絶対とは言わないが、少なくとも柊はその確率に賭けるほど博打好きな人間ではなかった。

 加えてこう言ってはなんだが、依頼人である小太りの男が妙に胡散臭かった。柊を値踏みするような目は非常に不愉快であったし、いやに馴れ馴れしかった。屋敷を見るだけ見て価値が付かないと依頼人に告げた柊はすぐに村を出て自宅へ戻ることにした。


 件の男はどうも不快だったが、村自体は自然の中に溶け込む綺麗な場所だった。田舎はよそ者に厳しいというが全くそんなことはなく歓迎され、村の自慢だと言われた天然水も美味しかった。

 特筆するべきはそれくらい……いや、もう一つあった。屋敷を見に行く前に少し用事ができたからその間観光していてくれと、村唯一の名物だという神社に案内されたのだ。

 人の少ない村の中にあってもその神社は随分立派なものだった。水神を祀っているというそこは風の音とどこからか聞こえるさらさらと水が流れる音だけがその場を支配しており、心地よい静寂を保っていた。


「この奥には泉がありますが、その水に触れると水神様が幸運を授けて下さるといいます。ぜひ行ってみて下さい」


 社務所に居た神主にそう言われ、柊は促されるまま拝殿の奥の方向に位置する泉に立ち寄り水に触れてみた。

 昔は柊も迷信など鼻で笑う人間だった。自分と同じく不動産業を営む両親や親戚はそういう霊的な目に見えぬものに敏感で、事故物件や幽霊が出ると噂になる部屋があるとすぐさま神社にお祓いを頼んでいたが、彼は正直言って理解できなかった。

 が、しかし実際に自分も同じ仕事に就いてみれば怪奇現象が起こるという物件にも何度か遭遇し、そして数年後にはそんな霊を力尽くで祓うなんて芸当を行う人間にも出会った。世の中分からないものである。


「あいつがいたらあの神社も色々見えたのかねえ……」


 泉から戻る途中、どうにもざわざわとした変な気配を感じて振り返ったが、そこには何も居なかった。……というよりも、何かは居たかもしれないが見えなかった。最近は柊も何もない場所に気配を感じることが多くなって来て、彼女に毒されて来ているのかもしれないと思っている。


「さて、明日は土産持って行くついでに先々月の家賃の取り立てに行くか」


 先月分を待ってやっていたらあっという間に翌月になってしまい更に滞納が増えた。一応彼女も払う気はあるようで三ヶ月以上待たされたことはないが、きっちり本来の期間内に家賃を払えたことなど片手で数えるほどしかない。


 知り合いが事故物件で怪奇現象が云々と話していたのでまた家賃代わりに放り込んでやろうかと考えながら、柊は自宅アパートの駐車場へ車を停め、荷物を持って外に出た。



 ――ずる、ずる


 柊が一階にある自宅に向かっていたその時、靴音に紛れるようにして何かが引き摺られるような音を聞いた気がした。

 最初は気のせいだと思った。しかしその音は断続的に、何度も何度もずるずると聞こえて来る。怖気が立つようなその音は、段々と大きく、生々しく耳に残る。


 ――ずるずる、ずる


 気のせい何かじゃない。柊はそれを確信した瞬間、すぐさま足を速めた。そうしなければまずいと本能と、そして今までの経験で悟っていたのだ。しかし足を速めても音はどんどん大きく、そして近くなっていく。


 ――ずるずるずる、


 その音に耐えきれなくなった柊はとうとう走り出た。気味が悪いその音から逃れようと必死に走り、短い距離にも関わらず酷く息を切らして部屋の前まで辿り着いた。


「っくそ!」


 しかしすぐに扉を開けようとしたが鍵が掛かっていた。慌てて鞄を漁るもののいつもはすぐに取り出せるはずの鍵は手が震えて上手く掴めない。


 ずるり、とその音が柊のすぐ真後ろで止まった。

 月明かりに照らされて、扉に映っていた自分の陰が大きな何かに覆い隠されたのを見た。

「な――」


 反射的に振り返ってしまった次の瞬間、がり、という音と共に何かが割れたような音が夜のアパートで響き渡った。




   □ □ □ □ □ □ □




「――という訳で、娘さんのぬいぐるみに憑いていた霊は無事に除霊できました」

「ありがとうございました!!」


 その日、『祓い屋ささら』では少し頭の寂しい男性が涙ぐみながらささらに向かって頭を下げていた。


「妻も娘も昨日は久しぶりにぐっすり眠れたようで……本当に感謝しかありません」

「それはよかったです。……それで、約束の依頼料ですが」

「はい、こちらです!」


 これで先々月の家賃が払える、とささらが期待を込めた目で男を見ると、彼は涙を拭ったあと大きく頷いて鞄の中から細長い何かを取り出した。


「これは、羽斬はねきりという代々我が家に伝わる短刀です」

「はい?」


 ごとりと音を立ててささらの目の前に置かれたのは、黒い柄と黒い鞘の一振りの短刀だった。突然何なんだと彼女が首を傾げていると、男は興奮気味に身を乗り出して早口で話し始める。


「詳しくは伝わっていないのですがとんでもない切れ味を持っているらしくすごい刀です! なんでも名前から空を飛んでいた鳥を切り裂いたという逸話もあるくらいですし!」

「はあ……」

「今回の依頼料代わりにこれを差し上げますのでお願いします!」

「え? はあ!? いや、そんなこと言われても困ります。ちゃんとお金で、現金で」

「何なら売ればきっといい値が付きますから! それでは!」

「ちょっと待ってください!」


 ささらが大きな声で男を呼び止めるが、彼は短刀を彼女に無理矢理手渡すと素早く立ち上がってすぐさま事務所から出て行ってしまった。キッチンからお茶を運んできた茶々もいきなり走り去った男をぽかんとした顔で見送ってしまう。


「逃げられた……! 家賃が、家賃が!」

「ささら様、落ち着いて下さい……それは刀、ですか?」

「そうだって言ってたけど……」


 残されたのは羽斬と呼ばれたこの短刀だけである。ささらは頭を抱えたくなるのを堪えながら、改めて手にした短刀をまじまじと観察した。が、彼女に刀の善し悪しや価値などこれっぽっちも分からない。依頼人の言うように売ったところで本来の依頼料の元を取ることはできるだろうか。


「とりあえず鞘から抜いて……」

「ささら様?」

「……やっぱり止めとく。何か途轍もなく嫌な予感がした」

「ささら様のそういう勘結構当たりますよね」

「悪い予感しか当たんないけどね……とりあえず先に骨董屋さんで見てもらうよ」


 祓い屋なんて仕事をしていると引っ込み思案なささらでも色々と知り合いができる。ひとまず信頼できる鑑定士に見てもらおうと、ささらは短刀を鞄の中に入れて茶々と共に事務所を出た。


「ところでこれって銃刀法違反……?」

「職務質問されないように気を付けてくださいね」

「そうやって言われると余計に意識しちゃうんだけど……」


 ちなみに道中、交番の前を通る直前に慌てて引き返した所為で余計に怪しまれそうになったのは余談である。




   □ □ □ □ □ □ □




「おや、ささら嬢と茶々君。また何か面白いものでも持ってきてくれたのかな」


 店に入るやいなやささらに向かってそう言って微笑んだのは、年齢不詳の怪しげな雰囲気を漂わせる男だった。


 今回のように時折曰く付きの物を手にした時に毎回訪れている骨董屋は外観からして奇妙な店である。骨董屋だというのにファンシーなピンク色の壁とまるでお菓子の家のような可愛らしい扉……そして、その扉の両脇には妙に禍々しい雰囲気を漂わせる等身大の日本人形が門番のように立ちはだかっている。裏路地にあるためさほど人通りは多くないが、この店の前を通る時は誰もが競歩でもしているかのような急ぎ足になる。ささらも初めて来た時は人形にびびりまくり、中々店に入れずに一時間ほど店の前をうろうろしてしまった。


 そして店もそうだが店主もこれまた癖のある人物である。月見つきみと本名か偽名かも分からない名前だけを名乗る店主は、二十代に見える時もあれば貫禄のある六十代に見える時もあるという不思議な人だ。ちなみに茶々曰くちゃんと普通の人間ではあるらしい。

 地毛か染めたかはたまた白髪か、髪は綺麗な白一色で、今時珍しいモノクルを右目に付けた彼はとにかく珍しい物が大好きだ。希少価値のある骨董品を手に入れてはうっとりと舐め回すように見つめている。

 ちなみに可愛いものも好きらしく、店の外観は店主の趣味だ。……等身大の日本人形は希少かつ可愛いと言って大のお気に入りらしいが、ささらにはまったく理解できない。


「月見さんこんにちは」

「……相変わらず店の中すごいですね」

「僕の自慢のコレクションだからね。それで、今日は何を持ってきたのかな」

「実はこれなんですけど……」


 足の踏み場もない、と言ってしまいたくなる店の中を何とか進んで店主の元へ辿り着くと、ささらは鞄の中から先ほど押しつけられた短刀を取り出して月見の前に置いた。


「ほお……今回は刀か」

「羽斬、という名前らしいです。依頼人が料金代わりだって置いていって」

「ささら様が嫌な予感がするとおっしゃったので見て頂こうかと思いまして」

「成程。どれ……」


 月見は手にした短刀を様々な角度から観察する。変人ではあるがこの男の目は一流だ。以前にも依頼の途中で偶然発見した壷を持ち寄ると「あ、盛大に呪われちゃってるねそれ」とあっさりと看破したことがあった。ちなみにその壷はどうにも対処できなかった為べたべたに封印の札を張りまくって地中に埋めることになった。


「これは……」

「どうですか?」


 短刀をじっと見つめていた月見がふと真顔になる。そしてゆっくりと鞘から引き抜くと途端に刀から何かしらの強い圧力を感じ、ささらと茶々は思わず後ずさった。

 月見は何も言わない。ただじっと刀身を見つめた後、再び緩慢な動きで短刀を鞘に戻した。


「ふふふ……またすごいものを持ってきたもんだ」

「やばいものだったりしますか」

「うーん、やばいとは言っても妖刀なんかとは違うよ。悪いものじゃなくてむしろ真逆、神話に出てくる聖剣の方が近いね」

「せ、聖剣?」

「神の力が宿っているかもしれない、なんて言ったら笑うかな。とにかく洗練された清浄な力だよ。……ただ、悪いものではないが人間が使うには些か力が強すぎる。薬も過ぎれば毒になる……どうやらこの刀、手にした人の感情を増幅させるようだ。敵を斬りたいと願えばその通りの力を発揮してくれるが、下手をするとその感情に呑まれて正気を失ってしまうだろう。無心になって抜かないと、むしろ妖刀よりやばいかもしれないね」

「ええ……? あのおじさんなんてもの渡してくれたの!?」

「これはたとえ金銭的な価値があっても無責任に売り飛ばせませんね……」


 ささらと茶々が顔を見合わせてため息を吐く。いつもの流れなら、またそろそろ柊が怒鳴り込んできてもおかしくない時期である。


「……ちなみに月見さんは買い取って下さったりは」

「うーん、そうしたいのは山々なんだけどね、その刀の価値に見合うお金はすぐに用意できないな」

「別にそんなに高くなくてもいいんですけど」

「駄目だよ。どんな物でも、必ずその価値に見合う対価を払うべきだ。でないとどんどんその物自体の価値も下がってしまうからね。僕のポリシーだからそこは譲れない」

「そうですか……」


 ささらはがっくりと肩を落として短刀を受け取った。確かに価値のあるものではあったが、売れないのならば一銭にもならない。ささらが今早急に求めているのは、どれだけ切れ味の良い刀よりも人の顔が描かれた紙切れの方である。


「せっかく来たんだから何か見ていくかい。色々面白いものが入ったんだ、一つどうかな」

「すみませんが今お金がないので――って、ひいっ! 何ですかこれ怖い!?」

「南米の方のとある集落の魔除けの人形なんだ。直接買い付けに行ってね。ほら、このぎょろぎょろした目なんて生き生きとしていてすごく美しいだろう? どんな悪霊も追い払ってくれるという言い伝えがあって、その集落では子供の誕生日に毎年送られるらしい」

「一体だけでも怖いのに毎年増えていくんですか……?」

「そりゃあ悪霊も一目散に逃げますね。――あ、ささら様。電話が」

「え? ホントだ」


 妙に見られているような気がしてならない不気味な人形にささらが気を取られていると、不意に鞄の中から着信音が聞こえてきた。

 もうずっと前から使い続けている折りたたみ式のガラケーを取り出して画面を確認する。そして彼女はそこに表示された名前を見ると、途端に一気に表情を明るくした。


「もしもし兄さん!」

『……どうした? 妙に元気だが』

「兄さんが掛けてきたってことは何かの依頼だよね!? 今お金が無くて! このままだとまた柊さんが殴り込みに来ちゃうの!」

『……ささら、その柊さんって確かお前んとこのオーナーだったよな?』

「うん、そうだけど」

『いいかささら、落ち着いてよく聞け』


 電話の向こうのめぐるは、いつもの軽い雰囲気など一切感じさせない様子で、重々しい声で用件を告げた。


「え」


 その瞬間、かしゃんと音を立ててささらの右手から携帯がすり抜けて床へと落下する。




「柊さんが……“何か”に襲われた?」


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