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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
一章
2/63

episode 1 祓い屋ささら(2)


 結局、鳴宮はささらへ依頼を頼むことにした。もう一度あの幽霊に出会ったらまた逃げ切れる保証はなく、流石に命には変えられない。


「ただし成功報酬で、だからな」

「分かりました! 精一杯頑張ります!」


 口論を経て鳴宮に慣れたのか元気よく返事をしたささらに、鳴宮は「本当に大丈夫か」と若干心配になりながら辺りを見回す。

 場所は変わり、今ささら達がいるのは昨夜鳴宮が襲われたという現場だ。日もすっかり落ちた時間で、鳴宮は嫌でも昨日のことを思い出してしまう。梅雨独特のじっとりとした空気も相まってぞくぞくと寒気がしそうだ。


「――さて、鳴宮様。少し小耳に挟んだのですが、二年前この近辺で女性が殺されました」

「は?」


 いつまたあの女が現れるかと鳴宮が辺りを警戒していると、不意に茶々がさらりとそう言った。


「女性は長い黒髪の美人な方で、近くにある恋人の家に来ていたといいます。しかしそこで彼女は恋人が浮気していたのを知ってしまい、彼を問い詰めました。しかし逆上した彼は怒りに任せて彼女の首を絞め、そして彼女は死んでしまいました」

「……」

「殺された彼女は男を恨みました。恨んで恨んで……そして幽霊となり、その男を取り殺してしまいました。死体の顔は恐怖に歪められており、そして首には人間が付けたとは思えない真っ赤な手の形をした痣がくっきりと残っていたそうです」


 ちょうど、あなたの様に。

 そう告げた茶々はうっすらと笑みを浮かべていた。


「男は死にました。けれど女の怒りや恨みは収まらない。そして彼女は、今度は近辺の男性を襲い始めました。恋人に似た、眼鏡を掛けた黒髪の男性を狙って」

「俺はその野郎に似てたから殺され掛けたっていうのか」

「ええ。実際他に似たような男性が期間を空けながら既に未遂で数件、そして二人は殺されていますね」

「は?」

「あれ、知りませんか? 同じような不気味な痣がある連続殺人事件って時々ニュースで報道されていたようですが。赤い痣の呪いなんて言ってワイドショーが楽しそうに盛り上がっていたそうですよ」


 鳴宮は苦々しく首を横に振った。仕事が忙しくてニュースなど数年ろくに見ていないのだ。精々経済新聞を読んだり仕事に関わるIT関連の記事を見るくらいである。


「女って怖いよなあ」

「めぐる様、わたくし達の前でよくもそんなことを言えましたね。そもそも発端は浮気がばれた程度で逆上して女性の首を締めた男です」

「うん……つまり人間って怖いよね……」


 ささらは思わず両腕を擦る。男でも女でも、結局一番怖いのは人間だと言うがその通りである。幽霊も元人間なので勿論怖いが。


「ええと……そういう訳で、鳴宮さん」

「?」

「これから、あなたを餌にその女の人を釣り上げたいんですけど……」

「餌? ……はあ!?」

「も、もちろん危害は加えさせません! 茶々、あれを」

「はい」


 ずい、とささらの前に出た茶々が鳴宮に一枚の白い紙を渡す。なにやら読めない字で書かれているそれを、彼女は「護符です」と説明した。


「わたくしが作ったものですのであまり効果は強くありませんが、一度くらいは守ってくれます」

「祓い屋っていうのにあんたが作ったんじゃないのか」

「私、札とかお守りとか作るの苦手で……」

「だから本当に大丈夫なのかこいつ」

「まあこの中だったら札とかは茶々が一番優秀だからな」

「……ちなみに先輩は?」

「俺? 俺はそもそも霊感がほぼない。薄ら見える程度だ」


 めぐるは肩を竦めると、さて、と辺りを見回す。正直その幽霊がいつ現れるかは分からない。今日現れるのか明日まで粘るのか、そもそも一人の時ではないと出てこないのか。


 できれば早く出てきてほしいと考えながらしばらくその場で待っていると、不意に頭の上にぽつりと水滴が落ちてきたのを感じた。


「ん? 雨か」


 ぽたりぽたりと少量ではあるが雨が降ってきた。


「このまま強くなると困りますね」

「鳴宮、お前の家近いんだろ? 傘貸してくれないか?」

「はい、どうせビニール傘ならたくさんあるんで……」


 鬱陶しそうに雨を払いながら鳴宮が頷く。そして彼が一度家に戻ろうと踵を返したその時――。


「鳴宮さん!」


 ささらの声と共に鳴宮の首にひたりと冷たいものが絡みついた。


「っ!」

「ぎゃあっ!」


 背筋を駆け抜けた悪寒と同時に鳴宮が身を捩った直後ばちん、と何かが弾かれる音が聞こえ、昨日はあれだけしつこかった手は濁った悲鳴と共にあっさりと彼の首から離れていった。


「うわっ」


 手が離れるとすぐに、握りしめていた護符が真っ黒に染まってどろりと溶ける。慌てて護符と離すとそれは液体状になって足下に落ち、そして道路に染み込むように消えてしまった。


「ゆ、ゆゆゆ、ゆるさ、ない」

「ひ、出た……」

「これは……想像以上ですね」


 ゆらりとその場に現れたのは、鳴宮が昨日目撃した足のない女だ。

 長く濡れた髪の隙間からぎょろぎょろと焦点の合わない目が動き、その首には昨日は気付かなかったが縄の痕がしっかりと残されている。

 しかしささらと茶々に見えたのはそれだけではない。彼女の背後には苦悶の表情を浮かべた三人の男性の顔が浮かび上がっており、一目見ただけで禍々しい空気に呑まれそうになる。

 護符を一瞬で消滅させたことと言い、普通の幽霊とは桁違いの怨霊であることは明白だった。


「ころす……ころ、す、ころすころすころろろ」

「あ……あ」

「させません!」


 恐怖で腰の抜けた鳴宮に女が近づく。しかしその前に、震えた声で震えた足で、ささらは女に立ちはだかるように両手を広げた。


「こ、この人は絶対に殺させません!」

「ころす……ころす、ゆるさない……しね!」

「ひ、」


 ささらの声に女は耳を貸さない。ただ殺すと、許さないと呪詛を吐きながら鳴宮だけに狙いを定め、そして血走った目で彼に――そして彼の前に立つささらに向かって飛びかかってきた。

 鳴宮は恐怖で瞬きもできなかった。自分よりも若く頼りない女に庇われても、ただその後ろで尻餅を着いたまま震えることしかできなかった。


 女の手がささらに向かう。その手が彼女の首に触れる。

 殺されると、そう思った。




「こ、来ないでくださいいいっ!!」

「ぎゃっ、」


 ドゴォッ! とまるで車がぶつかったような大きな音が聞こえたのはその瞬間だった。


 ささらを殺し掛けた女は、それよりも早く彼女の拳によってものすごい勢いで逆方向へと吹っ飛ぶ。

 拳――つまりささらは、素手で幽霊の女をぶん殴ったのだ。


 鳴宮が口を開けて唖然としている間に幽霊の女は悲鳴を途切れさせながらまるで鞠のようにバウンドしながら背後に吹き飛び、そして止まったところでジュワッ、と消滅した。


「……」


 まるで蒸発したかのように、鳴宮が恐怖に震えていた女はあっさりと居なくなってしまったのだ。


「うええええ、怖かった……めちゃくちゃ怖かった」

「ささら様、よくやりましたね」

「いつ見てもお前の除霊方法すげえよなあ」


 気が抜けたのかぐったりとしゃがみ込んだささらを茶々とめぐるが励ますように肩を叩く。それを見てようやく我に返った鳴宮はふらりと立ち上がり、今し方目撃した理解し難いそれについて尋ねようと口を開いた。


「お、おい、今のは……」

「さーて、無事に依頼も終わったしどっか食べに行くか」

「あ、いいですね。ささら様、めぐる様が奢って下さるそうですよ?」

「話を……」

「奢るとは言ってないが……まあささらが頑張ったご褒美だな。いいよ、何が食べたい?」

「……ラーメンがいい!」

「じゃあいつものとこだな。近いしちょうどいい」

「だから、」

「最近行ってなかったんですよね。店主さん元気でしょうか」

「お腹空いたな……」



「話を聞け!!」




   □ □ □ □ □ □ □




「えっと、実は私……幽霊に触れるんです」


 ささらは熱々の豚骨醤油のラーメンを啜りながらそう言った。

 結局あれからすぐにラーメン屋に向かった四人は、カウンターに並んで各々ラーメンや餃子を食べている。


「幽霊に触れるとか物理的におかしいだろ」

「いや、幽霊の時点で物理的におかしいのでそんなこと言われても……」

「……それもそうだな」


 あっさりとした塩ラーメンを食べている鳴宮が思わず突っ込みを入れる。が、ささらにとっては昔からそういう体質なのだからとしか言えない。


 鬼怒田ささらは生まれた時から強い霊力を持っていた。幽霊は普通の人間と同じように当たり前に見ることができ、そして霊に襲われそうになれば無意識のうちにその手に莫大な霊力を込め、ぶつけた幽霊を即座に消滅させてしまう。

 ただし元来のびびりな性格から幽霊には怯え、そして莫大な霊力をコントロールするのが苦手で護符やお守りなどの細かなものを作るのが大の苦手だ。


 無茶苦茶だな、とささらの話を聞いた鳴宮は一つため息を吐き、どんぶりを持ち上げてスープを飲んだ。


「やっぱ相変わらずここのラーメンは旨いなー」

「お、嬉しいこと言ってくれるな。おまけにメンマ追加してやるよ」

「どうせならチャーシューがいい」

「文句言うなら何もやらねえぞ」


 鳴宮の隣でめぐるが軽い口調で店主とやりとりをしている。そして反対側を見るとささらと茶々が嬉しそうにはふはふと餃子を頬張っている。

 明るい店内と食欲をそそる良い匂い。暖かいスープと共に腹と心が満たされる感覚。鳴宮はそれらを眺め――そして、心底安堵したように肩を落とした。

 先ほどの寒気がする恐ろしい空間はもう存在しない。恐怖に震え、死を覚悟しなければならなかったあの瞬間は、もうやって来ないのだ。


「……おい、妹」

「あの、ささらです」

「どっちでもいい。……疑ったりして悪かった。あのままだと俺はすぐに殺されていたはずだ。本当に……助かった」

「いえ、無事で何よりです」


 鳴宮が改めてささらに向き合って頭を下げると、彼女は少し驚いたように目を瞬かせてから気の抜けた笑顔を見せた。


「私こんな性格だし、結構舐められてあんまり依頼も多くなくて……だから、ちゃんと役に立ててよかったです」

「ああ、感謝してる」

「嬉しいです。……あの、それで」

「なんだ?」

「ちゃんと除霊できたので、成功報酬もらえますよね!? 約束ですからね!」


「……この守銭奴が!」


 途中まで控えめに微笑んでいたささらの、今日一番のきらきらした笑顔だった。


 確かに助かったのだから報酬は払う。だがここまで張り切って金を要求されると、やはり若干感謝が薄れてしまうのをは致し方なかった。




 ちなみに後日、報酬を支払いに来た鳴宮と「またのご利用お待ちしています!」「二度も利用する機会があってたまるか!」というやりとりがあったのは余談である。



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