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第6話 悲劇! 百々最の涙!

 サニーピーチは表情に疲労を浮かべながら、クラウドネスアップルへ駆け寄る。人が集った痕跡があるこの街中で、ただ二人だけが肩で息をしていた。目の前に居るシベリアンハスキーを眺めながら。


「ふぅ……アップル、怪我無い?」

「だ、大丈夫、ピーチ、は?」


 サニーピーチは自身の体をあちこち見て確認を取り、怪我1つ無い事を確認すると、笑みを浮かべながら「大丈夫みたい」と告げた。

 サニーピーチがクラウドネスアップルと手を組んでからしばらく、2人は2年生となった。ビーストは相変わらず出現している。現れる度に強さを増しながら。しかし、クラウドネスアップルが的確に弱点を見つけ出してくれたお陰で怪我は無かった。

 例の男は、ここ3回は現れていない。あれだけ執拗にビーストを追い、殺して、その後姿しか見せなかった男が、だ。

 楽観的なサニーピーチでも、流石に思い至る。これは、何かがあったか……それとも、何かの罠か。


「じゃあ、今日も勝利のお祝いにクレープ食べに行こ!」


 とはいえ、誰も死なかかった、誰も殺されなかった。ビーストの元となった犬も、追跡者に見つからないように細心の注意を払い、必ず飼い主の元へ送り届ける。それが嬉かった、非日常の中で、誰も死なないという日常を作り出せた事が、サニーピーチは嬉しかった。


 しかし。


「闇討ち御免!」


 半笑いの声が聞こえた。その方向は丁度クラウドネスアップルと同じ。サニーピーチは時間が止まったかの様な感覚を覚える、いや、正確には止まったと思える程、何もかもが遅い。逆に言えば、思考が加速している。わかる、わかっている、その声の主は、あの男だと。


 居た、灰と赤を基調とした衣服に包まれ、目を見開いたクラウドネスアップルの後ろに、あの男が。


「やめて!」


 言葉と共に体を動かすが、最早それは何の意味も成さない。男は奇声の様な笑い声を響かせながら、クラウドネスアップルの胸に大穴を開けた。


 サニーピーチの心臓が痛い位に跳ねている。逃げないと危ない、男から目を離していいはずが無い、それだと言うのに、視線がクラウドネスアップルから離れない。


 クラウドネスアップルは、サニーピーチにとってもう仲間だ。友人でもある、ウェザープリンセスとしても、かけがえの無い仲間なのだ。

 しかし、彼女の目に力は無い。いつも見てきた烏曇祭の目では無くなっている。


「嘘……」


 サニーピーチの顔が絶望に歪む。


「嘘だ、嘘だ、こんなの、嘘でしょ……!」


 その時、光を失ったクラウドネスアップルの目が、ギョロりと動いた。

 見る見る内に胸の穴から肉が盛り上がり、まるで何事も無かったかの様に元へ戻る。ただそこに開いた、服の穴だけが現実だと示す。


「やっぱりね」


 二人の背後に生温い風が吹いた。既に男に背後を取られている。

 そのまま、ゆっくりと口を開いた。


「クラウドネスアップル、君の能力は拒絶なんだろ? その傷を拒絶して治癒した、という見方ができなくもないけど、それは違うね。なぜなら君は完全に死んでいた、即死だ。だと言うのに傷が癒えた。サニーピーチの新たなる能力、いや、レイングレープの能力だという見方もある。それでも、レイングレープよりも力を使いこなせるサニーピーチであっても、死んだ人間を蘇らせるなんて芸当は不可能だ。可能ならば、僕が殺したビーストを復活させているはずだからね」


 サニーピーチの肩から銃口が覗いた。標的は、クラウドネスアップルだ。


「つまりそれはビーストの力だ。しかも、養殖のビーストではなく、天然のね。君はビーストが本来持つ欲望だけを拒絶し、その力を我が物とした。なぜそんな芸当が可能か、そんなの簡単だ。ビーストの養殖も、ビーストを暴れさせたのも、君だからだ。つまり、事件の首謀者は……クラウドネスアップル、君だろ? もちろん裏づけも取れている、ここ最近、僕はビーストを倒さず、君たちの戦いを見張っていたからね」


 サニーピーチは男が何を言っているのか、まるでわからなかった。言葉は聞こえているが、それがどうにも頭に入らない。ただ背後で膨れ上がる敵意に反応し、体が勝手に動いてしまった。


 気がつけば。彼女は男の右腕を握りつぶしていた。感触が明らかにおかしかったが、腕を握りつぶした経験等無いサニーピーチにとって、イメージが違っただけかもしれない。


「やってくれたな、サニーピーチ……まあ君も、ビーストの力を持っている側の人間だ。よし、決めた。僕はこれより、完全にウェザープリンセスと対立し、ビーストと共に君たちを殲滅する」


 腕が振りほどかれると同時に、男が消えた。


 いつもと違い、安堵はしない。沈黙が場を支配する。クラウドネスアップルは、弁明するでも無く、動く訳でもなく、ただばつの悪そうな顔をするだけだった。見ようによっては、不貞腐れている様にも見える表情であった。


「…………」


 嘘でしょ? 本当なの? 言いたい言葉は幾らでもある。それでもクラウドネスアップルの態度を見ていれば、どう帰ってくるか何て想像が付いた。聞きたくも無かった。

 全て嘘だった、次吹が死んだのも、祭のせいだった。


 サニーピーチは、ふらふらとその場を去った。


 何時しか変身は解けて、何時しか家についていた。


「おかえり、百々最」


 帰れば何時だって心鳴が明るい声で迎えてくれるが、今日はどんよりとした声であった。共同生活も板に付いてきた頃だ、百々最の精神状態を見抜いていたとしてもおかしくはない。そこまで考える余裕は、今の百々最には無かったが。


「どうしたの? 顔色悪いよ」

「ううん、何でも無いの……ただいま」


 百々最はそう言って、自分の部屋に戻ろうと足を進めたが、腕を握られ止められる。


「なんでもなくは、ないよね」


 心鳴はそのまま百々最の手を引き、ソファーへ座らせた。彼女の両肩を優しくたたきながら「すこし待っててね」と言い残しキッチンへ姿を消す。

 百々最はさっさと眠りたかった。忘れたかった、でも、きっと眠れない。意思に反して体は眠らないだろうと言う事はわかっていた。


 しばらく待つと、湯気を立ち上らせるティーカップが目の前に差し出された。促されるがままに、百々最はそれを受け取る。

 心鳴が一度頷き、隣に座る。


「ほら、温かいうちに」

「うん……んっ」


 紅茶は熱すぎず、冷めてもなく、安心する温度だった。その味もまた、安心するものであった。自然と百々最の口からため息が漏れる。「ハッ」とも「ホッ」とも言えぬようなため息が。

 いつもそうだ、心鳴はいつも戦いに疲れた百々最を癒し続けてきた。言える事は少なかったが、それでも話を聞いてくれた。隠し事と嘘ばかりで要領を得ない話に何度も付き合ってくれた。


 それと同時に、心鳴はいつもどこか寂しそうだった。夜、共に寝る時はよく泣いていた。眠りながら、誰かの名前を呼んでいた。百々最はそれを優しく抱き寄せる、そんな日々を送ってきたのだ。


 だから、安心できた。


「なにか、あったの?」

「……友達が、えっと、間接的に、違う友達を……殺したの」


 戸惑いの様な声音から、冷たく変化する。恨みや憎しみを抱えた声音へ。


「百々最はそいつをどうしたい?」

「どうしたいって……」


 その答えを今から考えたいと思っていたのだ。何も言えるはずが無かった。


「八つ裂きにしたい? ぎったんぎったんにしたい? グチャっとして、痛みに悶える姿が見たい?」


 どれも違う気がした、百々最の中にあるのは、もっと別の感情だと自身の鼓動が訴えかける。


「もう関わりたくない? すべて投げ出したい? 自分は最初から無関係だったと主張したい?」


 それも違う。百々最は首を振った。


「過ちを犯した友を、正したい?」

「うん」


 そう言った瞬間。目の前が、パッと鮮やかに色づく。音もクリアに聞こえて、胸のモヤモヤが無くなった気がした。その時彼女は、ある事に気づいた。


「心鳴ちゃん、その腕、どうしたの?」


 隣に座る小さな女の子、これほどまでに美しい存在があっていいのだろうかと思わせる姿。その一部が、包帯でグルグル巻きになっていた。たどたどしく巻かれたそれは、今にも解け落ちそうだ。


「これ、はね。えっと、折れちゃって」

「大丈夫なの!?」


 百々最がソファーを揺らしながら立ち上がる。それによって、拙い技術で巻かれた包帯がすぐに解け、落ちた。


「──え」


 百々最はバカみたいな表情を浮かべ、バカみたいに一文字で片付けた。心鳴の小さな腕に、右腕に、手跡があったのだ。それを認識した瞬間、惨く変色していた手跡が、白く染まってゆく。


 百々最はそれに驚いていた。

 目の前で心鳴が怪我をしている。だから、無意識に治療していた。普段ならば、自らの正体をバラすような真似はしない。動揺したのだ。

 同時に、例の男だとわかってしまったのに、なぜ能力が使用してしまったのか。


「……サニーピーチ!?」


 心鳴は瞬時に動いていた、そう、目にも止まらぬ速さで、だ。百々最の腕を絡み取り、後少しでも力を加えればすぐさま折れる様な体勢を形作る。


「……心鳴、ちゃん!」


 抜け出そうと、力を込める。その度に、腕が音を立てて軋む。そしてフッと力が抜ける。その繰り返しが、何度も、何度も起こる。


「ウェザーフルーツ! ピーッ!」


 心鳴は百々最がサニーピーチである事は知らなかった。それは変身の瞬間を確認していないという事を意味する。だと言うのに、心鳴はすぐさま間接技を解き、百々最の首を絞めた。本能的に危険を察知したのだ。

 だが、その腕に力は無い、というよりも力が抜けていっている。緩むにつれて百々最は空気を目一杯かきこみ、むせ、「心鳴ちゃ、ん……ど、どうして……!」なんて事を口にしてしまった。答えを聞かずともわかっている、烏曇祭の時と同じだ。あの男が心鳴だったのだ。

 目には苦しみと悲しみにより涙が溢れ、顔は真っ赤にして、背にまたがる心鳴を感じる。答えを言わない心鳴をただ感じる。いつものぬくもり、いつもの体重、感じるもの全てが、百々最にとっては日常。

 日常だと言うのに、異常な状況に陥っている。


「どうして、だよ。どうして百々最がサニーピーチなんだよ……僕は、どうすればいいんだよ!」


 その声を聞いて、泣いているのがわかった。泣き叫んでいるとわかった。いつも静かに泣く心鳴が、声を荒げて泣いているのがわかった。そしてすぐにフー、フーと息を荒げていた。

 いつしか降り注いでいた雨音だけが場を支配する。一瞬、視界が真っ白に染まった。遅れて耳を犯すのは轟音だった。


 百々最には何も見えなかった。雨音が聞こえていた。体重は感じなかった、息遣いも聞こえなかった。


「心鳴ちゃん!」


 腕をつき、よれよれと立ち上がり、暗闇の中を走る。物に躓きながらも、それでも走り、玄関から飛び出した。嵐の様な風と雨粒が百々最の顔を叩く、それでもお構い無しに走った。

 どっちに行ったのかもわからない、それでも走り、走り続ける。


 意識が朦朧とした。目が見えているのか見えていないのかもはっきりしなかった。何度も目の前が真っ白に染まり、轟音を体で感じ、雨に叩かれ続けた。

 自分が泣いているのか、ただ雨で顔が濡れているのか、わからなかった。


「心鳴ちゃ、ん! 心鳴ちゃん! 心鳴ちゃん、心鳴ちゃん!」


 頭の中で叫んでいるのか、実際に声に出ているのか、わからない。何で追いかけているのかもわからない。邪魔ばかりしてきた、助けられる命を奪い続けた心鳴を何故追いかけているのかわからない。


 百々最は濡れたアスファルトの上に突っ伏していた。それに気づいて、見上げると人影があった。小さな人影が、雷の光に照らされた。


 皇雪心鳴。整った顔は複雑に歪み、素足は泥だらけで、手も顔も泥だらけで、ふんわりとしていた髪の毛が顔に張り付いた心鳴が、目の前に居る。


「僕は、ウェザープリンセスとビーストを殲滅する!」


 金切り声の様な叫び声を上げて、心鳴は宣言する。その顔に幼さは残っておらず、その言葉は鋭く百々最を突き刺す。


「やだ、やだよ! どうして祭ちゃんも敵で、心鳴ちゃんも敵なの!? そんなのやだよ、私は!」


 言ってもしょうがない、どうしようもない、どうにもならない事を口にする。


 百々最は気づいていた。心鳴があの男だと言う事は知らなかったが、烏曇祭が何かを隠している事も、恐らくは敵だともわかっていた。

 雨揺次吹が生きている頃、階段から落とされた事がある。その時こそ気づかなかったが、烏曇祭と居る間に気づいた。あの時の人影は彼女だった。

 ビーストとの戦い方も明らかにおかしかった。ビーストが何をするのか、全てわかっている様だった。弱点だって、すぐに解析できていた。そして、時折サニーピーチが危険に陥る様に誘導している節があった。

 見て見ぬフリをした。同じ年の、同じ人間の、同じ力を持った子が、雨揺次吹を殺した等と信じたくはなかった。無意識の中で、現実逃避をしながら次吹に対する罪悪感で一杯だった。


 だから、本当は全て自分の勘違いである事を祈っていた。証拠さえ見つけなければ、このままで居られる、このままで居れば、自分も、誰も悪くない。そう思い込みたかったのだ。


 だから、祭には何も言わず、その場を去った。

 心鳴については、何も知らなかったから、『どうして』と口走ってしまった。


「サニーピーチの力は受容なんだよ! ビーストの食欲だけを吸収し、存在を否定し、自己崩壊を招いていただけに過ぎない! だからビーストとしての力を失い、ただの生物に戻る……だけど、その食欲はどこに行ってる!? 君のその体だ! 君はいつしか、ビーストになる!」


 所々雨音や雷の音にかき消されていた、それでも百々最は理解した。ビーストを元に戻してからの異常な食欲は、そういう事だったのかと。


「だから、もうビーストには関わらないで……! 僕がクラウドネスアップルを殺して、この世界を救う! じゃなきゃ、僕は、君を殺さなきゃいけない……」

「やだ、やだよ、人を殺しちゃだめだよ、そんなの、ビーストとやってる事、同じなんだよ!?」


 心鳴の顔がより一層歪むのが、見て取れる。


「似たような状況があった、二度あった。一度目は、意思を持った食獣(ビースト)を守った。二度目は、食獣(ビースト)となったやつを……殺した。いまさらなんだよ、僕の手はすでに汚れてる! 世界を救うのだって、望んでるわけじゃない! 全部全部、僕の都合だ! 僕はそういうやつなんだよ!」


 そんなの、認めたくない、百々最の心がそう叫んでいる。間違っているのはわかっている、そうやって逃げた結果が今を招いているのだと。


「違うもん、心鳴ちゃんは違うの! いつも寂しそうにしてた、泣いてた、優しかった、私が挫けそうな時、いつも助けてくれた!」

「そんなの、百々最がサニーピーチだって知らなかったからだよ!」


 百々最は立ち上がり、心鳴へと一直線に突っ込んだ。心鳴は瞬時に構えるが、動かなかった。


 百々最は、ずぶ濡れのまま、心鳴の小さな体を抱いていた。


「やだもん、私、何の為に戦ってきたの……? 全部全部失いたかったわけじゃない! 次吹ちゃんも、祭ちゃんも、心鳴ちゃんも、失っちゃう為に戦ってきた訳じゃない!」

「そんなの、わかってる、サニーピーチを見てたら、わかるよ……でも、百々最は、ビーストになって、すべて滅ぼしちゃうつもりなの!?」


 そんなつもりも無い。百々最にはどれも耐え難い事だ。


「やだ、それもやだ、もう、やだ……わあぁああん!」


 泣く事しか出来なかった。何をやっても、何を言っても、正しい事が出来ないし、言えない気がした。それが悔しくて。


 子供の様に喚く事しか出来なかった。

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