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第5話 謎の男再び! そして現れたウェザープリンセス、クラウドネスアップル!

 黒い服に身を隠した男が居た、恐らくは男だろう、と言った体格だ。黒いフードに顔を隠し、手元さえも黒い手袋で隠している、素肌を一切見せない男だ。

 彼は頭の潰された10メートルはありそうな熊、ビーストの上に座っていた。両膝に腕を落ち着かせながら、ただただ座っていた。

 何をしようとしているのか、何を考えているのか、見ただけでは何もわからない。

 ただ、その眼光が貫いているものだけはわかる。1人の少女……いや、サニーピーチであった。


 またもや出遅れた、とサニーピーチは拳を握り締める。雨揺次吹がこの世を去ってから、初めて現れたビースト。次吹の真似をし、ビーストの情報に常に追っていたというのに出遅れたのだ。


 また1つ、救えるはずの命を救えなかった事に嘆きそうになりながらも、目的だけは見失ってはいけない。この男が真に敵なのか、味方なのか、見定めなくてはならない。

 殺気だけで構成された視線に足を震わせながらも、サニーピーチは口を開いた。


「……貴方はなぜ、ビーストを殺すの?」

「そんな話はどうでもいい。君はなぜ、また僕の前に現れた? 僕、言わなかったっけ? 次、僕の前に現れたら殺す、と。なに、殺されにきたの? 自分から? わざわざ? 君の目的はビーストを倒すことじゃないの? なら僕が始末しておいたんだから出番はないでしょ? ストレス発散でもしにきてるのか? 僕とやってストレス発散になると言うのなら相手するよ……いや、そうじゃなくても目の前に現れたら相手をするつもりだけど」


 男が立ち上がる。ゆっくりと、けだるそうに、背中にかけていた銃を構えながら。


「なあ、今話題のサニーピーチよ、人々の希望よ」


 ビーストの亡骸がまるで階段だと言わんばかりに、ただ悠然と男は降りてくる。


「言わば君は英雄なのかな? それなら僕はいまから、英雄を殺すわけだけど……そしたらさ」


 サニーピーチの決意は固い、だと言うのに、口が動かない。呼吸も出来ない、体も動かない、肉体は麻痺しているのに、心だけが敏感になる。

 晒されるのだ、殺意の中心に。


「あぁ、どんな気分なんだろう……」


 男の声は歪だった。あからさまに歪んでいた。声が抱えるのは──


 期待。

 恐怖。

 躊躇い。

 歓喜。

 怯え。

 決意。


 入り乱れている、混沌に満ちている。


 おおよそ、普通とはかけ離れていた。ただ日常を生きる者が発せる声とは真逆と言っていい。そう……異常であるのだ。

 異常は動いた、いや、消えた。やはりサニーピーチでは追いきれない速度で男は動いている。そう判断した瞬間、サニーピーチは体を捻った。


 しかし遅い、銃声が響く。


 痛みより速く気づいた、致命傷を避けられたかわからないが、確実に当てられた、と。遅れてやってきた痛みは熱さに似ていて、まるで火あぶりにでもされたかの様だった。

 その箇所を、サニーピーチは確認する。


 左腕の肘から先が無い。


 引きちぎられた様な、ボロボロの傷口に思考が飛び、足取りを乱し地面に転がり込む。

 何も出来ない、傷口を押さえる事すら出来ない。

 もう、動く事も出来ない。


 それでもサニーピーチの頭の中には、雨揺次吹の顔がすぐに浮かんだ。いや寧ろ、埋め尽くされた。


 こんな所で死ぬもんか、諦めるのだけは、それだけは駄目だ。


 立ち直りは速かった。と言えど、痛みはそう簡単に消えない。軽傷しか負った事の無い彼女にとって、耐え難い痛みなのだ。

 立てもしない所か、まったく動けない。ただ決意だけがメラメラと燃える。


「……ッ! 貴方はっ! どうして私を戦わせたくないの!?」


 何とか発せた言葉は怒鳴っている様で、叫んでいる様だった。男が何処に居るのかも把握出来ていない、届いているのか、返事をしてくれるのか、わからない。

 ただこれが、サニーピーチの限界であった。


「死んだあとの世界で、よく考えるといい」


 男は返事を返した、鋭い刃の様な声で。冷酷で無感情な声から、先ほどの様に混沌とした声へと変貌しながら。

 そしてサニーピーチの耳奥を劈く、轟音。

 うつ伏せで転がる彼女の背後に響いたその音は、間違いなく銃声だった。銃に関する知識が無いサニーピーチでもわかる、一生忘れられないあの銃声だ。


 撃たれた、恐らくは致命傷となり得る部分を。

 思考は出来るのだから、頭を撃ち抜かれた訳では無いのだろう。ならば、心臓か。


 だが、痛みは無い。痛みが来ない。


 本当の死はこんなものなのかと、サニーピーチは思った。


「ま、間に合った? よね、手……無いけど」


 少女の声だった。どこかで聞いた事のある様な、自信というものをこれっぽっちも感じない様な声だった。誰のものかは思い出せない、だがそれも相まって、サニーピーチは顔を上げる力を搾り出せた。

 見えるのは足元、レイングレープの様な、サニーピーチの様な、靴。似ているが、そのどちらとも違う靴だ。


「魔法少女ってのは、こうも次々と現れるものか? これじゃ英雄ってよりも雑魚敵って感じだね」

「雑魚……ざ、雑魚、雑魚? わた、私が?」

「おっと、こりゃあ、僕と同じ匂いがする。さては危険人物でしょ?」


 サニーピーチには見えない、が、何かと何かがぶつかり合う様な音がした。何度も、何度も、何度も。ぶつかる度にその音は増していき、サニーピーチの脳へ響き渡る。

 だが、何が原因だかわからないが、音が遠のいていく。音の質で判断して、それが更に大きくなっていると言うのに、遠のくのだ。

 それからサニーピーチは、何も考えられなくなっていった。思考に霧が掛かった様に。

 意識を失う、そう認識した瞬間に、何もかもが黒に包まれた。


 その時サニーピーチの心にあったのは、悔しさだけだった。


「やや、やっぱり……日晴さんだったんです、ね」


 そんな声が、小さく小さく聞こえた。

 サニーピーチ、いや、百々最は何とか目を開き、自らの体を見下ろすと変身が解けている事に気づいた。そして、自分を膝枕している少女にも気がついた。

 察しの悪い百々最でも、どんな状況かはすぐに理解できた。


 先ほどのウェザープリンセスがこの少女なのだ、と。そしてこの少女は、転校生の──烏曇祭だと。


「えっと、烏曇、さん……が助けてくれたんだよね?」

「う、うん、わた、私はウェザープリンセス……クラウドネスアップル……な、なんです」


 クラウドネスアップル……聞いた事の無い名である、が、信憑性はある。

 サニーピーチが到着する前、つまり情報が出回ってから最速でビーストを倒せるあの男、あれを退ける力を持っているという事だ。一般的な女子高生じゃまず無理、いや、人間では無理だろう。


「ありがとうございます」


 百々最は素直に頭を下げる、その体勢のまま目を開けると、腕がある事に気づいた。何故無残に飛び散ったはずの腕が、此処にあるのか。

 その答えを告げたのは、烏曇祭であった。


「う、腕ですか? あ、日晴さんの腕、は……──自然に生えてきたんです」


 百々最の中で呼び起こされる記憶は、雨揺次吹のレイングレープとしての能力。その能力が自分にもあるのだ、次吹の言葉を思い出せばそのはずだ。しかし、次吹は消し飛んだ腕をこの速さで再生させる力等持ち合わせてはいなかった。それが、本来の使い手で無い自分が、それも無意識にここまで出来てしまうものか。様々な思考が百々最の脳内を巡るが、答えが出る事は無い。


 それでも、百々最は嬉しかった。この状況でも、安堵する様に笑った。


 それがただの能力だとしても、雨揺次吹が、百々最の中で生きていると思えたから。

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