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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
一章
5/63

episode 2 暑さ対策は大切(3)


 その家に着いた時には、日は大分傾いていた。

 ささらは柊の車から降りると門の前に立ち、そして少し困ったような表情で背後を振り返った。


「……本当に柊さんも来るんですか」

「乗りかかった船だ。今更何言ってやがる」


 同じく運転席から降りた柊がささらの隣に並ぶ。そんな彼を見上げ少しだけ安心するように小さく笑ったささらは、気を引き締めるように軽く自分の頬を叩いて門を開けた。

 昼間と同じく綺麗に整備された庭を歩く。そして立ちはだかる玄関の扉を前に、ささらは躊躇いなくその足を踏み出した。


 インターホンも、ましてやノックもしない。ささらは鍵も掛けられていない扉を思い切り開いた。

 ――その瞬間、外の暑さを忘れるようなぞくぞくとした悪寒が全身を掛け抜けるのを感じた。


「あら、どちら様?」


 そして家の中から聞こえて来るのは、昼間と一字一句違わない女性の声。そしてその昼間に騒ぎを起こしたというのに関わらず首を傾げてささらと柊を見る女性の姿があった。


「……」


 ささらは何も言葉を返さない。ただ静かにその赤い瞳で女性を見て、そして遠慮無くずかずかと土足で家の中へと入った。


「ちょっと何してるの!? 勝手に家に――っ!?」

「悪霊、退散!」


 怒鳴る女性に向かって、ささらは右手の拳を思い切り突き出す。その手は女性の体を容赦なく吹っ飛ばし、「ぎゃあああああっ!」と濁った悲鳴と共に倒れた女性は……そのまま床に溶けるように消えてしまった。


「……やっぱり、霊だったんですね」

「ああ」


 後ろからやって来た柊が女が消えた床に視線を落とす。人間ではあり得ない消え方をした女性は、既にこの世の生き物ではなかったのだ。


 『その物件は数年前に強盗殺人で一家が殺されてからは誰も住んでいない。親族もおらず解体作業も進んでいない為、今では廃墟になっているはずだ』と、柊の通話相手はそう教えてくれた。実際には強盗殺人が起こり殺されたのは夫と妊娠中の妻の二人で、そして五歳になる一人息子は行方不明で手掛かりも掴めていないという。


「だが、なんで俺にも霊が見えたんだ? 霊感なんてないはずだが」

「ああそれは――」

「お前ら、強盗か!」


 ささらが口を開いたその直後、家の奥から今度は先ほどささらを追い返した男が現れた。彼は包丁を両手で持ち、ぎらぎらした目をかっ開いて二人に向かって叫ぶ。


「よくも妻を……もうすぐ娘が生まれて、家族三人幸せに暮らせるはずだったのに!」

「……三人じゃないですよね。もう一人、息子さんがいたはずです」

「うるさいうるさいうるさい! 黙れ! 俺たち家族に息子なんていない! 俺と妻と生まれて来る娘と、幸せに暮らすんだ! 俺たちの幸せを、生活を返せ!!」


 男が血走った目でささらに向かって包丁を振りかざす。咄嗟に避けたものの避けきれず、頬にぴりっと鋭い痛みが走った。

 ささらも男に向かって拳を突き出すが、男が持つ包丁も同時に彼女の首筋に向かって突き進む。


「退きやがれ!」


 刹那、ささらは背後から肩を掴まれて引き寄せるよう後ろに倒れた。包丁が首筋ぎりぎりを通ってすり抜けたかと思うと、直後柊が目の前の男に向けて何かを投げつけたのが見えた。


「ぎ、ぎゃあああああっ!」

「ひ、柊さん何投げたんですか!?」

「塩」

「塩!? 何でそんなの持ってるんですか!」

「熱中症対策に決まってんだろ! いいからとどめを刺せ!」


 男の断末魔が響く中、柊に急かされてささらはすぐに立ち上がって男の前に立つ。


「……地獄で罪を償って下さい」


 パン、と男の頬が打たれる。すると苦しんでもがいていた男はあっという間に消え、家の中は静寂に包まれた。


「おい、大丈夫か」

「はい……助かりました」

「咄嗟だったがやっぱり幽霊に塩って効くんだな」


 腕を掴まれて引っ張り起こされながらささらが立ち上がる。そして一度ぐるりと辺りを見回した後、迷い無い足取りで家の中を進み始めた。


「どうして柊さんにも霊が見えるか、でしたね。かなり力の強い霊なら霊感が無くても見えることもありますが……今回の場合はこの家自体がそういうものだからです」

「そういうもの?」

「霊の生前の再現、もしくは彼らが望んだ作り出された空間。あの夫婦が望む幸せな生活が具現化されたものです。まやかしですけどね。あの人達は死んでもずっと生前と同じ生活を繰り返していたんです。だから外からの干渉を嫌い、そして望んだもの以外を全て無かったことにする」

「……お前が声を聞いた子供は、“無かったことにされた”のか」

「理由は分かりませんけど、そうだと思います。強盗が入った時五歳だったというのなら男の子は多分、それよりも前に既に……」


 ささらは今もずっと聞こえ続けている男の子の叫びに耳を傾ける。聞いている彼女の方がおかしくなってしまいそうな悲痛な声を追ってキッチンに入ると、彼女は少し考えるようにしてから床下収納の戸を開け、中を覗き込んだ。

 収納庫の中は空だ。しかしささらは両手を伸ばして底に触れると、それを勢いよく引き剥がした。一度剥がされた為か、あっさりと底板は外れる。


「この下、だと思います」


 底板の下の土が不自然に盛り上がっている。ささらの言葉を聞いた柊は収納庫の中に入ると足下の土を素手で掘り返し始めた。

 時間が掛かることもない。盛り上がっていた土を粗方退かすと、そこから見つかったのはスーツケースだった。


「……開けるぞ」


 キッチンの床に持ち上げたケースを置いた柊が確認するようにささらを見て、そしてスーツケースのロックを外した。


「っ……」

「こいつは……」


 中に入っていたのは土と、白骨化した遺体だった。


 ささらは思わず口を押さえ、柊も酷く厳しい表情でそれに視線を落とす。この骨が誰のものかは言うまでも無い。それもスーツケースの内側は何かに引っかかれたように布が破れ、そこに黒い染みがぽつぽつとこびりついている。

 つまりそれは、このスーツケースに詰められた時にこの子供がまだ――。



『ありがとう』

「……あ」

『くらくてこわいところからだしてくれて、ありがとう』


 ずっと聞いていた悲痛な叫びが止んだかと思うと、スーツケースの真上にその子は浮いていた。

 二歳か三歳くらいに見える男の子。手足に沢山の痣を付けたその子はささらと柊を見て微笑み、そして静かに消えていった。


「……」

「ささら、帰るぞ」

「はい」


 男の子が居なくなった空間をじっと見ていたささらは柊に促されて立ち上がる。そして玄関へと戻り、扉を開けると――綺麗に整備されていたはずの庭は、草が生い茂り荒れ果てていた。

 門があった場所にはロープが引かれ、立ち入り禁止と書かれたプレートが付いている。


「……」


 背後を振り返ったささらの目に入って来たのは、ぼろぼろになり壁に蔦の這った廃墟だけだった。




   □ □ □ □ □ □ □




 匿名の通報により、放置されていた廃墟から子供の白骨化した遺体が見つかった。見つかった子供は行方不明になっていたその家の長男であり、土と共にスーツケースに詰められて生き埋めにされたと思われた。

 その家は数年前に強盗が入り夫妻が殺されているが、骨の状況から亡くなったのがそれよりも前だということ、近所でも長男の姿を見たものが居ないこと、そして骨にいくつもの骨折の痕跡が見受けられたことから、この長男は虐待の末に親に殺されたのではないかと判断された。ワイドショーでは二、三日このニュースを放映していたが、批判対象である加害者夫婦がこの世に居ない為かすぐに別の話題に切り替わり、世間からは忘れ去られていった。




「あの子、天国行けたのかなあ……」


 しかし覚えている人間が居ない訳ではない。ささらはバイト終わりに伸びをしながら空を見上げ、ぽつりと呟いた。


 あの出来事から一週間ほど経過した。今日もささらは家賃や生活費を稼ぐ為にバイト三昧であり、疲れた体を引きずって祓い屋の事務所兼自宅へと炎天下の中自転車を漕いで帰ってきた。


「ただいま……え?」

「お、帰って来たか」

「ささら様! 見て下さい! エアコン来たんですよ!」


 扉を開けたその先は出かける前の地獄から一変して天国へと変貌を遂げていた。

 むわっとした暑苦しいはずの室内は涼しい風に包まれており、まるで汗を掻いて帰って来たささらの体を労ってくれているかのようだ。

 茶々は久しぶりにタヌキの姿になっており、嬉しそうに大きな尻尾を揺らしながら飛び跳ねている。


「長持ちするように結構良いのにしたんだぞ。感謝しろ」

「ありがとうございます! これで夏をしのげます!」


 取り付け工事に立ち会っていたらしくソファに腰掛けて茶を飲む柊に、ささらは九十度を超える勢いで頭を下げた。


「それにしても本当に涼しい……幸せ」

「ささら、感動してるとこ悪いが」

「何ですか?」

「先月の家賃、そういえばこの前結局回収しなかったよなあ?」


 にこにこと緩みきっていたささらの表情が固まった。柊はそれを見ながらも笑みを浮かべ――それが凶悪なものであることは言うまでも無い――ながら、「出すもん出してもらおうか」とささらに詰め寄る。


「それにエアコンの電気代も馬鹿にならねえぞ? 欲しがったんなら勿論それも考えてあんだろうな」

「あ、あ、ははは……あの、柊さん」

「なんだ」

「ちょっと家賃待ってもらえたら嬉しいなあ、なんて」


 その瞬間、エアコンの設定温度が五度ほど下がったような気がした。


「……さーさーらぁー」

「すみませんすみません!! どうかお慈悲を……って痛い、痛いです! 頭ぎりぎりはホント、無理ですごめんさーいっ!」


 泣きながら謝るささらと容赦のない柊の攻防。そんな二人の声をBGMにしながら、茶々は冷やされたソファの上で丸くなってくうくうと寝息を立て始めた。



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