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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
一章
7/63

episode 3 お化け屋敷に潜む悪意(2)


「え……」

「鬼怒田さんが……?」


 草薙の一言にその場は騒然とした。今まで静かにお互いを窺うようにしていたスタッフ達は口々に驚きの声を上げてちらちらとささらの方へと視線を送る。


「お前が! お前が鈴を殺したのか!」

「ち、違います!」


 突如犯人だと名指しされてさっと血の気が引く。ささらは福田の怒鳴り声に慌てて首を横に振ったが、それすらも「慌ててるしやっぱり……」と周囲の認識を助長させることしかできなかった。


「本当に違うんです! 私はやってません!」

「だが現状他に犯行が行える人間は居ない」

「わ、私はその人のこと全然知らないし、初対面です……」

「動機など裁判まで行かなければ大した意味はない。たまたま目に付いた、それだけで殺す人間なんていくらでもいる」

「あの! わたくしはお二人の次にお化け屋敷に入りましたけど、ささら様はちゃんといました!」

「次の客が入るまでは猶予がある。階段から突き飛ばしてすぐに戻れば十分犯行は可能だ。そして他の人間は彼女自身が通っていないと証言している」

「……」


 ささらが必死に訴えても、茶々が弁解しても、草薙は冷静に反論して来る。

 ざわざわと騒がしい周囲の声と目が、誰も彼もささらを犯人だと疑わないものになっていく。


 ささらは体の震えが止まらなくなった。自分が犯人だと思われている。ささらが人を殺したと、この場の多くの人間にそう思われている。



『――さんを殺したのは君だろう』

『ささら、どうしてあの子を殺したの……信じてたのに』

『何でもできる完璧なあいつに嫉妬して、妬んでいたんだろ』

『なんであの子が殺されなきゃならなかったのよ! あんたが! あんたの方が死ねば良かったのに!』



 あの時と同じだ。

 あの時、何を言っても信じてもらえずささらは犯人扱いされた。人殺しだと、お前が死ねば良かったんだと、たくさんの人間に詰られた。


「……ちがう」


 違う。ささらは殺していない。今も、あの時だって――。





「私は、殺してなんて」


「――草薙さん、随分と早計で軽率な発言かと思いますが」

「なんだと?」


 ささらが血を吐くような思いでそれでも無実を訴えようとしたその時、今まで黙っていた浦原が鋭い口調で草薙に切り込んだ。

 はっと顔を上げたささらが見たのは、腕を組み酷く冷めた目で草薙を見る浦原の姿だった。


「ろくに根拠もないのに冤罪被害者を増やすおつもりですか?」

「何を言っている。根拠なら今言った通りだ。お前こそ知り合いだからと私情を挟んで庇おうとしているんじゃないのか」

「私情? はっ、馬鹿にしないで下さい。そもそも、草薙さんが彼女を疑う理由なんて単純に他の方に犯行が不可能だから、という消去法ですよね」

「それに何の問題がある」

「前提が崩れれば全てが瓦解する、と言っているんです。例えば、そもそも悲鳴が上がったその瞬間に彼女が階段から落ちたという前提自体が間違っていたとすれば?」

「……どういう意味だ」

「どうもこうも、そのままの意味です」


 浦原はちらりとささらを見ると安心させるかのようにその冷たい双眸を少しだけ和らげ、そしてすぐに表情を切り替えて草薙に向き合った。


「例えば……これは例えばですが、あらかじめ彼女の悲鳴を録音しておきお化け屋敷の中にそのスマホでも仕込んでおけば、先に彼女が亡くなっていても悲鳴を聞くことはできますよね。スマホも警察が来る前にさっさと回収してしまえばいいんですから」

「そんなまどろっこしいことを考えずとも、悲鳴が上がった時に落ちたと考えるのが普通だろう」

「そうかもしれません。けど、だとしても少し疑問が残るんです。……福田さん」

「な、なんだよ」

「先ほどおっしゃいましたよね。途中で彼女とはぐれて、そして出口で待っていたと」

「そうだけど……」

「そして彼女の悲鳴が聞こえて、慌てて中に戻った」

「ああ……な、なんだよ。何かおかしいっていうのかよ!」


 浦原の目が福田を捉えると、彼は狼狽えるように目を泳がせて声を荒げた。しかし彼女は自分のペースを崩さずに「ええ、不思議なことがあります」と淡々と頷く。


「どうして悲鳴を聞いたくらいで慌てて戻る必要があったんですか?」

「は?」

「浦原、何を言っている。悲鳴が聞こえれば何かあったと思って慌てるに決まって」

「お化け屋敷で悲鳴が聞こえるなんて、当たり前のことじゃないですか」

「……あ」


 ささらは茶々と顔を見合わせて、そういえばと頷き合った。現に亡くなった彼女はささらが脅かした時も悲鳴を上げていたのだ。お化け屋敷の他のギミックに驚いて悲鳴を上げることだって十分あっただろう。


「どうしてそれで彼女に危険が迫ったと思ったのか、教えていただいても?」

「そ、それは……」


 福田の顔色が一変すると同時に、ささらに向けられていた疑いの目が一斉に彼に切り替わった。「そもそも普通に考えて知り合いが殺したと思うよな」「そんな都合良くはぐれた時に殺されるとかある?」と手のひらを返したかのような言葉が口々に聞こえてきた。

 そしてその声は勿論福田にも届いている。彼は周囲の声に酷く動揺していたが、すぐにそれを怒りに変えて苛立ちを露わにするように膝を強く叩いた。


「な、なんだよ証拠でもあんのかよ! 悲鳴の録音とか何とか適当なこと言ってるだけだろ! 証拠もねえのに犯人とかふざけんな! 訴えるぞ!」

「先ほどささら様を証拠もないのに犯人だと決めつけていた人の言動とは思えませんね。全部ご自分に返って来てますよ?」


 年下の中学生(に見える)の冷徹な一言に、怒鳴っていた福田が怯むようにぐっと息を呑んだ。

 ささらは茶々の容赦のなさに思わず苦笑しかけたが、しかしそれよりもとあるものに気を取られて咄嗟に悲鳴を上げかけた。


 見ないようにしていたがずっと視界の端でぼんやりと佇んでいた幽霊、つまり亡くなった女性が突如くわっと目をかっ開いて福田の背後に立ったのだ。

 

「ひ……」

「ささら様」

「あれ……」


 茶々もささらに促されて幽霊を見ると、彼女はどろどろとした黒いオーラをバックに背負いながら血で濡れた右手を男の足下に向けた。そして言葉は発せられないのか、ささら達に訴えるように口をぱくぱくと動かしながらひたすら男のズボンの裾……微かに赤いものが見えるそこを指さし続けたのだ。


「は、結局証拠なんてねえんだろ。俺はもう帰らせてもらうぞ。そんで知り合いの記者に警察に冤罪掛けられたって暴露してや」

「あ、あのー……」

「ああ?」


 福田が立ち上がると同時に、控えめな声でささらが挙手した。が、即座に凄まれてびびったように身を竦ませる。


「なんだよ、結局お前が犯人なんだろ」

「ち、違いますって……その、足下」

「は?」

「裾に、血痕……付いてますよ」

「……え」


 直後、福田はすぐさまぱっと顔を下に向けた。同じようにこの部屋にいる全ての人間がそこへ視線を向けると、見えにくい後ろ側、アキレス腱の辺りに微かに赤い色を確認することが出来た。


「ち、血がどうしたんだよ。現場にいたんだからちょっと付いただけだろ」

「た、確かにそうですけど……え、指? ……あ、その血、被害者の指紋、ですよね……?」

「は!?」


 幽霊の女が必死に血まみれの親指をささらの眼前にぐいぐい押しつけてアピールしてくる。その間も女の目は瞬き一つせずに――死んでいるからする必要がないだけかもしれないが――目を見開いてささらを凝視している。


 ささらは仰け反って怯えながらも必死に彼女の言いたいことを噛み砕き、それを言葉にした。するとすぐに浦原が福田の足下にしゃがみ込み、血痕をまじまじと確認してみせた。


「確かに、指紋ですね。被害者の指紋と一致するかどうかは調べてみればすぐに分かります。あなたは先ほど被害者に近づけなかったと証言しましたが、血痕が跳ねて飛んだ可能性はあっても、こうもべったりと指紋を付けられているとはおかしいですね」

「被害者の方が死に際に付けたんだと思います。突き落としてから階段を降りて、倒れた彼女の隣を通り過ぎるその時……まだ、かろうじて息があったんじゃないかと」

「女は執念深いんですよ? 知らなかったんですか?」


 茶々が畳み掛けるように言って笑うと、福田は肩を震わせて俯いた。


「この指紋、調べさせていただきます」

「……ざけ」

「福田さん、聞いてますか」

「ふざけんなよ!」


 突如、福田は足下を見ていた浦原を押しのけるようにして走り出した。逃げようとはしていないのか彼の足は扉の方へは向かず、一直線にささらの前に飛び出して来る。


「お前の所為で――」

「ひ、」


 福田の右手がささらを狙って振り上げられる。そしてそれは容赦なく彼女に向かって勢いよく振り下ろされ――。


「や、止めて下さい!!」


 しかし福田の拳がささらに届くよりも、反射的に飛び出したささらの拳が福田の顔に当たる方が遙かに早かった。


「あ」


 下から抉るように顎に繰り出された一撃に、福田はその勢いで足を数センチ浮かせた後大きな音を立てて背中から床に倒れ込んだ。

 一瞬にして、その部屋から音が消えた。


「と、取り押さえろ!」

「はい!」

「す、すみませんすみませんつい!」


 ぽかんと口を開けて誰もが沈黙した後、一番最初に我に返った草薙が浦原を促した。すぐさま浦原が福田を取り押さえ、そして数秒遅れて慌ててささらがぺこぺこ頭を下げ始めた。


「ささら様、ご無事ですか」

「う、うん……つい殴っちゃったけど」

「正当防衛ですよ。思いっきりやっちゃって正解です」


 草薙の指示で部屋に他の警官がばたばたと入って来ると、あっという間に福田を連行する体制が整う。両側からしっかりと腕を掴まれて立たされた福田は最後のあがきとばかりに強引に背後を振り返ると、酷く怒りに満ちた表情でささらを振り返った。


「お前に運良く罪を被せられるはずだったのに……恨むぞ、一生恨み続けるからな!」

「……」

「何言ってるんですか、一生恨まれ続けるのはあなたの方ですよ?」

「は?」

「今もあなたの後ろに亡くなった彼女、ぴったりと憑いてますから。さんざんお金を借りてそのお金を他の女に貢いで、それでも健気に待ち続けていた彼女に最終的に自分ではどうにもならなくなった借金背負わせて殺したんですから……そりゃあ、恨まれても仕方ないですよね?」

「な、なんでそんなこと」

「あなたの後ろに居ると言ったでしょう? 呪いたくて呪いたくてしょうがないみたいで、ずっと今まで恨み言を吐いてますよ」

「……」

「彼女、執念深いみたいですから……運良く生きている間に許してもらえるといいですね?  まあ末代まで許してもらえない可能性もありますけど」


 茶々がにっこりと微笑むと、反対に福田は真っ青を通り越して真っ白な顔になった。そのまま警察に引きずられるようにして部屋から出て行くと、ささらはなんとも言えない表情で隣を振り返った。


「茶々……なんで声出てないのにあの人の言ってたこと分かったの?」

「長く生きてると唇を見ただけで大体分かりますよ」

「そ、そうなんだ……っていうか、なんであんな嘘を……彼女さん犯人が捕まったら安心してすぐに成仏してたのに」

「ふふ、ささら様に罪を被せようとした挙げ句殴りかかって来たんです。精々これからずーっと死ぬまで怯えて暮らせばいいんですよ」

「……結構えげつない」

「これでも妖怪ですから」


 不敵に笑った茶々に、ささらは諦めたように一つため息を吐き、亡くなった彼女の冥福を祈った。




   □ □ □ □ □ □ □




「たーぬーちゃん!」

「きゃああー!?」


 後日、事務所で茶々がたまたまタヌキの姿でいる時に浦原が突撃訪問して来た。抵抗むなしくさんざん撫で回された茶々は、どうにかこうにか逃げ出してささらの肩に避難してびくびくと毛を逆立てている。

 「肩に乗ってる……いいなあ」と浦原からは羨ましがられたささらだったが、正直彼女としては肩が重いし尻尾が首に巻き付いて非常にかゆいので早々に止めて欲しかった。


「……美守さん、ちょっとは落ち着いて下さい」

「たぬちゃん見ると可愛くてつい」

「ついじゃありません!」

「ごめんごめん……ところで、本題だけど。ささらちゃん、この前は疑うことになって本当にごめんなさい」

「い、いえ。犯人はちゃんと見つかりましたし、それに美守さんが助けてくれたので大丈夫です」

「あの上司本当に一方的に決めつけるの止めてほしいわ。本部で指示するならともかく現場に向いてないって早いとこ自覚してほしいものだわ……あ、そうだ」

「?」


 浦原は何かを思い出したかのように頷くと、鞄の中を漁って明るいパステルカラーの紙をささらに差し出した。


「お詫びって言うのも何だけど、ケーキバイキングの招待券があるの。あげるわ」

「え、でもお詫びって……」

「お詫びっていうのが気になるなら、あげるから一緒に行かない? ちょうど三枚あるから三人で楽しみましょ」

「……いいんですか?」

「勿論」


 ささらは恐る恐る招待券を受け取ると、まじまじとそこに書かれた文字を読み始めた。


「九十分間、食べ放題……各種ケーキ他、軽食、ドリンク……バイキングって都市伝説じゃなかったんだ……」

「ささらちゃん都市伝説って……」

「ケーキいっぱい食べられるんですか! 楽しみです!」


 理解が追いつかない様子で呆然とした表情を浮かべるささらに浦原が困惑する中、茶々はささらの首元から招待券を覗き込んで目をきらきらさせながら尻尾をぶんぶん振った……と思ったら尻尾の勢いにバランスを崩して肩からソファへ落下した。

 そして当然それを目撃した浦原は声にならない声を上げて悶えるように体を震わせる。


「え、可愛い……ホントに可愛い、たぬちゃん可愛すぎる。人間の時の古風な美少女も最高だけど……もふもふ最高」

「もう十分触ったでしょ! これ以上近寄らないで下さい!」

「ええ……残念」


 再び手を伸ばしてきた浦原に警戒するように唸り声を上げた茶々は、もう一度肩に乗るのは諦めたのかささらの膝の上に移動した。

 当然のように羨ましがられ、ささらは思わず苦笑いする。


「でもたぬちゃんってホントに美人よねえ……毛並みも綺麗だし、きっとタヌキ界でもモテるんでしょ?」

「タヌキ界ってなんですか……あ、でも近所の小学生が茶々のこと好きみたいですよ。結構悪ガキなのに茶々の前ではすっかり大人しくなって」

「あの年頃は年上に憧れるんでしょうね。わたくしも昔は年上の殿方に憧れたこともありました」


 見た目だけで言うのなら小学生男子がちょっと年上の中学生の女の子に微笑ましい恋をしているようだが、実際の所その年齢差は三桁で、おまけに相手は妖怪であるなんて知らない方が幸せな話である。


「へえ……じゃあささらちゃんの方はどう? 彼氏できた?」

「か、彼氏って……できる訳ないじゃないですか」

「じゃあ好きな人は? バイト先とかに居ないの? ほらほらお姉さんに話してご覧なさい」

「だからいませんってば」

「……あら、そうなのですか? わたくしはてっきり」

「てっきり? 何?」

「いえ、ささら様が居ないというのならそうなのでしょう」


 なにやら引っかかる物言いをされてささらは首を傾げる。しかし問い詰めようとしても膝の上のタヌキは口を閉ざしたまま、楽しそうに尻尾を揺らすだけだった。


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