第7話 サニーピーチ覚醒の時! 最後のウェザープリンセス!
2本の蝋燭がテーブルの上で2人を照らしていた。灯った火は互いの心の様に揺れている。
この状況に落ち着いたのは「ちゃんと話をして、どうするか決めよう」と心鳴から言い出したからだ。そして、心鳴がぽつりと言葉を落とした。
「僕は、異世界から来た」
「……それ、冗談じゃなかったんだね」
心鳴の告白に、百々最が苦笑いを浮かべる。互いに力の無い、覇気の無い言葉だ。それは今にも雨音に掻き消されてしまいそうなくらいに。
「使っていた銃も、異世界のテクノロジーで、僕の仲間が作ってくれたものだよ。実際僕は男だし、結婚もしてる」
「じゃあ、どうしてそんな姿をしているの?」
「それが僕にもわからないんだよね。たぶん、僕をこの世界に連れてきたやつの悪巧み……ってところかな。そいつも敵じゃないんだけどね、どっちかっていうと、味方かな? この世界に来てからも結構連絡取ってるし」
「えっと。よくわかんないんだけど、心鳴ちゃんはどうしてこの世界に来たかったの?」
心鳴は言いづらそうにしていた。それでも百々最は聞くべきだと思い、引かない。
「僕と家族には、呪いのようなものがかかっていて……その呪いを解くため。この世界もいくつもある世界の一つで、僕はいろいろな世界を旅して、呪いを解かなきゃいけない」
「色んな世界を旅するだけで呪いが解けるの? それとも、なにかやらなきゃいけないの?」
「わかんない。でも、この世界においての僕の役割は……ビーストから世界を救うことだと思う。それを達成するまでは、僕はこの世界から出られないんだ。僕を異世界転移させたやつもそんなようなことを言っていたしね……ていうか、僕の情報のほとんどは、そいつがくれたんだ。ウェザープリンセス、ビースト、クラウドネスアップルがビーストを操っているとか、ほとんど全部」
百々最は顔色を暗くし「そっか」と零して、黙ってしまう。情報の整理が追いついていないのもあるし、複雑な気持ちなのもそうさせてしまう原因の1つだ。
「この世界に来て早期にウェザープリンセスの情報が目に入ったし、僕もウェザープリンセスになった。だから多分、ビーストから世界を救うって目的は勘違いじゃないと思う」
「え、ええ? ウェザープリンセスだったの!?」
「うん? ああ、口が滑った」
今更何故そんな事を隠すのか、百々最はわからなかったが、すぐに知る事となる。
「それで、百々最はどうするの? 戦いから遠ざかって、平和に暮らすか……」
それとも、と心鳴は続け。
「僕の敵となるか」
薄暗くてもわかる敵意。大よそ少女とは思えぬ程の凄みに当てられる。だが、あの男の時の方がもっと鋭かった。それはそうだろう、目の前に居るのはサニーピーチではなく百々最なのだから。
「ビーストを元を姿に戻していったら、私は必ずビーストになるの?」
「僕の見立てではほぼ必ずなるね、だからその道を行くのなら僕は容赦しない」
「なら、ビーストと戦って、心鳴ちゃんとは戦わない……そんな案は、無いの? 可能性は完全に0なの?」
「案はあるよ、可能性だって零じゃない」
サラッと言った。これでもかというくらい軽く言い放った。じゃあ今までのは何だったんだと声を荒げたくなる程に。
「だけど、限りなく可能性は低いね。一か零だったら零のほうが近いくらいだよ」
「やる、お願い、教えて」
百々最は悩まない、最善の方法が見えているのなら、どんな可能性であれ挑戦する。それしか道が無いような気がした、悩む事などあり得ない。
「サニーピーチの能力は受容。じゃあレイングレープの能力はなんだと思う?」
「えっと、治療?」
「回帰だよ」
回帰。
「元ある状態へ戻す能力がレイングレープの能力だよ。だから怪我が治るし、壊れた建物も治せる……百々最にはそれはできないみたいだけど。だから百々最は、その能力で食欲をなかったときへ戻れば……ビーストにはならないだろうね」
「なら、時間があれば……」
「無理だ。君がいくらウェザープリンセスとしての才に溢れていても、それはとても長い時間がかかる。そのころにはもう、僕がクラウドネスアップルを殺しているさ」
「じゃあ、方法なんて無いじゃん!」
「あるってば。君の能力はまだ潜在能力なんだよ……だから、僕の協力者に連絡して、潜在能力を解放する道具を貸してもらえれば……って言っても、僕はすでに一つ壊しちゃってるんだ、予備があればなんだけどね」
なるほど、それなら確かに可能性は低い、と納得できる。それと同時に、心鳴が耳に手を当てた。
「もしもし? 起きてるよね、僕にくれたあの腕輪、予備はある? ……うん、恩に着る……あぁ!? まじかよもう!」
目の前のテーブル、2本の蝋燭の真ん中が強く光り輝いた。黒い輪がゆらゆらと宙に出現する。
「手に取って、百々最」
百々最は生唾を飲み、それを手にする。
「もしもし、転移の準備を……目的地、適当な無人島」
瞬きの瞬間、強い光が暗闇を消し去り、次の瞬間には小さな光輝く宝石の下だった。星空、幾つもの、幾つもの星が頭上に鎮座していた。
「こ、此処……どこ?」
「無人島、聞いてなかったの?」
「いや……え? うん……聞いてました、はい」
心鳴はわざとらしく咳払いをして、百々最と距離を取る。
「その腕輪をはめて、こう言うんだ……循環せよ……繰り返される悲劇」
言われるがまま行動し、それを口にする。
「循環せよ、繰り返される悲劇!」
刹那、腕輪が分解されていき、光となって百々最の周囲を飛び交う。何の合図も無く、それは収束する。現れたのは、黒き鎧。荒々しく、禍々しく、悪魔の様な形相をした鎧。
溢れる全能感が百々最を支配する。今頭にあるのは、目の前の美しい少女をいかに叩きのめすのか。幾ら戦っても勝てなかったあの男の正体、皇雪心鳴と戦いたいという確かな意思。
「わた、私はどうすればいいの!」
「いま、僕と戦いたくて仕方ないでしょ? やろう、潜在能力が使いこなせるようになるそのときまで」
対する心鳴も、腕を突き出して吠える。
「ウェザーフルーツ! スノー!」
閃光の様に心鳴の体が発光する。純白に近い青白さが散る。
「ウェザープリンセス……スノーハスカップ!」
皇雪心鳴は、スノーハスカップは白を基調とし、鮮やかな青紫が施された衣装を身に纏っていた。その瞳もまた、鮮やかな青紫に染まり、髪の色は雪の様な白さを持つ。
巫女の衣装の様な格好が、嫌になる程似合っている少女の長く伸びた右袖から腕は見えない。だが、ぶらりと垂れ下がる事もなく、百々最へ向けられていた。左腕の袖は垂れ下がっている。攻撃の際だけに固定されるのだ。
つまり、スノーハスカップの攻撃手段は、この袖にある。
砲身を象っているかの様なソレは、内部から光り輝いた。
「撃ち抜くっ!」
雪球の様な光を帯びる球体が、ハスカップの様に小粒ながら吹雪の如く速度で連射される。サニーピーチ時でさえ見切れない速度だが、繰り返される悲劇の効果なのか、何とか見切れた。喜々としてそれを回避し──サニーピーチとしての力を使った。
それから、何時間にも及ぶ死闘が繰り広げられた。語るも無残な、血で血を洗う戦いの末。百々最は手に入れた、全てを回帰させる程の、能力を。
「繰り返される悲劇、解除完了……はぁ、よし、成功だよ、百々最」
「こ、こな、ちゃん」
2人の意識が薄れゆく、それはそうだ、眠らず、戦いに長い時間を費やしたのだから。それでも朝日は、容赦無く彼女達を照らし続けた。
それはまるで、祝福そのものだった。