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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
二章
15/63

episode 8 ワンダーランドはこちらです(1)


「すみません。このDVD、借りてないのに袋に紛れ込んでたんですが」

「え? 申し訳ありません。すぐに確認して……あ」


 とある平日の午後。レンタルショップのレジに立っていたささらは客の言葉を聞いて反射的に頭を下げた。が、よくよく聞けば妙に聞き覚えのある声だ。

 顔を上げるとそこにはやはり、カウンター越しに見慣れた柄の悪い顔があった。


「柊さんじゃないですか」

「ん? お前此処で働いてんのか」

「はい、祓い屋だけじゃ生計立てられないので……で、そのDVDですけど」

「いつ袋に入ったか分からんが、うちに帰ったら勝手に紛れ込んでたんだよ」


 柊に差し出された返却用のバッグの中とレシートを照らし合わせる。すると確かに二枚しか借りていないDVDが三枚入っていた。そしてそのうちレシートに書かれていないタイトルのDVDを取り出すと、それは店員をやっているささらも初めてみるものだった。


「『ワンダーランドはこちらです』……? なんかゴテゴテしたパッケージですね……」


 西洋風の可愛らしい城と色とりどりの風船、それにクマのキャラクターが書かれたパッケージだ。それ自体はいいのだが、全体的に原色がふんだんに使われており目が疲れる色合いである。


「しかもそれ、見てみたけど最初の一分ぐらいしか入ってねえんだよ」

「とりあえずお預かりしますね。あとで確認してみます」

「ああ、頼む」


 そう言って、柊は新しく自然のドキュメンタリー映画を借りて帰って行った。それからしばらく経ちバイトの休憩時間に入ると、ささらは先ほどのDVDをスタッフルームで再生してみることにした。


 DVDを入れて再生が始まると、何も映っていなかった画面がぱっと明るくなり、軽快な音楽と共にパッケージと同じ画像が映し出された。『ワンダーランドはこちらです』と画面上部にポップな字体で描かれたそれはメニュー表示なども一切無く、その画面のまま音楽が終わると共に再生が終了した。


「……何これ」


 ダビングを失敗したものなのかも、とささらは首を傾げる。何がなんだか分からないが、とにかくこの店でレンタルしているものではなさそうなので、ささらは不在である店長の机の上にDVDとメモを置いて仕事に戻ることにした。




   □ □ □ □ □ □ □




 異変が起こったのは、その日の夜のことだった。


「は……?」

「ささら?」


 眩しい光に目を開けたささらの視界に現れたのは、不思議そうな顔をして首を傾げた柊だった。


「なんで柊さんが……?」

「それはこっちの台詞だ。……というか、俺は寝てたはずなんだが」

「私もです」


 ささらは確かに布団で眠ったはずだった。しかしいつの間にか服はパジャマから着替えており、そして見知らぬ場所に柊と共に立っている。

 彼女達が居るのは広い屋外だ。ファンシーな色合いの広場のような場所に立っており、そして視界の奥には大きな西洋風の城がそびえ立っていた。


「これ、夢ですか? ……って、痛たた、何するんですか!?」

「夢かどうか確認した。痛がるということは夢じゃないのか?」

「さあ……」


 ささらは軽く引っ張られた頬を擦りながら唸る。そもそも痛いから現実というのも確実な話ではない。例えば包丁で刺された夢を見たとして、その夢の中の自分はまったく痛くないと平然な顔をしていられるだろうか。夢の中でも痛いと認識すれば痛みは発生しそうなものだ。


「というか自分の顔でやって下さいよ……」

「それはそうと……何かこの場所、見たことがあるような」

「え? 確かに、私もそんな気が」



「ここはワンダーランドだよ! ようこそ!」



 カラフルな城や辺りに浮く風船を見てささら達が妙な既視感を抱いたその時、二人の他には誰も居なかった空間に突然可愛らしい声が響き渡った。


「え?」

「ボクはクーちゃん。このワンダーランドの王様だよ!」


 小さな子供のような声に思わずそちらを振り向くと、先ほどまで何も無かった場所に着ぐるみのクマが居た。頭に王冠を乗せ、パッチワーク風の――取り繕うことなく言えば継ぎ接ぎだらけのそのクマは、大きな頭を傾けてささら達を見上げる。

 ――そして次の瞬間、変わるはずのない着ぐるみの口がにたりと微笑んだ。


「ここが何か教えてあげるね? ここは君たちの夢の中のワンダーランドだよ」

「やっぱり夢……というか、さっきからワンダーランドって」


 ささらはそこでようやく既視感の正体を理解した。ここは、あのDVDのパッケージに描かれた光景とまったく同じなのである。そしてそれを理解した瞬間、ささらはとてつもなく嫌な予感に襲われた。

 これは、間違いなくただの夢ではない。


「君たちにはゲームをしてもらうよ! ルールは簡単、君達のどちらかがお城の最上階に辿り着ければクリア! パンパカパーン! 君たちは無事に帰れます!」

「……失敗すれば?」


 柊の言葉に、再び着ぐるみが楽しそうに笑った。


「ゴールに辿り着くまでにはたくさん試練があるよ。危険なものもいっぱい! だから、もし失敗したら……」


 張りぼてのクマはどこからともかく斧を手にした。そして側にある人の形をした風船の隣まで来ると――にっこり笑ってその斧を思い切り振り上げたのだ。


「こーんなことにもなるかもね?」


 直後、風船に斧が振り下ろされたかと思うと、割れた風船の中から大量の赤い液体が飛び散った。


「ひっ……」

「ささら!」


 咄嗟に柊が庇うようにささらの前に立ち、彼の服に赤い液体――つんとする生臭い匂いのするそれがぴしゃりと掛かった。

 ただ風船を割っただけだ。だというのに噴き出した液体は血だとしか思えないものであり、そして着ぐるみの足下には風船の残骸と共に、ぐちゃぐちゃになった真っ赤な“何か”の塊がぼとぼとと落ちている。


「それじゃあボクは最上階で待ってるから、二人とも頑張ってね!」


 唖然としているうちに、クーと名乗った着ぐるみは現れた時と同様にいつの間にか消えてしまっている。

 そして残された柊とささらは示し合わせたようにお互いを窺い、そして険しい表情で息を吐いた。


 最初に口を開いたのは、柊の方だった。


「この状況と今のやつ、お前はどう考える」

「……あのDVDが関係しているのは間違いないですね。恐らく映像を見た人間を夢に引きずり込んで楽しんでいるんでしょう」

「此処で怪我したり死んだりしたらどうなる?」

「……分かりません。でも、二度と起きられなくなる可能性もあると思います」

「クリアしたら“無事に家に帰れます”、だからな。そうでなければ……無事には帰れない、ということか」


 面倒なことに巻き込まれたな、と柊が舌を打つ。先ほどは夢かどうか確認してみたが、実際の所夢でも大問題だった訳である。


「……だが、まあ。こう言ってはあれだが巻き込んじまったのがお前で良かった。この手のことは慣れてるだろ」

「慣れると平気は全然違います……う、気持ち悪い」

「とりあえず動くか」


 噎せ返るような血の匂いにささらが口元を押さえる。とにかくこの場所から離れるべきだろうと、柊は先ほどの血だまりや赤い塊をささらの視界に入れないようにして歩き始めた。

 それでも匂いがきついのか、ささらは柊の背中に顔をくっつけるようにして歩く。


「おい、歩きにくい」

「だって血の匂い嗅ぐと気持ち悪いんですよ……」

「服を引っ張るな。大体お前は俺に対して遠慮というものを知らんのか。他のやつらにはびくびくしてるくせに」

「だって柊さんですし……それに柊さんだって私のこと平気な顔で巻き込んでるじゃないですか……」

「餅は餅屋って言うだろ。前にも言ったが俺はお前の実力を買ってんだ。頼りにしてるぜ、祓い屋さんよぉ?」

「……プレッシャー掛けないで下さいよ」


 この訳の分からない状況でも強気に笑ってみせた柊に、ささらは彼の背中から顔を上げて困ったように眉を下げる。だがその表情には、どこか喜色も含んでいた。


「札もなければ武器もないですけど……何とか頑張ります」

「サポートは任せとけ。最近色々見える所為で何か慣れて来たしな」


 ささらは頼りない顔をしながらも柊の背後から離れて彼の隣を歩き始めた。そして、少し進めば例の城はあっという間に目の前に現れる。

 

 一見するとまるでおもちゃのような城だ。カラフルで可愛らしい城だが、今の状況ではそれが逆に不気味に映る。ささらは緊張で体を強張らせながら柊と共に両開きの大きな木の扉を慎重に開いていった。


「……何も、ないですね」


 そっと開いた扉の奥にあったのは、ただ一本道のまっすぐな通路だけだった。先が見えないほど奥まで続く通路はとても外から見た城の中とは思えず、ささらは首を傾げながらおもむろに一歩城の中へと足を踏み入れた。


「とにかく進んで――え」

「ささら!」


 その直後、ささらはバランスを崩して落下した。

 彼女が一歩進んだ瞬間突如として足下の床が抜けたのだ。そのまま真下に落ちかけたささらだったが、その前に柊が咄嗟に彼女の腕を掴んで引っ張った為手前の床に尻餅を付くだけで済んだ。


「柊さん、ありがとうございま――ひ、」


 ささらはばくばくと煩い心臓を押さえながら柊に礼を言って立ち上がろうとする。しかしその時何気なく落ちかけた床の下を見てしまった彼女は、一瞬にして全身から血の気が引いた。

 床の穴の下には、幾重もの人間だったものが折り重なっており――それらに群がるように、沢山の大きな芋虫のようなものが這いずり回り“何か”を食べてしていた。

 口を押さえて扉に突撃せんばかりに後ずさったささらの様子を訝しげに見た柊も、続いてちらりと穴の奥を見て思い切り眉を顰めた。

 微かに聞こえるむしゃむしゃという音が耳に付いて気持ち悪い。


「ひ、柊さん、わた、私ももう少しであそこに落ちて」

「ああ、落ちなくてよかったな。助けるのに苦労しそうだ」


『ボクのお城へようこそー! それじゃあさっそく最初のゲームの始まりだよ!』


 よろよろとささらが立ち上がった所で、スピーカーも見当たらないはずなのにどこからか声が響いてきた。


『言い忘れてたけどゲームは全部で四つ! 最初のゲームはアスレチックだよ! 色んな障害物を用意してあるから頑張ってクリアしてね!』

「……アスレチックって」

「随分と気軽に言ってくれるな……って、おい後ろ!」

「後ろ?……は?」


 ささらのイメージするアスレチックとかけ離れたものであると容易に想像できるゲームにげんなりしていたその時、突如背後にあったはずの扉が消え、壁になった。

 そしてそれだけではない。その壁は、ずりずりと重い音を立てながら少しずつささら達の方へと迫って来ていたのだ。


「走れ!」


 柊の声に硬直していた体が動き出す。床の穴を避けてささら達が走り出すと、まるでそれに合わせるように壁も速度を上げて近付いて来る。真っ直ぐな一本道で他に逃げ場はなく、二人は必死に足を動かしてとにかく壁から遠ざかろうとした。


「柊さん! 右側! 扉あります!」


 しかし息も切れ始めた頃、ささらはようやく前方右側に扉を見つけた。迫り来る壁の速度はもう二人に追いつきかねないほどになっており、柊は転びそうになるささらの腕を掴んで何とか扉の先へと逃げ込んだ。

 刹那、扉の向こう側で壁が大きな音を立てて通り過ぎていく音が聞こえて来た。


「はあ……はあ……やっと、逃げられ」

「おい、天井下がってるぞ!」

「ええ!?」


 膝に手を付いて息を整えようとした矢先、ささらが顔を上げると今度は天井が下に下がり始めていたのだ。

 ささらと柊は休憩もままならないまま再び走り出す。そうして天井だけではなく動く床であったりワイヤーに触れたら刃物が飛んでくるブービートラップだったりと、さまざまな“アスレチック”が二人に襲いかかって来る。途中体力が限界に達したささらを柊が背負いながら、何とか一息付ける場所まで辿り着くことができた。


「つ、疲れた……」

「お前走るのは速いが体力ないな」

「逃げ足には自信があって……柊さんはまだまだ元気そうですね」

「こう見えて昔は色々やんちゃして暴れた時期もあったからな」

「こう見えて、というか普通にそう見えます」

「どういう意味だこら」

「ちょ、頭ぎりぎりしようとするの止めて下さいって!」


 柊が大きな手で彼女の頭を掴みかけたが、その前にささらが両手で頭をガードする。


「……ところで今更ですけど柊さん」

「なんだ」

「これ、どうやって行けと?」


 床にべったりと座り込んだささらは若干虚ろな目で眼前に広がるそれを指さす。


 彼女たちが居るのは今までよりもずっと広い部屋だ。しかしその殆どに床は存在せず、ささら達がいる場所と部屋の奥の扉がある場所にだけ足場が存在する。そしてその間には、丈夫そうなロープが一本こちらと扉側を繋ぐようにぴんと張られていた。

 そしてそのロープの下は先ほどのような凄惨な光景はなかったものの、おそらくビル一つ分ほどの高さがあるように見えた。


「……まあ、順当に行けば綱渡りだろ」

「一番アスレチックっぽいのに一番難しいんですが……柊さんは?」

「補助なしに綱渡りできる人間がどれだけいると思ってんだ」


 柊はおもむろにロープに近付くと、その強度を確かめるように片足で踏んでみせる。


「千切れることはなさそうだな」

「だとしても、手を使って渡ろうにも向こうまで行ける自信が……柊さん? 何してるんですか」


 ささらがどうしたものかと頭を抱えている間に、柊はロープが固定されている柱に近づき、それを解き始めた。固く結ばれているようで苦労しているが何とか外すと、今度はささらを呼んで背中にしがみつくように言った。


「も、もしかして」

「もしかしてだな」


 柊は背中にしがみついたささらごとロープを巻き付けて体を固定すると、「しっかりつかまってねえと死ぬぞ」と脅すように言って足場の縁ぎりぎりまで足を寄せた。


「ひ、柊さんまだ心の準備がああああああ!?」

「うるせえ」


 その瞬間、ささらは全身に感じる浮遊感と体をロープに締め付けられた痛みで叫んだ。

 柊はそんな彼女に構わずロープをしっかりと両手で掴むと足場を蹴り、そしてそのまま振り子のように向こう岸の足場の下まで勢いよく飛んだのだった。

 目の前に迫る壁を足で蹴って勢いを殺した柊は、恐怖で絞め殺さんばかりにしがみついているささらの重さにも眉も顰めずにそのままするすると綱をたぐり寄せて扉側の足場へとよじ登った。


「し、死ぬかと思った……」


 ようやく体が床に付くと、ささらは酷くぐったりして大の字になってごろんと横たわった。地上がこんなにもありがたいことだとささらは初めて知った。


『一つ目のゲームクリア、おめでとー! ……でも、ちゃんと綱渡りしてほしかったなあ』


 その時、再びどこからともなくあの着ぐるみの声が部屋中に響き渡った。どこか不満げに付け足された言葉を聞いて、柊は開き直ったように鼻で笑った。


「別にルール説明なんてされなかったんだから手段なんてこっちの勝手だろ」

『ぐぐ……次はもっとこわーいゲームなんだからね! 覚悟するといいよ!』


 柊の声は向こうにも届いているらしく、悔しそうに怒りながらその声はぶつり、と途切れた。


「これでようやく一つ目か。……背負ってた時もだが、お前が軽くて助かった」

「伊達に食費節約してませんよ」

「他のところを節約しろ。だからいつも食い溜めする羽目になるんだお前は」


 そうは言ってもどうにもならないのが現状である。札に使う紙や墨は特別なものを使っているし、職業柄怪我も多く治療費が掛かることもある。もう少しバイトの給料が高ければいいのだが、高卒認定も受けていないささらは雇ってもらえるだけましというレベルである。

 身も蓋もない話だが、祓い屋を止めた方がもしかしたら生活は楽になるのかもしれない。――けれど、彼女はそれでもどうしても続けたいと思っている。


「……」

「何だ、黙ってこっち見て」

「なんでもないです。……何か、頑張るって言っておきながら結局柊さんに助けられてばかりですみません」

「まあ今回は俺向きだったからな。そっちの本領を発揮する場面では大いに頼らせてもらう」

「ま、任せて下さい……?」

「そこはもっと自信満々に言ってほしいんだが」


 呆れたように眉を顰めた柊に、ささらは曖昧に笑った。



 ゲームは、あと三つ。


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