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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
二章
18/63

episode 9 もう一つの五年三組(2)


「なんで、俺の名前が……」


 突然流れた不気味な校内放送。そしてそこで名指しされた和泉谷は、強気な表情を消してよろめくように後ずさった。


「……ささら様、どうやら完全に閉じ込められたようです。ちっとも開きません」

「電話も繋がらないみたい。完全に圏外よ」


 茶々が懸命に閉じられた昇降口をこじ開けようとするがびくともしない。そして更にスマホを確認した浦原に畳み掛けるようにそう言われ、ささらは怯えと困惑と疲れが一気に襲いかかってきたような気分になった。


「ど、どうしてくれるんだ! 君は祓い屋なんだろ、何とかしたまえ!」

「そう言われても……とにかく、原因を絶たなければどうにも」

「ならさっさとそうしろ! 何で私がこんな目に……」


 しかしささらよりも恐慌に陥っていた校長の声に、彼女はひとまず冷静さを取り戻す。ぶつぶつと文句を続ける校長を宥めながら、ささらはまず言葉を失っている和泉谷に近づいた。


「和泉谷君、だいじょう――」

「ささら様っ!」


「――あたらしいおともだちだ!」


 しかしささらが和泉谷の側に行く前に茶々の鋭い声が響く。そして直後、何人もの子供の声が混じったようなそれが聞こえて来た。

 ささらがとっさにそちらを見ると、廊下の奥から幾重もの手が――伸びた腕が、次々とこちらへ向かって来ていたのだ。そしてそれらは、ぐにゃぐにゃと他の腕と絡みながらもただ一人を目指して手を伸ばす。

 声も出ずその場を動けずにいる、和泉谷少年を目掛けて。


「和泉谷君っ!」


 ささらは反射的に彼を捕まえようとした手を払い除けた。その瞬間じゅわ、と音を立てて手は蒸発し、そして更に別の手がささらを掻い潜って和泉谷に伸びた手は直前に茶々が投げた札によって同じく消失した。

 しかし手の数は多い。ささらも茶々もすり抜けて和泉谷を襲おうとした手はあと一歩で彼の腕を掴みかけるが、間一髪で浦原が彼を抱えて逃げた。


「っ、キリが無い!」

「ささら様、ここは逃げた方がいいです!」


 悲鳴を上げる余裕もなく手を振り払っていたがちっとも減る気配がない。ささらは茶々の声に従って、和泉谷を抱えた浦原が逃げるのを待って自分達も踵を返して走り出した。


 時折ささら達を追い抜こうとする手を叩き落としながら必死に走る。そして浦原が傍の教室に飛び込んだのを見て、思い切り腕を振り回して手を一掃するとその隙に茶々と共に教室に飛び込み、素早く扉を閉めた。

 バンバンと扉に沢山の手形ができ、今にも扉の磨りガラスを割られそうになる。が、「お黙りなさい!」と茶々が特製の札を勢いよく扉に貼り付けると、途端に向こう側から沢山の子供達の断末魔が上がり、張り付いていた手がガラス越しにじゅわりと溶けていったのが見えた。


「な、何とか落ち着きましたね……」

「さ、ささら何だよあれ!!」

「何って言われても……ああいうもの、としか」

「怪談系ではよくありますよね。手が出てくるもの」

「よくあって欲しくはないけど……」


 ささらは息を整えながら他の三人を振り返る。全力疾走したので大分疲れたものの、全員怪我はなさそうだ。

 浦原は和泉谷を床に下ろすと、「それにしても、どうして今回はあんなのが出てきたのかしら」と訝しげに首を傾けた。


「今まで警察が捜索しててもあんな怪奇現象が起こったなんて話はちっともなかったのに」

「……それは、恐らくきっかけがあったんでしょう」

「きっかけ?」


 ささらと茶々は一度顔を見合わせると、複雑な表情でこの場で一番年下の彼に視線をやった。


「お、俺!?」

「あの校内放送ではっきりと和泉谷君の名前とクラスを言ってました。そして手が狙ったのもこの子。恐らくこの空間に引きずり込まれるには子供――もっと言えば五年三組の生徒が必要だったのかもしれません」

「俺の所為でこうなったって!?」

「浩君の所為というよりもおかげで、ですね。これで行方不明の子達を見つけられる可能性が出てきました。あの子達も、五年三組の生徒ですから」

「……なるほどね。確かに捜査に子供を使うことなんてないから見つかるはずがないわ。それにピンポイントで五年三組の生徒が夜に学校へ来なければ起こらないものだったとすれば、四十年間何もなかったのも頷ける」

「浩君には怖い思いをさせて悪いですけど……」

「お、俺なら大丈夫だ! 茶々姉ちゃんの役に立てるんならお化けくらい平気だし!」


 どん、と自信満々に――しかし微かに震えながら胸を叩いた少年。その気丈な姿を見て、浦原は思わず微笑ましげに笑みを浮かべてその頭を無遠慮にぐりぐりと撫で回した。


「少年かっこいいねー! これはたぬちゃんも惚れちゃうねー」

「だろ? ……っていうか、何なんだよあんた! 茶々姉ちゃんのこと変なあだ名で呼ぶな!」

「えー可愛いじゃんたぬちゃんって」

「茶々姉ちゃんはもっと可憐で奥ゆかしい名前が相応しいんだよ!」

「お、可憐とか奥ゆかしいとか難しい言葉知ってるねえ」

「小学生だからって馬鹿にすんな!」

「お二人とも、今はそれどころでは」


「あ、あのさー……ちょっといいかな!」


 浦原と和泉谷の暢気な会話に茶々が呆れていると、突然ささらが会話に割り込むように大きな声を上げた。


「何だよささら! 今大事な話してんだよ!」

「いやもっと大事なことがさ……あの、校長先生ってどこ行きました?」

「……あ」


 その時、その場に妙な沈黙が訪れた。思わず全員で教室の中を見回してしまうが、勿論滝野の姿はどこにも見当たらない。

 すっかり忘れてた、と和泉谷が正直過ぎる一言をぽつりと溢した。


「閉じ込められた時はいましたよね?」

「はぐれたとしたら……あの手から逃げた時でしょうね」

「あいつびびってたからきっと一番に逃げ出したんだぜ」

「早く探さないと駄目だよね……」

「いえ、ささら様。このまま先に事件解決を優先しましょう」

「え?」

「確かに心配ですが、現状狙われているのは浩君です。校長先生を探すために下手に校内を彷徨いて浩君を危険に晒すより、さっさと事件を解決した方がいいと思います」

「……うん、そうだね。分かった」


 ささらは茶々の言葉に少し迷った後頷いた。確かに現状で校長の居場所は分からず、むやみにあの手の徘徊する校舎の中を歩き回るのは得策ではない。それにあれらの狙いは和泉谷なのだ。ささら達を避けるようにすり抜けていった手達のように、校長に直接危害が加えられる可能性は高くないと想像できる。

 怯えていた彼には申し訳ないが、どこかに大人しく隠れていることを祈った。


「それじゃあ……ひとまず原因でありそうな五年三組に行くってことでいいかな」

「分かったわ」

「先ほどのような怪異が出た場合はわたくしとささら様が」

「が、頑張ります……怖いけど」

「そして浦原様は浩君を守っていただいても構いませんか?」

「勿論。市民を守るのは警察の仕事だからね」

「和泉谷君は五年三組まで案内してくれないかな? 一番校内に詳しいし」

「ふん、任せろ!」


 和泉谷が自信満々に頷いたのを見て、ささら達は廊下を窺いながらそっと教室を出た。

 先ほど追いかけて来た手はもう居ないらしい。「俺のクラスは四階だ」と和泉谷に先導されて、四人は傍にあった階段を上って上の階へと向かう。


 階段の踊り場には大きな鏡が設置されており、ささらは見ないようにと思ってもつい鏡を気にしてしまう。夜の学校に閉じ込められたこんな状況でいかにも何か映りそうな鏡など見たくはないのだが。

 できるだけ俯いて鏡から目をそらしながら階段を上る。そして二階の廊下へ足を踏み入れようとしたその瞬間、突如ぐらりと和泉谷の体が背後に傾いた。


「うわっ!?」

「危ない!」


 彼の体はそのまま階段下へと吸い込まれるように落ちていく。しかしすぐさまそれに反応した浦原は即座に階段に頭を打ち付ける前の和泉谷の体をしっかりと抱え、そして所謂お姫様だっこの状態で彼を確保した。


「大丈夫?」

「だ、大丈夫だから下ろせ!」


 女性に抱きかかえられたのが恥ずかしいのか腕の中で暴れようとする和泉谷を、浦原はあっさりと押さえ込んで階段を上る。そして二階まで上がるとようやく彼を床に下ろした。


「危なかったわね」

「……なんか、いつもよりも段数が一つ多かった気がして」


 「だから躓いたんだ」と和泉谷は不機嫌な顔で階段を振り返る。そういえば前にこの学校の七不思議で十三階段とかいうものがあったな、と思いながら階段を見下ろした和泉谷は、その瞬間視界に入ってきたものを見てその表情を凍り付かせた。


「な」

「え? どうし……ぎゃあああっ!?」


 同じく振り返ったささらは悲鳴を上げた。先ほど通ったばかりの階段の踊り場、そこには大量の手がまるで花畑のように手のひらを広げて敷き詰められていたのだ。それらは獲物を待つかのようにわしゃわしゃと指を動かし、酷く不気味な光景を生み出している。

 先ほど浦原に受け止められずに和泉谷が踊り場まで転げ落ちていたら……その結果は想像に難くない。


「……和泉谷君、よければずっと抱えてて上げようか」

「べ、べべべつに、大丈夫だ!」


 浦原が和泉谷に両腕を差し出すと、彼は大いにどもりながらも首を横に振った。




「……ん?」


 しかし、「見なかったことにしよう」と彼らが階段下から顔を背けたその時、不意に静寂が漂っていた校内に美しい旋律が響き渡った。


「これは、ピアノの音?」

「そこの音楽室からだ」


 静かに、しかしどこか人を引きつけるその音はすぐ傍にある音楽室から聞こえて来ていた。扉が開かれている所為かよく聞こえるその音に釣られ、和泉谷は怖い物見たさでつい音楽室の中を覗き込んだ。

 ピアノは教室の片隅、黒板の傍に置かれていた。真っ黒なグランドピアノはその暗い中で鍵盤の白が妙に目立ち、そしてその白を……赤い何かが押して演奏している。


「ひ、」


 白の鍵盤がどんどん赤に染まり、床にぽたぽたと赤い水たまりを作る。演奏しているその正体は――べっとりとした真っ赤な血に塗れた手首だった。


 そして和泉谷が小さく悲鳴を上げたその瞬間、流れるように奏でられていた音がぴたりと止んだ。

 血塗れの手首が、ゆっくりと鍵盤から離れる。そして直後――凄まじい勢いでその手首が和泉谷目掛けて飛んで来た。


「や、やめ」

「来るなっ!!」


 手首が和泉谷に迫る。逃げ出す間もなく眼前が赤に染まる。――が、突如横から乱入していた別の手、ささらの拳がその赤を一瞬にして粉砕してしまった。

 おどろおどろしかったはずの手首は面白いほどにあっけなく粉々に散り、そして一欠片も残すことなく消えてしまったのだった。


「あー……間に合った……怖かった……」


 圧倒的すぎる力で怪異は四散した。しかし当の本人はというと「もう手とか止めてよホントに怖い……」とびくびく怯えながら殴った手を嫌そうに払っていた。


「ささら……お前って、強かったんだな」

「これくらい当然です! なんと言ってもささら様の霊力は凄まじいんですからね!」

「……茶々姉ちゃん、ささらのモンペみたい」


 和泉谷のぽつりと呟いた声に浦原が思わず噴き出した。褒められたささらよりも余程自慢げに胸を張っている茶々の姿は、確かに親馬鹿な保護者にも見えなくはない。

 事実、茶々本人としてはささらの助手である一方保護者のつもりでもあったのであながち否定できなかった。




   □ □ □ □ □ □ □




「また手かよ……」

「そういえばさっきから手ばっかりね」

「それだけ捕まえたいってことなんでしょうか」


 口々に言い合う彼らの目の前には、再び手による生々しい花畑が広がっていた。


 彼女たちがいるのは二階から三階へ上がる階段の途中だ。彼らの目の前には行く手を阻むようにみっしりと階段中に大量の手が生えており、足の踏み場などまったく存在しない。


「ちなみにこれ、普通に叩いたりしても効くの? さっきささらちゃんが殴ってたけど」

「ささら様のあれは特別製ですので何とも……」

「そう……。じゃあ試しに」

「え? ちょ、ちょっと美守さん!?」


 ささらが驚くのもスルーして、浦原はおもむろに拳銃を取り出すと階段に広がる手の群れに向かって躊躇いなく引き金を引く。するとどこから出しているのか分からない悲鳴が響き、銃弾が当たった手は萎れるように消えていった。


「すげー! 本物の銃だ!」


 少年の目が輝く。しかし浦原は、一度撃つとすぐにその銃を下ろし再びホルダーへと収納してしまった。


「効くみたいだけど……どうやら一つ消したところで他に影響はないし、流石にこれだけ多いと先に弾が尽きるわね」

「札もそうですね。すべて祓おうとしたらあっという間に無くなります。……という訳でささら様、お願いします」

「私!?」

「ささら様なら百人力です」

「ささら頑張れよ!」


 茶々に背中を押され、ささらは半泣きになりながら目の前に密集している手を見下ろした。何度見てもうねうね大量に手が動いている光景は非常に気持ち悪い。


「……ああもうっ! やればいいんでしょ! 怖くない怖くない怖くないっ!!」


 ささらは己を奮い立たせるように叫びながら、無我夢中で手を振るい始めた。

 生暖かい手をばしばしと叩き草刈りのように手を刈り取っていく。とにかく叩きとにかく叩き、そして連動するようにどんどん続けざまに断末魔が響く。

 はじめは恐怖を抱いていたささらも半分ほど終わった頃には感覚も麻痺し始め、だんだん「あれ、これ除霊してるんだっけ、それともハイタッチしてるんだっけ」と場違いなことまで考え始める。

 万が一がないように全ての手を祓い終えた頃には、流石に無尽蔵の霊力を持つささらも随分と疲れを感じた。


「終わった……」

「ささら様、お疲れ様でした」

「助かったわ、なんか妙な光景だったけど」

「よくやった!」


 ばしばしと偉そうにささらの背中を叩いた和泉谷は意気揚々といの一番に綺麗になった階段を登り始める。


「ちょっと浩君、一人で先に行ったら駄目ですよ」

「大丈夫だいじょう――」


 先に行くと言ってもたった数メートルだ、ちっとも離れていないのだから大丈夫だと和泉谷は笑って心配する茶々を振り返った。

 振り返ったその背後で、音もなく忍び寄った生暖かい手が少年の肩を掴んだのはそんな時だった。


「え? ――た、助け、」


 気付いた時にはもう遅かった。

 刹那、和泉谷の全身にたくさんの腕が絡みつき、途轍もない力でその腕が伸びる廊下の奥へと引きずり込まれる。


「和泉谷君!!」


 しかしその前に階段をほとんど飛び上がるように駆け上がった浦原が彼を抱きしめるようにしがみつく。けれど絡みついた手は和泉谷から離れない。そうしてその手達は、和泉谷にしがみついた浦原ごと引きずり込み、あっという間に廊下の奥へと姿を消してしまった。


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