最終話 大空に実る果実
それから一週間が経った、たった一週間だ。心鳴との戦い、それから1度しか学校に赴いて居ない。やはりというべきか、烏曇祭はあれ以来1度も出席していなかった。完全武装し、家にも行ったが家は留守。裏側から入り込み、調べつくしたが居ない。行方の手がかりも無い。そんな状況であった。
しかし、心鳴の見立てでは、後7日以内に最後の戦いが起こるというのだ。烏曇祭の様な人間は、自らの過ちを消す為に、力を行使すると。
その見立ては、当たっていた。
空を埋め尽くすビーストの群れ、人々は逃げ惑い、立ち向かうはたった2人。
「僕にとっては人生二度目の決戦だ、困ったことがあったら先輩に頼りなさい。初陣の後輩ちゃん」
「は、はい先輩!」
「それじゃ、最高の未来のために」
「うん! 最高の未来のために!」
最高の未来。それは百々最と心鳴が思い描く物だ。それを現実にすべく、ありとあらゆるシチュエーションを予測した。作戦会議も何度も、何度も、耳のタコも潰れる程に行った。
その中で、最も可能性が高い状況、それが今であった。
「さて、予定通りビーストがうじゃうじゃだ。飛行能力を持つビーストなんて、普通なら厄介でしかないけど……適当に撃っても一体には当たる状況。これはクールとしか言いようがないね」
心鳴は変身もせずに、どこからか巨大な銃を取り出した。背中には、身長より僅かに小さい位のタンクの様な物を背負っている。そこから伸びたケーブルは、銃に直結されている。
銃口から発射されたのは、途轍も無くでかいエネルギーの弾だ。それがビーストの一部に着弾すると、爆発する様に炸裂した。
青も太陽も通さなかった黒に、それは光を齎した。それが2発、3発と続いていく内に、影1つ無い晴天となる。
「なんだろう、私必要無いのかなって思えて来ちゃうね……」
「いまのは取っておきだからね?」
焼きつき溶けた銃身を揺らしながら心鳴は答える。そして何の合図も無く、2人は一点を見た。
それは、空に現れた影。頭上に雲を浮かべる、灰と赤の少女。
「この世、は、じゃ、弱肉強食なんだ、よ」
「…………」
クラウドネスアップルは、そのまま一方的に続けた。
「た、たった17年生きてきた、わ、私でも、そんなのはわかる……は、辱められて、いじめられて、ぶ、打たれて……私が、弱かったか、ら」
烏曇祭の言葉は全て真実だ。実父に辱められ、家庭内で発言する事すら恐ろしく感じられ、気づけば外に出ても、暗い人間となっていた。それを面白がったか気味悪がったか、周囲の人間は彼女を甚振り笑った。それは小学校を卒業し、中学校に入っても続いた。
実父の事が明るみに出たのは、高校を入学してすぐの頃だった。すぐに母に連れられ、父の手が及ばぬ土地へと逃げた。何時までも牢獄に篭っている訳では無い、父はいずれ出てくるだろう。そして、必ず復讐される。祭の母はそう考えたのだ。
だが、何もかもを知りながら、この様な自体になるまで動かなかった母を、祭は弱いと判断した。
父は強かった、父の同僚からも慕われていた、家庭内では、まるで暴君の王だった。母は弱かった、何時も父が帰宅すればビクつき、祭が殴られようが辱められようが黙って、見てみぬフリをしていた。
父の事が明るみになったのも、母が起こした行動では無い、母は状況に便乗しただけだ。
「だから私、は、力を手に入れて、く、食う側に回ったんだよ」
父の事を明るみに出したのは、祭だった。切っ掛けはそう、力を手に入れたからだ。クラウドネスアップルの力、それと同時に、ビーストを使役する力を。
直接的に家庭や状況を変えられる力では無かった、それでもその力は、祭を変えた。
警察と児童相談所に通報し、程なく父は逮捕された。
ビーストを使い、学校を襲撃した。自身に暴力や暴言を行使した人間に報復をした、同じ事をしただけだ。そして、クラウドネスアップルへと変身しそれを救って見せた。人々から賛美された、全てが自分の思うがままだ、思い描いた全てが、力で実現出来る。
「祭ちゃん、違うよ、そんなの……力じゃ、無い」
「いやどうかな、あれも力っちゃ力だよ」
「え!?」
百々最の発言に、心鳴が横槍を入れた。
「力って神秘的なもんでもなければ、正義だけに備わっているもんでもない。事実、ビースト……いや、クラウドネスアップルに殺された人々に理由がつかない。力があるから人を殺せるし、力があるから僕たちの前に立っていられる。つまり」
「そうだね、心鳴ちゃん……祭ちゃん、貴女は力の使い方を、間違ってる」
「いやそれもどうかな」
「え!?」
また心鳴が横槍を入れた。
「つまり、あいつは間違ってなんかいないんだよ、あいつにとってはね。あいつが間違ったってことになるときは、自分で間違ったと認めたときだ。認めなきゃ、なんの意味もない。百々最が間違ってるってことにさせたいのなら……勝つしかない。力でねじ伏せて、都合を押し付けて、それで考えなおしてくれたら、百々最の勝ちだ……なんて、僕が言うのもなんだけど」
心鳴は構える、言いたい放題言って構える。
「ウェザーフルーツ、スノー!」
百々最がこの変身を見るのは、二度目。そして、恐らくは最後。
「ウェザープリンセス……スノーハスカップ」
スノーハスカップは跳躍する。空は我がものだと主張せんばかりに飛び立つ。刹那、輪郭がブレて姿を消す。クラウドネスアップルは、見抜いていた。アップルから見て、左側へとかすかに重心を掛けていたのが見えていた。故に、彼女は左へ視線を送る。
「僕はこういう小手先の技が、得意でねえ」
スノーハスカップが現れたのは右からだ。硬化した袖は宛らハンマーの如く、全身をひねり生み出された力でアップルを吹き飛ばす。ハスカップは、何時もながらに容赦が無かった。
体勢を崩しただ飛んでいくアップルに対し、ウェザープリンセスの能力を発射する。
「う、ぐ、ぁぁぁあああああ!」
アップルの悲鳴が木霊する。悲痛に顔を歪めるのは、漠然とそれを見る百々最だ。それもそうだろう、裏切っていたとは言え、よく知った人間が蜂の巣にされているのだから。
ハスカップは左手でアップルへ撃ち続け、右手を構える。
その右袖は、周囲から光を集め続ける──。
「垂雪」
遠くに避難した人々も、アップルも、百々最でさえも。
それは月に見えた。
周囲を真白に染め上げる光が、目に映る全てを消してゆく。
「へぇぇぇええ~! ダメージを拒絶したんだ……でも、限界みたいだね」
まるで無邪気な子供が遊んだ後の様な風景。瓦礫が散らばり、大きなクレーターが開き、何もかもが殺されていた。先ほどまで、人々が住んでいたとは到底考えられない、荒んだゴミ溜り。
その中に、アップルが倒れていた。周囲のゴミと同じくして、無残な姿で。ゴミの様に。
「頭……おかしいんじゃ、な、ないの? こ、こんな物を此処でつ、使うなんて」
誰の目から見ても、虫の息であった。下半身は既に消滅しており、胸から上しか無いその姿はまさに。
「……うっ」
瞬時に建物の影に隠れていた百々最も、ダメージは免れなかった。腕に鉄パイプの様な物が刺さっており、それを死ぬ気で引き抜き、回帰させる。
そして視界に飛び込んできたアップルの姿に、嘔吐した。
「どいつもこいつも、情けないな……百々最、吐いてる場合じゃないよ」
アップルと百々最の中間地点に立つハスカップはそう吐き捨て、アップルを指差す。
否、それは最早アップルでは無かった。ウェザープリンセス、クラウドネスアップルでは無かった。烏曇祭ですら無かった。
肉が盛り上がる所までは以前と同じ、しかし再生したのでは無い。新たな肉体を生み出したのだ。
それは、その姿は。
「ビースト……いや、食獣か。天然ものだもんね……百々最、クラウドネスアップルはすでに化けもんに支配された」
タイツを被せた様な顔、白い体毛に覆われた四本の腕。長く伸びた爪と牙。触手の様に幾多に分岐した足が地面に突き刺さっている。
「作戦通りに……いや、ちょっとまずいな。地球と融合しているように見える」
「ハスカップ……私、わかってるよ」
「いつもみたいに心鳴って呼んでよ」
右腕の二本が振るわれる。垂雪程の出力を撃っても反動を殺したスノーハスカップ……心鳴でさえ、その衝撃波は防げなくぶっ飛ばされる。途中で百々最を抱え、身を挺して守りながらも、背中を削りながら着地した。
「百々最」
「うん!」
百々最は立ち上がる。雲にぶっ刺さる、変わり果てた姿を睨み。
「ウェザーフルーツ! サニーレイン!」
輝くは桃色と青色の光。
「ウェザープリンセス──ウェザーカクテル!」
サニーピーチ、レイングレープ。その2人を合わせたが如く姿。
しかし、駆け出したのはウェザーカクテルではなかった。スノーハスカップだ。
「正真正銘、全力最後の技だ……終雪!」
獣の様な巨人は、前に降り注ぐ白に視線を移す。自身を超えるその圧倒的な質量を見る。
「消えろぉおおおおおおおお!」
「グオオオオオオオオオオオ!」
巨人は口を開ける。四本の腕を纏め、それごと口へと変貌させ食らおうとする。
先のを凌ぐ衝撃波、残ったビルが跡形も無く消え、雲が裂けて消え、
──残っていた。巨人は、そのままの姿を残していた。
「消えろって言ったのは、君に対してじゃない」
スノーハスカップは驚きもせず、勝ち誇った様な笑みを浮かべた。
「──アァァあぁぁぁぁあああ!」
巨人の前に現れたのは、ウェザーカクテル。決死の表情を浮かべ、断末魔の様な咆哮を上げる、ウェザーカクテル。
無から出現した彼女は、両手を突き出し、2色の光を浴びせる。
巨人には、卓越した視覚、嗅覚、聴覚、風の感知が在る。通常ならば、ウェザーカクテルの接近に気づけただろう。しかし、それをさせなかったのはスノーハスカップだ。
全力を振り絞った攻撃で気を逸らした。それだけでは無い。
スノーハスカップの能力は、隠蔽。雪が地面を隠す様に、何もかもを隠す事が出来る。男の様な長身の姿を取っていたのも、この能力によるものだ。
彼女はそれを使い、ウェザーカクテルを隠した。姿を隠し、匂いを隠し、音を隠し、攻撃で爆風を起こし、風を隠した。
「グォオオオオオオオオオオオオオ!」
ウェザーカクテルは、受容の力を使い、力を吸い取る。同時に回帰の力を使い、在るべき姿へ──烏曇祭へと戻そうとする。
咆哮は次第に弱々しくなり消えるが、巨人の目は攻撃本能を剥き出しにしていた。
ウェザーカクテルの前に広がる暗闇、牙。
それを食い止めるのは、青白い閃光。スノーハスカップがつっかえ棒の様にウェザーカクテルを噛み砕く口を阻止する。
「やっぱり、体の主導権は食獣にあるね。知性があれば、腕で両側から彼女を叩き潰せばいい。やぁ、よかったよ……烏曇祭に主導権が渡らなくて」
スノーハスカップの思惑通りであった。烏曇祭の意識があれば、恐らくは倒せない。そうさせない為に、体を激しく損傷させ、食獣の治癒能力を使わせ、そのまま体を乗っ取らせる作戦。
「戻って、ちゃんと罪を償って、人間として生きて、だから──戻ってぇぇえええええ!」
光。
光が世界を包む。
地平線、空、世界、全てを包む。
光の中で、雨揺次吹が笑っていた。
光の中で、皇雪心鳴がため息をついていた。
光の中で、烏曇祭が眠っていた。
光の中で、日晴百々最が泣いていた。
「次吹ちゃん、私、全部ちゃんと終わらせたよ……」
空が青く照らす。雲1つ無い晴れ空が降り注ぐ。
崩れ去った景色が元に戻っていた。人々が生きる場所へと戻っていた。
「百々最」
「心鳴、ちゃん」
皇雪心鳴が百々最の前に立っていた。不自然に下から光を照らされながら。
「余韻に浸ることもできないみたい。僕、次の世界に行かなくちゃ」
そう呟く皇雪心鳴の足元には、魔方陣の様なものが広がっている。寂しげに心鳴を照らすそれは、心鳴の表情と同じであった。
「また、会える?」
「うん、会えるよ」
百々最の表情も、心鳴と同じく、寂しげな表情だった。
「祭ちゃんのことは、任せて」
「うん、任せた」
心鳴の足が、光になっていく。
「百々最、僕たちは最高の友達だ」
「うん、私たち、最高の友達だよ!」
百々最は笑う、これでもかというくらい、晴れ空のように笑う。
「次あったら、また一緒にお風呂入ろうね!」
「いや、僕既婚者だしちょっとそれはね……」
しかし、その目からは涙がこぼれている。雨空の様に滴る。
「百々最」
「うん?」
心は曇っている。寂しさ、孤独感で、曇り空の様に。
「僕の本当の名前は……」
皇雪心鳴は最後にそれを伝え、消えた。
「またね」
百々最はそれを見届けて、再会の約束を呟く。
雨空の様に泣き出しそうだった、曇り空の様に心が何かに覆われる気持ちだった。
それでも日晴百々最は笑った、その笑顔は、晴れ空そのものだった。